第2話 到達点
「この俺に武装解除させるほどになったか、あの鼻たれ坊主が」
「ふぅ…バカやりつつ殺す気で来てたじゃないか」
「当たり前だ。ここで何も出来ないガキがアイツに勝てる訳がないだろ、ならここで殺す方がフェートのためだ」
「…ごもっともだよ」
俺を試していた【破壊者】トールの顔つきになったおじさんが真意を語る。普段はさっきの俺を子どもの頃から面倒見てくれたおじさんだが、今この時は勇退した歴戦の傭兵として相対しているのだろう。
俺が吹き飛ばした斧を拾いに行きながらおじさんが話を続ける。
「お前がその技を見せてくれた時、ロダンがお前の到達点を認めた時、俺はそれもお前なりのフェートの在り方なのだろうと納得した。"フェートは意思を見つめる"…始祖の言葉に沿うならば無下には出来ない」
「……」
「だが志と可能性は別の話だ。袂を分かっているとしてもアイツは俺の戦友であり、今代フェートのロダンに勝った男だ。自分の子であろうが意思の妨げになるのならば斬るだろう。だからアイツに子殺しをさせるくらいなら俺が止めるつもりだった。それに今日のことはロダンから頼まれてもいたしな」
「えっ…ロダン様が?」
「その様子だとトール相手に一矢報いることが出来たようだな。合格だ」
今日の不意打ちが頭領からの頼みであったことにヴェルが驚いているところに、トールと同年代ながら既に白髪が目立つポニーテールの男が歩いてきた。壮年の雰囲気に加えて闘気が漏れ出ており、相対するだけでプレッシャーを感じる。
「今の戦いは私がトールに託したものに間違いない」
「それは…何故でしょうか?自分はロダン様から独り立ちを受けると聞いていたのですが…」
「そうだ、本来は独り立ちは頭領が行う。だが普段のトールとの様子とお前の到達点を考慮し、頭領による独り立ちよりも【破壊者】に有効打を与える方が難易度が高いと判断した」
「…わかりました。すると自分はもう?」
「合格だ。ここにいる皆が今日からお前を1人のフェート人戦士として認めよう。フェートとしての傭兵依頼も回すことを認めるが、どうする?」
合格、それは即ち世間に自らはフェート人だと公表することが許可されたことでもある。傭兵業界において勲章でもあるフェート育ちという箔をつけられたのだ。新人フェート人傭兵として名を公開すれば、今後長く付き合いを持ちたい商会や企業、ギルドなどから夥しい数の初依頼が舞い込んでくることだろう。依頼の受け手側としてこれ以上ないアドバンテージとなる。
フェート頭領のロダンの元にくる依頼はもはやフェート人傭兵にしか頼めないというレベルのものが多く、それはロダンの裁量のもと的確な村人に委託される。無論、依頼報酬は高額であり依頼を受けた村人の分け前も多いので、独り立ち後もここで暮らして高給取りとなっている者も多い。
その資格を使うかどうか聞かれたヴェルは、すぐに答える。
「いえ、すみません。自分は準備の後、村を発って民間の傭兵業界に入ります」
「そうか、わかった。それもまたフェートの在り方だ。だが今一度聞きたい。お前の到達点はどこだ?」
「俺の到達点はウェイド・スカーレットを殺すことです」
「そうか…高い終点になる、精進するといい」
「あのバカを殺すか!いいじゃねぇかヴェル!」
「ソルを置いていったバカフェート人なんて殺されても文句言えないわよね」
「いや殺すなヴェル!半殺しで村まで引きずってこい!!全員でトドメ刺してやろうぜ!!」
「え、みんなそう…なのか…?」
「ま…そのくらいのことをしたからな、ケジメだ」
ロダンからは黙認されたとはいえ絶対に多くの同胞から反感を買うだろうと思っていたヴェルは、周囲に集まってきていた村人たちの反応に戸惑った。彼を恨んでいるのは自分だけではなかったのだろうか?自分の隠していた野望はバレていたのだろうか?
「ヴェル、お前がそう決意するかもしれんとは思っとったよ。だけどほんとにここで宣言するとは思わなくてつい昂っちまうなぁ!」
「トールおじさん…ほんとにいいんですか?俺があの人を討つのは…」
「おいおいお前さんもうアレに勝ったつもりか?まだ一人前になっただけだぞ、今のままじゃ良くて一太刀入れられる程度だ」
「……まぁ、ですよね」
「お前というフェートが開花するのにウェイドが討たれる必要があるのなら見てみたい、それだけだ。そもそも俺はアイツのことそんな好きじゃねぇし…」
「負け越してたもんな」
「ソルちゃん取られたからじゃないの?」
「ありゃ昔から顔がコンプレックスでな、ウェイド坊やが羨ましいんじゃよ」
「ジジイぃ!!構えろォォ!!」
「かかってこんかぁガキィ!!!」
まさかの場外乱闘が始まり、勝手に置いてけぼりにされたヴェルにロダンが近づき、声音を抑えて尋ねてくる。
「いつ発つ予定だ?」
「来週にはエルティエを目指して出発するつもりです」
「そうか、母親には全て伝えるのだぞ。ソルはお前がフェートに産まれた時からここまでずっと育ててくれた母だ。お前の全てはソルから産まれている。それを忘れるな」
「はい、必ず」
母であるソルには最後に告げるとヴェルは決めていた。同じフェートとして意思を尊重してくれるとは思うが、何より自分の覚悟が揺らいでしまいそうだったからだ。
(ウェイドが去った時から母さんは一人だったんだ。俺が独り立ちするってなったらもっと寂しい思いをさせることになる)
父のことは殺したくとも、母のことは家族として愛している。そんなヴェルの心は独り立ちの邪魔をしてくる。一人前になろうと心は変わらずヴェル・スカーレットのまま。
(違う。これは母さんの意思じゃない、俺の意思だ。なら最後まで貫くことが母さんに対する誠意だ!)
少年は親離れを迎えようとしていた。
【鬼槍】
カイ・ロダン 42歳
現フェート頭領かつ元エレイン傭兵一桁ランカー
最強のフェート傭兵が称される今代の【フェート】
その槍が動き始めたら、鬼は全てを地に沈める