第10話:遠い約束と一杯の珈琲
夕暮れの『喫茶リセット』。
一人の若い女性が、カウンターの端で小さな手紙を握りしめて座っていた。
白い封筒の端が、少しだけ黄ばんでいる。
「それ、古い手紙ですか?」
マスターの問いかけに、女性はゆっくりと頷いた。
「はい。母が若いころ、友達と一緒に『大人になったら、このお店で会おう』って約束したそうなんです。でも、友達が引っ越してから、疎遠になっちゃって……そのまま、会えないまま」
女性の瞳が、ほんのり潤む。
「その友達、きっともう覚えてないですよね。でも、せめて…そのお店の空気だけでも、母の代わりに感じてみたくて」
マスターは微笑み、静かにコーヒーを淹れた。
「約束は、叶うものだけが意味があるわけじゃないですよ。こうして、思い出してもらえたその瞬間も、立派な再会ですから」
女性がコーヒーを一口、ゆっくりとすすった。
香りと温もりが、張り詰めていた心をやわらげていく。
「…ほんとう、そうかもしれないです。ありがとう、マスターさん」
その夜、女性は一通の手紙を書き始めた。
出せるかわからない、でも意味のある手紙を。
マスターは、カウンターからそっとその姿を見守りながら呟いた。
「約束も、想いも、届くところにはちゃんと届きますよ」
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