第3話:空の写真とメロンソーダ
午後の陽が柔らかく射し込む店内に、パシャリ、と小さなシャッター音が響いた。
「すみません……撮ってしまいました。あまりに光がきれいだったので……」
カウンターの隅にいたのは、カメラを首から提げた大学生くらいの女性だった。
マスターは「構いませんよ」とだけ言い、棚から一冊の古びたアルバムを取り出した。
「昔はね、この店にも写真好きがよく来ていました。空を撮る人、コーヒーを撮る人、看板だけを撮る人……」
彼女はアルバムをそっと覗き込み、少し驚いたように目を細めた。
「……全部、空の写真ですね。青い空、夕焼け、曇り、雨上がり……」
「空はいいですよ。毎日、違う顔を見せてくれる。人間にも、そういう部分があるでしょう?」
彼女は笑ってうなずいた。
「私、写真を撮ってSNSに載せてばかりで……でも最近、それが楽しくないんです。誰かに“いいね”をもらうために、撮ってたみたいで」
マスターは冷蔵庫からメロンソーダを取り出した。
氷の入ったグラスに緑が映え、シュワッと泡が弾ける。
「今日の空を、自分のために撮ってごらんなさい。誰にも見せなくていい。きっと変わりますよ」
彼女は少しだけ目を潤ませながら、シャッターを切った。
今度は、窓の向こうの空と、メロンソーダを一緒に。
「……すごく、きれい。なんでだろう、今日はちゃんと“見てる”気がします」
「空は、誰にでも開かれていますからね。見ようとすれば、いつでも」
帰り際、彼女は写真を一枚だけアルバムに挟んでいった。
小さなメモが添えてあった。
「“今日の自分が、ちょっと好きです”」
マスターは黙ってそれを閉じ、棚に戻した。
空は今日もまた、どこかで誰かの背中を見守っている。
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