第25話 「常連さんの窓辺」
午後三時の喫茶リセット。
窓際の席には、いつものように新聞を広げる初老の男性が座っていた。
彼は常連の一人、佐伯さん。物静かで、毎回ブレンドコーヒーを頼むのが習慣だ。
「今日もブレンドでよろしいですか?」
マスターが声をかけると、佐伯さんは小さくうなずいた。
しかし、この日は少し様子が違った。
新聞を読まず、ただ窓の外を見つめている。
「……佐伯さん、何かありましたか?」
マスターが問いかけると、彼は少し間を置いてから答えた。
「いやなに……。孫が春から大学生になるんだよ。遠い街でひとり暮らしを始めるって」
その声には、誇らしさと少しの寂しさが混じっていた。
「毎週ここでコーヒーを飲みながら、成長の話を聞くのが楽しみだったんだがな」
マスターは黙ってブレンドを置いた。
湯気とともに立ちのぼる香りが、ほんのり甘い空気を店内に広げる。
「離れていても、コーヒーは同じように香ります。ここで飲む一杯を思い出せば、お孫さんもきっと心強いですよ」
佐伯さんはコーヒーを口に含み、しばらく目を閉じた。
やがてふっと笑い、カップを置く。
「そうか……私もここで飲むたび、あの子を思い出せばいいんだな」
窓の外には、桜のつぼみがほころびかけていた。
佐伯さんの横顔は、少し晴れやかに見えた。
マスターは静かに心の中でつぶやいた。
「常連の席も、誰かの未来へつながっている」
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