第5話 陰陽
「フィグメント・フレイム!はぁ!」
「切り込み中も相手から目を離すな、こんなカウンターも来るぞ!」
「シールドに任せて…そのまま!」
「織り込み済みか、ならば盾ごと!」
「うぅ!?重い…!」
先生の十八番は抜刀術。
高速の居合剣は非常に重く、私の得意瞳術であるプロバイド・シールドを上から強引に叩き割ってくる。
むしろ白色の盾を噛ませなければこうやって武器で鍔迫り合いにもならずに吹き飛ばされ、密着型仮装アーマーのポイント全損で負けている。
「いい気合だ、さらに上の策を見せてやろう。リリース・インパクト」
「きゃあ!?」
鍔迫っていた先生からなんの予兆もなく赤色の瞳力の奔流が噴き出し、私の体ごと吹き飛ばされる。
マズイ、姿勢が崩された!
「一桜」
すっ飛んできた先生の抜刀技、一桜。
その基本技だけで私の残りアーマーポイントは全て削られ、模擬戦の勝敗が決まる。
結果はもちろん私の3戦全敗、そりゃこんな小娘に一本取られては戦術局長は名乗れない。
それでも最近の私なら一撃くらいたたき込めると踏んで稽古に誘ったのだが、先生はまだまだ上のギアを見せてすらいなかったということだ。
「はぁ…はぁ…さすがです、先生…」
「内容としては良かったぞ。もう少し詰めていければ他の課の代理局長に有利な場面も取れるようになれるだろう」
「…まだそのレベルなんですね」
「自惚れてはいけない。卑屈にもなってもならない。今のイヴのレベルを客観的に測るならそれが妥当だ」
「はい、精進します」
「……あの盾の使い方は意表を突くには悪くない」
「本当ですか!?」
「い、一般的な相手ならの話だ!現に俺には通用していない」
「ありがとうございます!!」
「…まぁ乱用は避けるべきだがな」
だがさっきの奇策は先生に評価していただけた、それは私にとっては課への貢献よりも嬉しい。
私と先生の関係は複雑だ。
簡単には説明できない。
血縁などはないが、私には父親のような存在になっている。圧倒的な戦力でありながら人道的、生まれた頃からずっと世話をしてくれている父親が自分だけを弟子にしているというのは子にとってこれ以上なく幸せだ。
だがただの養子の関係でもない。
そもそも養子縁組などは結んでいない。
私たちはある役割を負っている。
そのつながりから同じ部隊で局長と局長補佐の関係になったのだ。
でもそれは私にとって今は半分どうでもいい。
「今日はこの辺にしておくぞ、明日からまたアンドリュー作戦の件で詰める話がある」
「はい!失礼します!」
白亜の廊下の中。
また一つ認めてもらえた。
一人で疲れも感じさせないほどに軽快に歩く。
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紫紺の部屋の中。
静かに本を読んでいるところにノックが聞こえる。
「シヴァ、俺だ」
「開いています、どうぞ」
扉の音と閉まる音、窓際のチェアに座っていた私の数歩手前で立ち止まる気配を感じ、本に栞を挟む。今日選んだのはソクラメの栞だ。去年の生誕祭でリリィから贈られて以来お気に入りの一つだ。
「ティータイムを邪魔してしまったか」
「兄上を邪魔など思いませんわ。出涸らしでもよろしければぜひご一緒に」
「すまない、頂こう」
近くのウッドデッキからもう一つティーセットを持ってきて、ポットに湯を注ぐ。
コポコポと優しい音が静寂に木霊するこの瞬間が私は好きだ。時間にして10秒もかかっていないが、この時だけ針がゆっくりと進んでいる感じがする。
「今日は何用ですか?」
「妹の様子を見に、それから報告でな」
「アイリス側の動きですよね、最近はいざこざが目立つようになっていると聞きました」
「アルカ・シエルの治世も少しずつ綻びが見え始めたのだろう。完全は存在しない、その時まで彼らにはある程度の平和の維持を踏ん張ってもらいたいものだ」
「…いずれまた始まる争い、私たちに止められるでしょうか?いくら兄上がいるとしても、人の正義と悪意はこの世で最もおぞましい。完成したモノクロームすら飲み込んでしまうのでは…」
「シヴァ、そうなったならそれが人の選択だ、俺たちも身を委ねよう。だが瞳力を…祖龍を支配できる可能性のあるモノクロームさえ揃えば、誰も悲しむことなく世界は救える」
「はい、私たちの世界【イーリス】も陽の目を見れるようになる。もう暗闇はたくさんです」
「そのためにこの俺ノヴァが、フェートとアイリスから奪おう。俺たちの希望を」
ゆっくりと進んでいた針は急に止まり、歯車の噛み合う大きな音を立ててまた進み始めた。
私たちの世界は出涸らしなんかじゃない。
もう一度、在るべき世界を。
【天光】
イヴ・アイリス・ブリンデーツ 15歳
軍事機構レナの第一課戦術局長補佐を務める少女
アルカ・シエルの児童施設で育ち、ウェイドが局長である第一課に志願して実力で局長補佐を勝ち取った
特異体質を持ち、その希少性からも虹は第一課に配属させた