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喫茶リセット 〜今日も、誰かの心をそっと整理します〜  作者: 蔭翁


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15/30

第15話:ありがとうを言うために



 土曜の昼下がり。

 “喫茶リセット”の扉が開いて、少し戸惑いながら入ってきたのは、五十代の男性だった。

 どこか落ち着かない様子で辺りを見回し、カウンターに腰を下ろす。


 マスターが静かに「いらっしゃいませ」と声をかけると、男性は照れたように笑った。


 「この店、知り合いに勧められて…というか、半ば押しつけられて来ました」


 「素敵なお知り合いですね。お飲み物は?」


 「じゃあ、コーヒーを。……ブラックで」


 しばらくの沈黙のあと、男はカップを見つめながらぽつりと話し始めた。


 「実は、妻が昨年、病気で亡くなりまして。今日は、命日なんです」


 マスターはうなずき、黙って話を待った。


 「……最後にありがとうって言えなかったんです。いつも“あとで言えばいい”と思ってた。でも、“あとで”は、永遠には来なかった」


 カップを両手で包むようにして、男は続ける。


 「だから、誰かに言いたかったんです。“ありがとう”って、どんなに遅れても伝えられるものなのか、試したくて」


 マスターは静かに棚から一冊のノートを取り出した。表紙には『ありがとうノート』と小さく書かれている。


 「このノート、言えなかった“ありがとう”を代わりに書き留めていくノートです。良ければ、ひとことだけでも」


 男は少しだけ笑って、ペンを取り、ページに一文だけ書き込んだ。


> 「ごめん、そしてありがとう。君が笑っていた日々は、僕にとっての宝物でした。」




 書き終えると、ほんの少しだけ目を潤ませながら、深く息を吐いた。


 「……ありがとう。マスター。今日は、来てよかったです」


 「また思い出したら、いつでもいらしてください。ありがとうは、いつでも歓迎されますから」


 外に出た男の背中に、あたたかな春の風がやさしく吹いていた。



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