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虹の果てまで  作者: 灯台
第2章 鼓動
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第35話 火花



あちこちから森の息吹が聴こえてくる。

子鳥のさえずり、小川のせせらぎ。

そして戦闘の音。


「ガァァ!!」


「ヴェル!後ろ!」


「くっ!」


「よそ見するな!」


「ギャアン!?」


足の止まったヴェルに後ろから襲いかかった森の狼に、クラーゼの岩弾が直撃する。

腹部を抉られた狼だが、久方ぶりに現れた絶好の獲物を逃すわけもない。周囲を駆け回っている仲間たちの中に紛れて再び噛み付く機会を伺ってくる。


(動きにくい!俺たち傭兵の戦い方と違いすぎる!)


(合わせられない…このタイミングじゃ誤射しかねない!)


同じ傭兵であるヴェルとクラーゼ、瞳術による遠距離攻撃という共通のレンジを持つクラーゼとイヴは連携が効いている。

だがヴェルとイヴの連携はこの二日間の戦闘では一度も噛み合っていない。


「助かりました!」


「次が来るぞ。イヴ、援護に回れ!」


「はい!」


周辺の狼たちの走る音がどんどん大きくなっていく。彼らは森の絶対的狩人、騒ぎ立てて聴覚を奪うことは彼らの狩りの基本だ。


「イヴ、一つアドバイスだ」


「なんですか!?」


「ヴェルを狙って撃て」


「…な、なにを?」


「いいからやってみろ、後は俺が何とかする」


「そうは言っても…」


味方を撃て、という指示。

いくら彼と付き合いが短くても、恩師の命を狙っていても、自分はまだ虹の理念を捨てた訳では無い。ともに背中を預けあっているのであれば、作戦のためであっても裏切ることは出来ない。


「あいつは本物のフェート人だ。さっき背後を取られたのも数体の狼から狙われて気配を読み切れなかったんだろう、瞳術であればあいつは躱す」


「で、でも…!私は…」





『最後、フリエはその戦術を執ると思うか?』





バイソンの捕縛事件を思い出してしまう。

明確に自身の弱みをウェイドから指摘されたこと。


味方を信じきれない。


それはあの頃よりも強くなった今も残る課題。

弱みでもありこれを補って戦うのが自分の戦い方だと結論づけてきたが、それはあくまで一課にいる時の自分だ。仲間への疑いすらクリアにする戦術を執るのはここで求められていない、


今の自分が背中を預けているのは誰だ?

ともに補い合う相手は誰だ?



ヴェルと補い合うには、どうすればいい?


信じられないなら…




「信じられるように…戦う!」




イヴは術式組成をインサイト・アサルトに変え、ヴェルの方へ飛び出していく!



「おいイヴ!まったく…若いねぇ!」




────────────────────



このままじゃジリ貧だ。

こっちは三人、向こうは数えられただけでも八匹はいる。それに瞳術があるにしても俺の存在が二人の邪魔になってるのもわかる。


そしてここの狼たちは狩りを知り尽くしている。


俺のいる場に範囲型の瞳術が飛んでこないことをわかっていて俺にターゲットを絞っている。捌くことは出来ても致命打を与えられないのであれば、この狩りの主導権は常に向こうのもの!



(まだグリードでの戦闘で見せてない手札はある、それなら打開は出来るけど…)



イヴがいる目の前でその手札を切ることに躊躇している自分がいる。このまま狩られては元も子もないが、元より目的はウェイドだ。いざ相対した時に手札が全部バレているなんて勝ち目がない。

傭兵としての心得として無闇に技を晒さない、晒しても問題ないもので状況を切り抜けるようにと近所の【破壊者】から教わってきた。



分かっている、彼女は虹の局員。

自分たち単身で戦う傭兵とは戦い方が違う。


この先どれだけ共に戦うかわからないのに、信用を置いてもいいのだろうか?




《そんな必要はないぞ、ヴェル》


まただ、声が聞こえる。



(誰なんだお前は!)


《そんなことを気にする暇はなかろう、力だ》


(力?俺の実力が足りないってことか?」


《それもある、がさらなる根源の力だ》


(戯言に使う余裕はないぞ)



随分と挑発的で抽象的な声、雑音だ。



《そうか、強情だな。私なら力を与え……》



《…邪魔が入ったか》




意識が戻る。

どうやら一瞬の声だったようだ。



「ヴェル!」


「な、イヴ!?」


何やら覚悟を決めたような表情のイヴが飛び込んでくる。


「まだ俺たちは連携できてない!どうするつもりだ!?」


「私の戦い方を思い出して!!」


そう叫びながら目の前を通り過ぎる天光。

そのまま狼の群れに突っ込み、先頭の一匹に切りかかる!そんなわかりやすい攻撃をこの狼どもが食らうはずもなく、彼女に凶牙が迫る。


「ガァ!!」


「コマンド・シール…ぐぅ!?」


防ぎはしたが先頭の一匹の噛合力に弾かれたイヴ。

でもこの動き……どこかで…





『ウォーターサージ!』





気がついた時にはこのフェートの身は飛び出していた。弾いた狼がイヴに追撃を仕掛けようとし、その身が止まる!


「ガ、ガァ!?」


「落ちろ!」


「ギャアア!?!?」


一閃目で足を潰し、顎を思い切り蹴り上げる!

ただでさえ足を岩石で固められてしまった状態、脳が揺らされたダメージでその狼は完全に意識を落とした。

吹き飛びながら罠を仕掛けたイヴは、仕留めた俺の背後に飛びかかっていた次の一匹に瞳術を放っている。


「グレイブランス!」


「ギィィィ!?」


背後の木に縫い付けられた狼の眉間には後方から岩弾が破裂し、脳髄を撒き散らしながら絶命する。

すぐに瞳術詠唱に入るクラーゼさんを守るように位置を下げる。


「足元に気をつけな!」


「合わせます!」


「「ロックレイド!!」」


仲間がやられた動揺から足を止めた群れの真下から、巨大な岩山が次々と突き上げる!突然の強襲に貫かれていく狼たち。


少しの間、広大な森林に大他の振動が響き続けた。




─────────────────────



パチパチと火種の弾ける音が辺りを満たす。

小川のせせらぎと虫の声も暗闇を彩り、日光を貯めたキノコの光がぼんやりと森を照らす。


この大きな森に入って三日目の夜。着実に大陸北部の港街【ネベント】に近づいている。方角も見失うことなく進めているため、見張りをしてくれているクラーゼさんの見立てではあと2日で着けるそうだ。


【神の手】の一振りをモモちゃんから「大サービスですわ!」と王都戦の前に渡された研磨道具で言われたように丁寧に磨く。彼女いわく業物ほど継戦力があるのが普通らしいが、この【融断刀 鬼断】に関しては繊細な素材配合によって特性を持たされているので、本来ならこまめな整備が必要とされる刀種らしい。リゲルさんの技術で今のような使い方でも刃こぼれせず振るえているが、やはり整備をするとのしないのとでは命の瀬戸際で差が出る。その差で誰かが帰らぬ人になるのは嫌だというモモちゃんを前に、無視する訳にはいかなかった。



ゆっくりと優しく研いでいく。


昼間の戦闘で狼の脚骨ごと切り捨てたが、割と強引な切断になった。戦い続けるほど赤熱して切断力が上がるこの武器は王都戦で大いに真価を発揮してくれた。だがこんな業物を持っておきながら、あの依頼中に強者に打ち勝つことは出来なかった。


例えば【破軍】

あるいは【天光】

破軍に関しては実力差を実感した。

一撃も当てることなく捌かれ、結局はカティ達が抑えてくれたお陰で通してもらったに過ぎない。



「隣、いいですか?」


「ああ」



そして隣に座ったイヴ。

あの状況下での戦闘で自分が出せる手札は凡そ使い切った。フェートの戦技は状況に適したものがまだまだあるが、少なくとも彼女との戦闘では本気で殺しにかかった。



「いい武器ですね、あの【神の手】が作ったというのも納得できます」


「たまたま依頼で出会って、成り行きで託されたんだ。報酬が無い依頼を期待半分で受けたらクラーゼさんに助けてもらって、リゲルさんからこれをもらって…不思議な縁だよ」


「へぇ…それは運命的ですね」



それでも殺せなかった、フェートである自分が。

イヴとて強者だ。世界連合統一機関の軍事機構トップクラスにいる存在なのだから弱いはずもないし、経験も数多く積んでいる。


なのにこんな感情を抱いているのは、ひとえに自分が驕っていたからだ。



「運命?」


「ええ。使命とも、宿命とも違う、待っていてもやってこないもの。信じて進んだ者だけが出会えるもの…どうですか?」


「どうって…」


「ヴェルとはまだ短い付き合いですけど、今日初めて連携が上手くいきました。あれも運命だと思っています」



自分はもう一人前のフェート戦士だ、ライノにも認められた、傭兵として望まずとも異名で呼ばれる、エレインナンバーがそれを保証している……

そんな自分に付いた箔が自分自身を増長させてしまったんだ。俺の目指す頂きの者たち…破軍や戦辞典、そしてウェイドを初めとした戦術局長たち強者の高みには届きもしていない。



「あの動き、俺と戦った時と同じだったな」


「はい、ヴェルなら気がついて追撃してくれるだろうと信じました。あの時にあなたと戦ったことが、私の意思であなたを止めることを選んだのが今日の連携に繋がったんだと」


「それが…運命?」


「そう呼びたいです」


「それも教わったのか?」


「これは今の私の答えです。あなたがどう考えていようと、ヴェルを信じようと思っています。私は私が信じられる形で戦う、その先に運命がやってくるって」




俺も何か変わらなくては。

このまま戦い続けてはいつまでも届かない。


そのために今、まず出来ることは────




「…俺も信じてみてもいいか?その運命」


「っ、うん!もちろん!」


「………」


「え、えっと…なに?」


「…普通に喋れるんだなって」


「あ、え、いや、これは別に心を許したとかそういう感じのあれではなくて…!」


「いや、別にそんな気にしなくて…いいけど」


「はぁ…ここにヒナがいなくて良かった…」


「友達か?」


「幼馴染です。子どもの頃からの付き合いで、今はフランメで活躍してるんです。すぐ私のことをからかってきて…」


「幼馴染か、俺にもいるよ。エレインのトップランカーに」


「…もしかして、ライノさんですか?」


「えっ、知ってるのか?」


「先生とライノさんの態度で何となく察しがついちゃいました。あのテロ鎮圧戦でカスパール側の雇った傭兵の一人がライノさんでした。とても気前のいい方でしたね、実力もあって」


「そうだったのか…もし出会ってもまだ勝てる気がしないな」


「もしかしたら雇われて私たちを追っているかもしれませんよ?」


「なら、強くならなきゃ。今よりも」


「ええ」




今は、この天使を信じてみよう。

この少女は俺を信じてくれている。




磨き上げた刀には、焚き火の火花が映っていた。



【サイドトーク】

追われる身


ヴェル「クラーゼさんはこうやって追われた経験もあるんですか?」

クラーゼ「ん?ああ、あるぞ」

ヴェル「へぇ〜どんな依頼だったんです?」

クラーゼ「あれはまだ27の頃だったか、皇族の分家の跡継ぎ争いが拗れて身の危険を恐れた貴族から逃がしてくれって依頼されてな」

ヴェル「なるほど」

クラーゼ「まぁ結局逃がすことは成功したが追っ手がしつこくて苦労したぞ」

ヴェル「向こうも傭兵を雇ってたとか?」

クラーゼ「いや、その貴族がACUAを使ってたのが原因だった。運悪く跡継ぎ争いの中にゾーラのお偉いさんもいてな、その後に職権乱用で処分されたそうだ」

ヴェル「ってことはイヴ!」

イヴ「心配しなくてもACUAとの通信は切ってますよ。ゾーラの閲覧権限は強制捜査の時のみ。レナは私の情報が漏れないように他局と連携せずに動くでしょうし」

ヴェル「よかった…追われたことなんてないから」

イヴ「私だって初めてですよ」

クラーゼ「俺も追われてみたいもんだ、戦術局や司法局、傭兵じゃなくて女性にな」

ヴェル「俺でよければ追いましょうか?」

クラーゼ「野郎じゃねぇって言ってんだろ!」

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