第23話 「夕暮れの手紙」
オレンジ色の夕陽が差し込み、喫茶リセットの店内は穏やかな光に包まれていた。
カウンターの上には、マスターが磨いたばかりのカップが並んでいる。
カラン――。
扉のベルが鳴り、年配の男性がそっと入ってきた。
少しよれたスーツに、肩には小さな封筒が握られている。
「……こちらで、少し時間を過ごしてもいいですか」
「もちろんです。コーヒーでよろしいですか?」
男性は静かにうなずいた。
カップから立ちのぼる香りを吸い込みながら、男性は封筒を見つめた。
「……退職のあいさつ状なんです。もう会社に渡してきました」
マスターは黙って相槌を打った。
「定年って、想像以上に……静かなものですね。あいさつを終えた帰り道、ぽつんと自分だけ取り残されたようで」
男性は、コーヒーをひと口すする。
「でも、この手紙を書いているとき、不思議と胸が温かかったんです。これまで支えてくれた仲間や家族に、ようやく“ありがとう”と言葉にできたから」
マスターは微笑んだ。
「夕暮れは、一日の終わりを告げる時間でもあり、明日への入口でもあります。……手紙を書いたことで、きっと新しい明日が迎えられますよ」
男性はしばし沈黙したのち、ふっと笑みをこぼした。
「そうか……私にとって、今日がようやく新しい始まりなんですね」
会計を済ませ、扉へ向かう足取りは、来たときよりずっと軽やかだった。
カラン、と扉が閉じる。
残された夕陽が、カウンターを赤く染めている。
マスターはカップを片付けながら、そっとつぶやいた。
「夕暮れの手紙は、明日の朝に光を連れてくる――」
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