第17話:変わらない味
木曜の午後、ゆるやかに時間が流れる“喫茶リセット”。
ドアが開き、小さな背中の女性が入ってきた。ショートカットにスーツ姿、肩に新しい通勤バッグ。
マスターが微笑んで迎える。
「お久しぶりですね」
「……覚えていてくださったんですか」
彼女は驚いたように笑い、いつもの窓際の席に腰を下ろす。
「前に来たのは、就活中でした。あのときは、毎日面接に落ちて、ここで泣きそうになって……」
彼女はそう言いながら、手帳をテーブルに置く。そこには新しい会社名と、ぎっしり詰まった予定。
「明日から初出社なんです。でも、すごく怖いです。“社会人”って、自分じゃない誰かにならなきゃいけない気がして」
マスターはふっと笑みを浮かべながら、カウンターの奥でコーヒーを淹れ始めた。
「変わるのが怖いときこそ、変わらないものが一つあると、安心できますよ」
そう言って、静かに差し出したのは、前に彼女が飲んだときと同じ、ほんのり甘いカフェオレ。
「お味、変わっていませんか?」
彼女は一口すすると、目を細めてうなずいた。
「はい。変わってません。なんだか……うれしいです」
窓の外では、春から初夏へと季節が滲みはじめていた。
彼女はカフェオレを飲み干し、立ち上がる。
「また、来てもいいですか? ちゃんと“変われているか”わからなくなったら、ここに寄り道して」
「もちろん。ここは、変われない人も、変わろうとしている人も、どちらも歓迎ですから」
新しい靴が、ゆっくりと歩き出した。
“変わらない味”が、そっと背中を押していた。
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