第12話:もう一杯ぶんの時間
日曜の午後。
窓の外では、風が春の名残をかき混ぜるように吹いていた。
その日、“喫茶リセット”の店内には、珍しく二人組の客が座っていた。
向かい合っているのに、どこか気まずい空気。互いに言葉を選びながら、ぎこちなく笑っていた。
マスターがテーブルに紅茶とカフェオレを運んでくる。
「お久しぶりなんです。大学以来、十年ぶりで」
そう説明したのは、先に来ていたほうの女性。
「でも、最後の会話が……ちょっと、ね。喧嘩別れみたいで」
もう一人の女性がうつむいた。
「謝ろうとしたけど、連絡先もなくしてて。それで、今日たまたま…この店でばったり」
マスターは頷き、静かに言った。
「コーヒーや紅茶には、不思議なことがよく起きます。“淹れる”という言葉には、“縁”が入ってますから」
二人は思わず笑った。
そこからは、ぽつりぽつりと話がほどけていった。あの頃のこと。ぶつかった気持ち。言えなかった本音。
やがて、カップが空になる。
「そろそろ…帰る?」
「……ううん、もう一杯だけ飲んでいかない?」
マスターは静かに微笑んで、ポットを取りに奥へ消えた。
そして、誰にともなく小さく呟く。
「もう一杯ぶんの時間が、人を結びなおすことがあるんです」
窓の外、風は少し穏やかになっていた。




