第34話 在り方
「はい、こちらが前回の依頼報酬です。ヴェルさんは依頼達成において多大な貢献をされたとの評価で報酬も高額となっています。次の序列考査でも更なるナンバー昇級が見込まれています、おめでとうございます!」
「報酬っていくらぐらいですか?」
「ざっと1000万ですね」
「い、いっせんまん!?」
「うわ!?なんだよビックリした…」
傭兵斡旋組織エレイン、シスリット支部
その窓口嬢からヴェルの受け取る報酬額を聞いたイヴは、信じられないといった目で彼を見る。
ちなみに今の彼女は素性を隠すため髪を結んで焦げ茶色のキャスケット帽子を被り、控えめの赤縁メガネをかけている。
「お、中々の稼ぎだな。俺でもそうそうないぞ」
「今までで最高額です、装備にあてますけど」
「あぁ…まぁ俺たちは装備に溶けてくよな…お前の着てたやつも結構したって話してたよな?」
「『雷知らず』も高額でしたよ。これでもウェポンスミスの厚意で割引してもらってますし、この剣もオーダーしていたらたぶん…」
「ジョウの親父のオーダーメイドは高いぞ〜さっきの報酬くらいいってもおかしくないくらいにはな」
「傭兵の宿命ですね。だからフェートも自前で鍛冶屋を持ってるんだな…」
一方で傭兵組のリアクションは淡々としていた。
結局最低限の装備調達のために手元には50万と小切手数枚を残し、残りはエレイン提携の金融機関口座にいつも通り入れておく。この口座には今までの依頼報酬が溜め込まれており、殆どは装備の修繕や調達で消えていく。その残りから普段の生活費や、母ソルへの生存報告として毎月自分で仕送り手配をしている。
既にヴェルも序列1000位内の高給取りではあるが、支出やエレイン傭兵契約継続金も一般傭兵と比べて高額なので裕福な生活を送っている訳では無い。そもそもとしてヴェルに物欲があまりないお陰でやりくり出来ているという側面もある。
「さ、さすが傭兵…随分と羽振りのいいことで…」
「一応これでもナンバーは685だし、それなりにはもらってるさ」
「公的機関ってのは豪勢な建物と仕事の忙しさに対して給料が全く見合ってないってもんだ。よくあるだろ?国の設備は前時代的で民間組織は最新のものを使ってるって話」
「…確かにアナログが必要とされる瞬間があるのは理解していますが、それはそれとして虹は雑費まで厳しく管理されるしこっちは命がかかってるのに装備の消耗には口うるさく言ってくるし…必要な装備なのに経費で落としてくれないから局員はみんな自費でどうにかしてるんですよ…!?それをわかっていながら、あんな大きいだけで中の移動もしにくいラフレイなんて本部を建てるなんておかしくないですか!?」
「え、えっと…それは大変なことで…」
「落ち着けイヴ。虹がブラックなのはわかった」
「どうしてこう世界は真っ直ぐでいられないのでしょうか…」
「そいつは祖龍にでも聞くしかないな。だが便利な術式の入った制服があるだけマシってもんだろう」
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「すみません、エレイン本部に言伝ってお願いできますか?」
「え?ええ、構いませんよ。宛先はありますか?」
「えっと…B窓口嬢のニルさん宛にお願いします」
「かしこまりました!では、どうぞ」
「『僕がお世話になっていた方々に伝えてください。生きています、別の依頼についているので心配しないでください。ボーナスの配分はカティに任せます。また戻ったら挨拶に行きます』」
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ヴェルが受付嬢と話している間、イヴとクラーゼはこの後の具体的な予定を詰めていた。
「さて、イヴの武器とヴェルの装備を整えたらさっさと出発するぞ。まずここからフィッツガルド大陸に向かうためには西の港からの定期航路が一番近い。普通に目指すとすればここだが…」
「私を見つけるために大きな港町は全てレナが張っているでしょうね。戦術局長が出張っていなければ突破出来ないこともありませんが、街の人々に迷惑をかけるわけにはいきません」
「ま、そういうと思って別の道も探してある」
「別の…もしや【デラウコス海域】を渡るとか言いませんよね…?」
「ご明察だ」
「あそこは危険すぎます!昨今の【シープランダー】はそれぞれの派閥のトップがコールド・デンジャーに指定されるほど武力衝突が激しくなってますし、通過したら沈められますよ!?」
イヴは可能性の低い案を出したが、クラーゼからの明快な回答に頭を抱える。
シープランダー、それはルディウス大陸の北部に広がるデラウコス海域を支配する海賊たちを総称した言葉。ゾーラから無許可での交戦禁止対象に指定されており、現在存在が確認されている四派閥の頭や幹部級には指名手配がかけられている。
ただの凶暴な海賊であればレナの四課や六課、七課あたりが瞳術で押し切れば済むのだが、なぜ今でも治安維持介入が出来ずにフランメに担ぎ込まれる重傷者が止まらないのか。
それはデラウコス海域そのものが瞳力結合を阻害する空間、つまり"ノイズ結合膜が自然に発生している"のが原因だ。
もともと眼帯と呼ばれる装備ブラインドシールドはこのデラウコス海域の特殊性から発想を得て生まれたもの。これは人為的にズラされたノイズ結合によって内側の正結合した瞳術プリベントが発動しているのであり、天然のノイズ結合による阻害率はその比ではない。
「あそこでは瞳術が使えません。船に乗っていたとしても瞳術が使えない私たちに海戦のプロである彼らからの襲撃を耐えられるとは…」
「ああそうだ、だから俺たちもその海戦のプロになってしまえばいい」
「…どういうことですか?」
「簡単だ、俺たち三人が一時的にシープランダーに入ればいい」
イヴは空いた口が塞がらなかった。
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ひと仕事を終えた心持ちで本部領を歩いていると、女性教導官の一際大きな声とそれに呼応する若者たちの声が聞こえた。
「貴様ら!!そんな体たらくでイーリスを救うために戦えるとでも思っているのか!!!」
「「「はい!!!」」」
「思っているのかそうか!!ならばさっさと帰れ!返事はいいえだ!!」
「「「いいえ!!!!」」」
「そうだろう!!貴様らはイーリスのための肉壁だ!!それでも剣を取るというなら、その腑抜けた精神を今すぐ叩き直せ!!実践訓練はじめ!!!」
理不尽極まりない言葉が教導官から放たれるも、ここに集まっているのはイーリスの未来を背負う若い精鋭たちだ。その程度で折れる心の者はいない。
【イーリス侵攻軍】この大きな国の中でも侵攻の先鋒となる精鋭たちが集められたイーリスの正規軍だ。【IIIM】と称されるこの軍隊は【イーリス防衛軍】と対を成し、国民にとってIIMに所属する者たちは英雄のように見なされている。
近寄って教導官に話しかける。
「精が出るな、ノーレン」
「はっ、ご帰還を信じておりました、ノヴァ様」
「そんな堅くならなくていい。今は訓練中だな?」
「ありがたきお言葉ですが、立場というものもございます故お許しください。今は実践訓練で複数組手をさせています。今後の戦に向けて一対多数の戦闘にも慣れさせておく狙いです」
「確かに今後必要な場面も来るだろう……ん?」
ノヴァが戦闘訓練の様子を眺めていると、一人の少年が目に止まった。
「ノーレン、あの少年はなんという」
「拳闘士のですか?やつはスカラといいます。欠乏区出身でなかなか見込みがあると私は評価しています」
「ああ、その目に間違いはないだろう。だがあの拳にはまだ迷いが見えるな、少し邪魔をしてもよいか?」
「迷い?え、ええどうぞ、全員止めぇ!!」
複数人で組手をしていた若者たちが手を止め、ノーレンの方を向いて立ち止まる。
ノヴァはゆっくりと歩きながらスカラの前に向かっていき、拳闘士の少年は戸惑いの表情を浮かべる。
「君がスカラだな?俺はノヴァ・イーリスだ」
「ノ、ノヴァ様…!?はっ!スカラと申します!」
「なぜIIMに入った?」
「はっ!イーリスの未来のためであります!」
「そうか。建前は要らん、構えろ」
「え…がっ!?」
それまで普通に話していたノヴァが一言呟くと、話が読めずに顔が固まったスカラの腹に高速の蹴打を叩き込んだ。目に見えぬ速度の蹴りにギリギリで反応出来た少年はしかし同期たちの間を吹き飛び、訓練場の壁に叩きつけられた。
周囲の少年少女から戸惑いや驚きの声が上がるが、ノーレンが手を挙げて収める。それを無視してノヴァがスカラの元へ歩き、顔を覗き込む。
「な、なにを……」
「君の大切な命をそんな理由で捨てようとしているのなら、このノヴァが心を折って追い出してやろうと言っているのだ」
「じ…自分は本当にこの国の、未来に…!」
「違う、この国の未来は君たち自身だ。その君たちがなぜ死に向かう?正直に言え」
「……農産物が育たず貧しくて苦しんでいる家族を助けたくて」
「そうなったのはなぜだ」
「瞳力脈が弱まったせいです」
「そうしたのは誰だ」
「…アイリスです」
「そうだ、君は憎んでいる。それを自覚しろ」
「アイリスを…憎む…」
「喜怒哀楽は悪では無い、感情を乗りこなせるのなら力となる。さっきの反応は良いものだったぞ、まずは俺を憎むことから始めるといい。励め」
そう伝え、立ち去るノヴァに頭を下げながら歯を食いしばり睨みつけるスカラ。それに気が付きながらノーレンの横を通り過ぎる。
「邪魔をした。責任は俺が負う」
「ノヴァ様、お気になさらず。飴は私が」
「すまないなノーレン」
自分たちイーリスを統べる一族の間違いが、今のイーリスの人々を苦しめている。その責を負うこと、そしてこの暗い未来を明かすこと、それが今代の王であるシヴァと俺の成すべきこと。
この心の炎を乗りこなせ。
燃えて炭となるのは俺一人でいい。
【紫煙の女帝】
ノーレン・ヒルギア
イーリス侵攻軍の戦時教導官
かつてイーリス王家に仕えていたが現在は軍に身を置き、来たる戦争に備えて若い芽を育てている
本来は侵攻軍の部隊長に推薦されていたが、シヴァの要望もあって後進の育成に回った
卓越した空間把握能力と双銃から放たれる弾丸は寸分違わず敵を貫き、戦場には紫煙のみを残し去る