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ツキに恵まれた男

 運のとても強い男がいた。


 彼はその運を使い、数々のギャンブルで多額の金を儲けていた。プロのディーラーや胴元などは、その技術によって勝負を有利に運ぶことが出来るが、男の運は技術すらも凌駕していた。


 確かに彼らの技術力はすごい。すごいのだが、所詮は人間。男の、神に愛されたが如くの運の前には、成す術もなかった。


 いつもなら失敗などしない。並み居るギャンブラーや博徒たちを、ことごとくカモに変えてきたプロ中のプロだ。だが、この男の前では百戦錬磨の熟練の腕など、赤子のぷにぷにしたおててに等しい。


 ルーレット、カード、麻雀、花札、丁半博打、競馬、ちんちろりん、パチンコ、スロット、じゃんけん。賭け事という賭け事に勝ってきた男が、次に狙うはオンラインカジノである。


 オンラインカジノでも勝利してこそ、真のギャンブルマスターだ。そう意気込んでみたものの、まったく勝てない。


 当然である。リアルの賭け事は、対戦相手であれディーラーであれ、必ずリアルタイムな人の手が入る。ここに、運が介入する隙が生まれるのだ。


 それに比べ、オンラインカジノは相手の顔も、周囲の環境も視えない。サーバ管理者という"ディーラー"は存在するだろうが、そもそもリアルタイムの介入であるかどうかも疑わしい。


 挑戦者の勝つも負けるも、管理者の胸三寸で決まる。そこにディーラーとしての職人技も、技術力も、皆無である。あるのは設定のみ。端的に言ってしまえば、『勝てるわけがない』のだ。


 そんなことは、男も重々承知していた。そのうえで、オンラインカジノを実力でねじふせる。それを実現させることが、男の目的であった。


 運も実力のうち。男はオンラインカジノに勝つべく、血の滲むような修行に明け暮れた。


 手始めに、神社でお百度参りを行う。運と勝負事を司る神様だと思っていたら、縁切りと良縁結びだったのは御愛嬌。


 健全な精神は健全な肉体に宿る。男は身体を鍛え始めた。筋トレ、ランニング、格闘ジム通い、リストボール、タバタプロトコル。ボクシングジムでは、筋が良いと褒められた。


 理論による武装も必要だ。『ラプラスの魔』から始まって、量子力学、確率論を順番に調べる。調べるだけでなく、自分なりの仮説も立ててみる。もちろん、研究者には負けるが、自己満足だから良いのだ。素人感覚で恐縮である。


 数ヶ月が経ち、満を持して再挑戦をする。決戦は朝だ。今日の運勢は午前中が最高潮らしい。時間を経るにつれて運気が下がっていくので、短期決戦を狙う。


 シャワーを浴び身体を清め、コーヒーを入れ、カーテンを開け朝日を取り込み、観葉植物を玄関に移動し、下ろしたてのスーツを着込み、PCの電源を入れ、左側から椅子に座る。


 男の孤独な戦いが始まった。結果は連戦連勝。蓋を開けてみたら、あっけない幕切れだった。


 これで男の挑戦は終わった。男はついに、オンラインカジノを制覇した。これで勝手はわかった。これから、数多ある電子の鉄火場に名乗りをあげる。明日から俺は、さらにギャンブラーとして高みにあがるのだ。


 しかし、次の日の朝六時、男は刑法第百八十五条違反により、逮捕されてしまった。

 

 わけのわかっていない男は、警官に尋ねる。何故俺が逮捕されるのか。俺は運が良いはずだ。こんなところで捕まるわけがない。すると警官は答える。


「お前の運がバカみたいに良いのは知っている。とくに最近は、ツキが上がり調子で、やることなすこと当たりだったんだろう。だから、お前は人生の突き当りにぶち当たったんじゃないのか」


 それを聞いてうなだれる男に、警官はからかいか慰めか、さらに言葉を重ねる。


「まぁ、ここで立ち止まれたのは、運が良いことだぜ。これからお前は心機一転、別の道を探すことになる。なぁに、お前ほど運が良ければ、何をしてもうまくやっていけるさ」

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― 新着の感想 ―
 面白かったです。    なんとも「渋い」ですね。いぶし銀を感じます。基本的に「漢」を感じる世界観に「赤子のぷにぷにしたおてて」や「縁切りと良縁結び」などの緩さを仕込んでいるとこが好きです。  心を清…
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