第11話:ことばのない注文
曇り空の午後、いつもより静かな『喫茶リセット』に、ひとりの少女がやってきた。
制服の袖を少し引きずるようにして、カウンターに座る。
「……いらっしゃいませ」
マスターが声をかけると、少女は小さく会釈して、バッグからメモ帳を取り出した。
その紙には、震える文字でこう書かれていた。
> 「ココアください。ミルク多め、できれば甘く」
マスターはにこりと笑って、ココアを用意した。
「了解しました。ミルク多め、ちょっと甘いやつですね」
少女はまた、メモをめくって一言書く。
> 「ありがとうございます。わたし、話せません。でも話したくて、ここに来ました」
マスターは頷いた。
「言葉」は声だけじゃない。伝えようとする想いそのものが、すでに会話になっている。
カップを置いたあと、マスターはカウンターの奥から古い分厚い本を取り出した。
表紙には『言葉にならない辞典』と書かれていた。
「これは、昔あるお客さんが置いていった本でね。“気持ちは全部言葉にできなくていい”って。あなたにも、読んでほしくなったんです」
少女はその本をそっと開き、ページの片隅にあった言葉に目を止めた。
> 「沈黙は、伝える準備ができた心の声」
少女の目がわずかに潤む。
そして、ページの余白に自分でひとこと書き加える。
> 「今日は、伝えられました」
マスターはそれを読み、声に出さず、そっと深くうなずいた。
言葉のない会話が、店の中に静かに流れていた。
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