第4話 先生
白亜の廊下の中。
先生の少し後ろを追いかける形で歩く。
足が早くなっていることから先生の苛立ちを感じ取れる。当たり前だ、あんな条件を出されては一課としての面子は得られない。なのに矢面には私たちが立たされるなんて、一課を大切にしている先生には屈辱だろう。
少し言葉を選びながら背中に話しかける。
「先生、偵察部隊は帰還させてはいかがでしょう?彼らの成果と一課の得られる実績は釣り合っていません」
「ああ、はなからそのつもりだ。あんな不出来なレースにうちのオニール隊を出し続けるのは赤字だ、撤退の指示を出しておいてくれ、イヴ」
「承知しました」
先んじて話は通しておいたから、一言連絡すればすぐに撤退になるだろう。こうなるであろうことは隊長陣からも聞いていたし私自身も想定していた。
今回のアンドリュー鎮圧協働作戦においても、やはり三課の【幻雷】と五課の【滴氷】が部隊展開に口を挟んできた。
先のメルキオールとガスパール間で起きた大規模紛争の鎮圧において、一課は多大な貢献をした。両陣営の筆頭を武装解除し、紛争難民の保護も並行して行ったことが報道されたことで世間からの反応も上々だったのだ。
それを快く思わないのが最近一課にお株を奪われている(?)と思い込んでいる軍事機構レナの第三課戦術局長【幻雷】ゼン・フラーバと、第五課戦術局長【滴氷】ステラ・クラレーツォ。
彼らにも困っている。
先生は確かに局長になった経緯が特殊ではあったが、その後の治安維持の成果は実力を示せているはず。それなのに何かと突っかかって口が悪くなったり妨害工作を予感させるような行動をしたり…要は心が幼いのだ。今まで荒事になったら最前線にいた彼らにとって、戦闘もお膳立ても上手くこなす先生と一課を苦々しく思うのだろう。
はぁ…世界の日常を護る虹の架け橋の上層がこんな体たらくでは示しがつかないだろうに。
「イヴ」
そう思うと出てきたため息は、先生の私を呼ぶ声と重なる。
「はい、なんでしょう」
「今年でいくつになる?」
「会議のことですか?結局次回へ持ち越しは今年に入ってもう三度目で…」
「すまん、言葉が足りなかった」
「?」
「イヴの歳は今年でいくつだ?」
「ああ………え、私のですか!?」
「……」
「えっと、15になります」
「そうか」
「……」
「………」
え!?私何か変なこと言った!?
それとも今日の先生が変なだけですか?
今まで自分の年齢などあまり聞かれたことはないし、 普段の先生はもっと普通に会話してくれる。
気になっていることでもあるのだろうか?
「イヴ、俺がお前を預かってからもう長い。自分の生まれは忘れていないな?」
「ええ、役割も心得ています」
「俺が道標となる前は、この手で直接護りたいものがあった。最近はそれを思い出すことが増えた」
「…付き合わせてしまっていますか?」
「そんなことはない。これは俺の選択だ。それに今は心から任せられる者が護っている。心配などしていない」
先生は表情が変わるところをあまり見せない。
いや、恐らく今一番近くにいるであろう私ですら見ないのだから、他者からしたら淡白な人だと思われているのだろう。だがよく見てみると、意外と表情以外の部分でコロコロと感情が動いているのはわかる。
食堂で食事を取る時は少し早足になるし、武器整備の時は少し面倒くさそうな手つきも見える。会議で揉めた時はイライラを募らせ、何とかまとまった時には安堵の感情がこの廊下を歩く時に伺える。
要するに冷たい人ではなく、ただ不器用なだけ。
でもそんなところが一課の面々から慕われる理由の一つなのだろう。
でも最近はこの何処かを見ているような、私を見ているようなのに私を見ていないということが増えた。お疲れが溜まっているだけかとも思うが、今代のフェートを打ち破るほどの戦士がそう簡単に疲労を抱え込むとは思えない。
だとすると原因はさっき話していた道標以前の護りたかったもの、だろう。失ったという訳ではなさそうだが、先生の中で少なからず後悔があるように見える。こういった話題には踏み込む機会を様子見る方がいいとガイル長官から聞いたことを思い出した。
「だからイヴ…今年は…」
「先生、最近は会議とデスクワークばかりで体が固まっていませんか?少し稽古をつけていただいたいのですが」
「……そうかもしれんな、いいだろう。打ち合い相手を頼む」
「こちらこそ」
【豪炎】ウェイド・スカーレット
私、イヴ・アイリスの先生はアルカ・シエル軍事機構レナの第一課戦術局長だ。
【豪炎】
ウェイド・スカーレット 40歳
第二次三国大戦終結の立役者にして祖龍の邂逅者
ロダンとのフェート史上最高の一戦と称される決闘を経て、ソルと幼きヴェルを置いてフェートを抜ける
現在はアルカ・シエル軍事機構レナの第一課戦術局長