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虹の果てまで  作者: 灯台
第2章 鼓動
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第38話 実力



あの倉庫はいつも騒がしい。

なにせあそこはネベントから横流しされた積荷を俺たちの船であるセレスティア号に積み込むための巨大倉庫であり、男たちの怒号と木箱の大きな音が飛び交うのが日常だからだ。

だが今日の積み込みはもう時間的には終わっているはずなのに随分と人の声が多いような気がする。何かトラブルでもあったのだろうか?


海虎海賊団の副総長サイが少し戸を開けて中を伺うと溢れんばかりの闘気と歓声が勢いよく外へ飛び出してきた。

これはなんの催しだ?自分のところにはこんなイベントの話は来ていなかったはずだと自分の記憶を疑いながら、近くの壁によりかかっている部下に声をかける。



「おい、これはなんの騒ぎだ?」


「あっ副総長、お疲れ様っス!なんかさっき傭兵がうちの船に乗りたい?とかなんとかで総長と話してたらしいんスけど、その後乗るなら力を見せろってジャイルの奴と一騎打ちすることになったんス!」


「…その条件はジャイルが言ったのか?」


「いえ、噂ではガイソン総長が言ってたって」


「ガイソンが…そうか、わかった」



総長が腕試しとは珍しい。

あの人は自らを頼ってくる者には基本的に答える。

今の海虎が余裕があるというのもあるが、それ以前から誰かを見捨てない人柄で、それはこの一大派閥の規模が証明している。

傭兵が船に乗りたいという事は今までは無かったが、それは別としても総長は何かを感じたのだろうか?


熱気の中に足を踏み入れ、近くに積み重ねられた頑丈な木箱の上に立って倉庫の中央を覗く。



「やれージャイル!!」

「うちのエースだぜ!!」

「海虎の怖さを教えてやれぇ!」

「メシ賭けてんだから負けんなぁ!!」


「おいあいつも強そうだぞ」

「高序列傭兵らしいぜ」

「確かに装備とかちゃんとしてるような…」

「面白いこと考えるぜ総長!」

「てかあの子めっちゃかわいくね?」

「バカ野郎!ありゃどうせお客人だろ?」

「あの子も乗りたいらしいぜ」

「マジ?」



男たちの騒ぎの中にいるのは二人の男。

片方はうちの戦闘員として頭角を現している期待のエース、ジャイル。剣と手斧を持ち、器用にも我流の二刀流でこれまでも敵を排除してきた。ただ闇雲に突っ込むだけではなく、敵船の柱や貨物などを利用しつつ押し切る戦い方をする実力派だ。普段の戦闘時は余裕を見せ体を左右に揺らす癖が見られるが、今のあいつは幾分か強ばっているようでこれは珍しい。ここには障害物はない、どう戦うかは大体想像はつくがどうだろうか。


相対しているのは細身で薄い橙色の髪の男。

聞こえた声によれば高序列傭兵とのことだが、確かに総長と同じように生まれ持った強者側のオーラを感じる。武器は刀剣一本、隠している可能性もあるが左腰に納刀しつつ静かに立ってジャイルを見つめている。その後方にはキャスケット帽を被り地味な眼鏡をかけた少女が控えており、この熱気に似つかわしくないが周囲に全く物怖じする様子もない。傭兵の連れだろうか。



騒ぎの始まりには間に合ったようだが、この勝負を決めた総長はどこにいるのだろうか?

皺の入った顔に眼帯、似合わない眼鏡をかけたやけに見覚えのある男が二人の間に立って声を張り上げる。



「ではこれより海虎海賊団のジャイル野郎とエレイン傭兵野郎の対決を始める!ルールは単純!相手の急所に一本取った方の勝ち!瞳術はなし!双方、殺し合わないように殺し合えェ!!」


「…かかってこいよ、傭兵」


「いくぞ、海賊」


「はじめぇぇ!!」


「何やってんだ総長は!?」




─────────────────────




先手を取ったのはジャイル。

その巨体で軽やかに接近し、手始めに右手の直剣で袈裟斬り、返しの逆袈裟と連撃を入れる。

傭兵はそれを躱さずに刀で捌いていく。受け流していても衝撃が伝わっているということは、ジャイルがただの海賊ではなく戦闘員として船に乗っているという証拠だ。それに手斧の方はまだ振っていないのでここからギアも上げていくのだろう。


捌く、流す。

剣裁の音が倉庫に響くが、まだお互いに変化は見られない。



(総長の奇行は後回しだ…身のこなしがいい、高序列傭兵というのは間違いではないかもしれない。だが、それだけで船に乗せろと言われてもそうはいかない)



一応総副長として人事に口を出すことも出来るのだが、基本的には今まで総長の見る目を疑ったことはない。

あの人は様々な角度から人を見定める。表にはそれを出さないが、自分以外の視点から見た様子を船員に尋ねているところもよく見る。ひよっこを乗せるのであればそんなに厳しく見ることもないのだが、今回は傭兵と子女。それもまだ乗る理由も不明ときたら最低でも海の上では戦力になってもらわねばならない。


即戦力として荒ぶる船の上で命の奪い合いをするのだ。ならば地上での戦闘でうちのエースといい勝負くらい期待させてもらいたいというもの。



そして数回の剣裁を経て、場面は動く。



─────────────────────



「なんだ!?ジャイル野郎が止まったァ!?」



突如ジャイルが手を止めて傭兵を睨んで言い放つ。



「お前…攻める気あんのか?」


「あるさ、そのために受けに回っていた」


「呑気に構えてんじゃねぇ、殺すぞ」


「…やってみろ」


「調子のんなよ!!」



一向に攻め気を見せていなかった傭兵に対して憤りをぶつけたが、傭兵は表情を崩すこともなく構えを解かない。そして煽り返されたことでジャイルは先にスイッチを入れることにしたようだ。



接近して受け流そうとする傭兵に向けて先ほどと同じように右手の凶刃で斬りかかり、またしても防御され鍔迫り合いの形になる。しかしそこにジャイルはついに左の手斧を振り下ろした。ガギィン!と武器から鳴って欲しくない音が出て、傭兵は防ぎきったものの苦い表情を浮かべる。


あれがジャイルの戦い方、ウェポンブレイカー。

相手が防御に回った時に左の手斧で武器破壊を狙う。そしてこれはただの武器破壊では終わらない。



「そらそらそらぁ!!いつまでそうやってるつもりだぁ!?」


「さぁジャイル野郎の猛攻ォ!傭兵野郎はどう凌ぐ!?」



手斧で一撃を加えながらも引いた剣が突き出され再び傭兵を襲い、上手く体を捻じって躱した青年の逆側から既に手斧が薙がれていた。そしてそれをまた間一髪でガードした傭兵には次の刃が迫っている。

この連撃が始まってしまえばジャイルは一方的に相手をすり潰すことができる。両利きで敏捷性もあるアイツの連撃は文字通り逃げ場を潰しながら敵を追い詰める。



「うわ、結構ガチでやってるぞアイツ」

「あれ受けてみるとクソ怖ぇよな」

「耐えてる時点で俺らよりつえぇ…」

「まぁでもあそこまで始まっちまったらほぼ終わりかねぇ」

「どうにか気に入ってくれお頭…俺あの子と話してみたい」


「…ヴェル、何を試そうとしているのですか?」



早くも海賊団サイドは傭兵の負けと見て楽観的になっている。確かにジャイルの戦績からして、ここから横槍が入ること以外で負けたことはほぼない。



「守ってばっかじゃ殺れねぇぞオラぁ!!」



未だ刀で守りの構えを取る傭兵に対して、ジャイルが痺れを切らせて右の剣を上段から振り下ろし、左の手斧を下段から振り上げる!上下から挟み込むように刀剣を狙い、そのままへし折るつもりなのだろう。




「ここだ…!」


「は?」




しかし上下から破壊の暴力が迫る傭兵は、得物が剣と手斧に挟まれた瞬間になんと武器を手放した!

目の前で取られた行動に理解が追いつかないジャイルは、抵抗力の無くなった刀を間抜けにも空中で時計回りに回転させて立ち尽くすのみ。


一芸を披露した傭兵は既に腰を落として半身で右脚を後方に引いている。その場で回転して足元に練り上げた闘気が腹から腰、腰から臀部、大腿部と脚部を走り、ジャイルの鳩尾へと蹴りに乗せて放たれる!



「放牙風!」


「がっ!?」



「「「うわぁぁぁ!?」」」



周りで観戦していた船員たちの間を吹き飛び、ガシャァァァン!!!という激しい破壊音とともに巨体が貨物の箱に突っ込む。彼の身体が見えないほどに貨物類の奥まで飛ばされたというだけで、先程の蹴り技の威力が伺える。


一瞬静まり返った巨大倉庫の中で傭兵の連れの少女のため息が響き、直後歓声とどよめきで満たされる。



「おぉっと!?ジャイル野郎が吹き飛んだァ!!」


「おいジャイルが吹っ飛ばされたぞ!?」

「マジかよアイツ!?やるじゃねぇか!!」

「つえぇぇ!!」

「ジャイルてめぇに晩メシ賭けてんだから勝てよぉ!!」

「武器を落としたのか?ただのラッキーじゃねぇか」



いや、違う。

あの傭兵は明らかに脱力した。

つまり一瞬の隙を意図的に引き起こしたのだ。


可能性は低いがジャイルの戦闘スタイルを知っていたのか?いやその可能性を探るために受けに徹していた?そしてあの体術も洗練されている実践的な技だった。



これは…面白くなりそうだな。




─────────────────────




全身に突き刺さる木箱の破片がなかったら意識を持っていかれていたかもしれない、それくらいのクリーンヒットをもらったのは久しぶりだった。



積荷の仕分けをしてたとこで急にお頭に呼ばれたと思ったら「殺さないように殺す気で傭兵の相手をしろ」という今までで一番意味のわからないことを言われた。お頭はよくこういうことを言うから違和感はなかったけど、殺しじゃなくて全力で倒しにいけって指示だと思って向かい合ってみれば俺よりも一回りも小さい男。



(ヴェルです、手合わせお願いします)



細身だが非力という訳でもなく筋肉はついており、なんとなく強そうというイメージしか出てこなかった。そこそこやる程度の奴なら俺の相手にはならないし、きっとお頭は海虎の強さを分からせてやれって言いたかったのだろう。

ならさっさと終わらせてやるのがコイツのためだ。

明日には出港するから今夜はネベントの女の子でも引っかけて遊ぶか。


傭兵が左腰に手を据える。



(っ!?)



その刹那、俺の首に何かが走った。

冷や汗が背骨に沿って伝って落ち、自分が持ちなれている武器たちを強く握りしめていることに気がつく。あの感じも今ならわかる、あれはお頭に喧嘩売ってボコボコにされた時に最後に感じたのと同じだった。

そう、今正面で俺を見下ろしているあの傭兵もあっち側の奴で、俺を見下ろす側の奴で…


俺がぶっ殺したい側の奴だ!




「てめぇ…やってくれたな」


「まだやるか?」


「たりめぇだろ…てめぇを殺すまではな!!」



立ち上がって距離を詰めながら、左手の細い縄のついた斧を傭兵に向けて投げる。弾きもせずに回避されるが元々狙いはそっちじゃねぇ!

そのまま縦横に切り込み、奴がまた受け流しに来たのを見てから左手で細かく操作、背後を斧が狙って飛んでくる…これで挟み撃ちだ!



「っ、ヴェル!」


「これはどうすんだ!あぁ!?」



普段は船の上で飛び回るのに使ってるがタイマンならこういう使い方も出来る!今から回避しても遅い!!



「外式、賢牢」


「は…鞘!?」



奴は左腰の鞘の口を握って背後に振り上げ、肩口を狙って飛ばした斧を防いだ!コイツ…俺と鍔迫り合いしながら対応しやがった、しかも今まで両手持ちで競ってたと思ってたのに今は片手持ちで押さえ込んできやがる!?

こんな駆け引きと曲芸みてぇなことを殺し合いでしてくる奴は今まで見たことねぇ…!


いやまだだ!まだ負けてない!

お前が片手なら…



「こっちも片手でやってやるよ!」


「いいぞ…《糧になれ》」


「ごちゃごちゃうるせぇ!」


「っ、また邪魔が…甘い!」


「ぐっ!?」


「風烈!」



まずい、弾かれた!?

やっぱ慣れねぇ一刀流はダメか…?




「そこまでぇぇぇ!!!」




しかし俺の目の前に見覚えのある屈強な脚が差し込まれ、一蹴りで傭兵の打ち出した竜巻を吹き飛ばした。



【サイドトーク】

旅につきもの


ヴェル「ふぅ…二頭ほど狩ってきましたよ」

クラーゼ「助かる。そっちで後処理しておいてくれ」

ヴェル「はい。血抜きもしないとな」

クラーゼ「ああそうだヴェル、そっちの川は今イヴが使ってるぞ…おい?」


キャアアアア!? ウワァゴメンイヴ!!


クラーゼ「見ていて飽きないなアイツら…おいヴェル、火が要るからさっさと戻ってこい!」

ヴェル「……」

クラーゼ「避けなかったのか?」

ヴェル「ええ…まぁ……」

クラーゼ「青いようで結構」

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