第33話 進む先
シスリットの裏路地にある喫茶【ローリン】
一見さんお断りの裏メニュー、ビーフシチュー三皿がテーブルにコトンと置かれる。立ち上る香りは嗅覚を激しく刺激し、食欲が身体を打ち付けた。
「わぁ…!美味しそう!」
「う、うまそう…」
「ローリンの特別メニュー『牛の血溜まり』さ。味はアタシの命をかけてもいいくらい!」
「…いつ聞いても物騒な名前だな、注文する時に気まずいんだよ」
「名前なんて所詮上着。大事なのは身体…よ?」
「その汚れた目でヴェルを見るな」
「あの!これ、頂いてもいいんですか!?」
「何言ってんだい?残したら血溜まりに沈めるわよ」
「い、いた「イタダキマス!!」……いただきます」
突如獣と化したヴェルが物凄い勢いで血溜まりに溺れ、それを見て自我を取り戻したイヴは恥ずかしい気持ちを隠しながら作法の通りにナイフを肉に通した。
「おいおい、そんな食い方してたらパーティーの護衛依頼とか来なくなるぞ」
「に、にく!うまい!!」
「アッハッハ!いい食いっぷりだねアンタ!大盛りにしといて正解だったね!獣剥き出しな男は嫌いじゃないよ」
「はむ……ん!?ほ、ほいひい……!!」
「こいつらまだ10代だったな、こういうとこまで捨ててなくて良かったぜ」
「ほんでバルドちゃん、こんな凄い落し物をどこで拾ってきたのよ?」
「依頼だ。グリードでの一件は聞いてるだろ?」
王都戦以来ほぼ食事の機会のなかったヴェルには、この絶品ビーフシチューは理性を吹き飛ばすに余りある威力だった。フェートはサバイバル遺伝子も発達しており数日飲まず食わずでも戦闘が可能だ。しかしその代償として食事の際に獣と化すことがある。
例に漏れず現在のヴェルは犬と変わりない理性、ともすれば待てが出来ないので犬よりも食欲の虜なのだ。
「あの戦場にいるのは知ってたんだが、まさか出会っちまってるとは思わなかった。しかも殺し合い始めてたしな」
「まぁ依頼受けてるなら詳しくは聞けないけどぉ…片っぽは虹の天使ちゃんじゃないの?もしかして結構きな臭い話??」
「きな臭いというか依頼主がタチ悪い話だな。それにもう片方も血統書付きの実績持ちだ」
「あーヤダ怖い怖い!!アタシは店としてご飯出しただけよ、協力してなんて言い出さないでしょうね?」
「心配するな、腹ごしらえと今後の話のために来ただけだ。聞きたくなければ裏に居てくれても構わない。もう今日は閉めるんだろう?」
「それなりに落としていきなさいよ、アタシはこの店が一番大事なんだから」
「それなりに上乗せして出すさ」
ローリンの店主兼ママのカヲルからこの後の店の使用許可を得たクラーゼ。
今後の二人の身の振り方、自分の受けた依頼を話すために一度手を止めろと言おうとしたが、まだ夢中で食べている二名の様子を見て自身もフォークを手に取った。
あれだけ心を剥き出して殺しあったのだ。
少しくらい安息があってもいいだろう。
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「ご馳走様でした」
「はいよ、お粗末さま。そっちはまだ食うかい?」
「あ…い、いえ…」
「なーに遠慮してんのよ!食べっぷりのいい男は好きなだけ食ってきな!」
「じゃ、じゃあもう少しいただきます」
「あーい。バルドちゃんが話したいことがあるみたいよ〜??」
カヲルがイヴの食べ終わった皿とヴェルのおかわりをよそいにキッチンへ戻る。既に食べ終わって水も飲み干していたクラーゼが二人を待っていた。
「美味かったか?ここは穴場かつ常連でないと頼めないメニューがあってな、シスリットに来たらいつも寄るんだ」
「ありがとうございますクラーゼさん、こんな美味いの食べたのは久しぶりです。でも奢りなんて…俺も傭兵ですし金なら多少あるので出しますよ」
「こういうのは黙って奢られとけ、お得意様の機嫌を取っとくのも次の仕事につながるぞ。それにお前の手持ちの物は大体消し飛んだろ」
「そういえば戦闘衣が…イヴにやられた時に」
「ゔっ…すみません、たぶんあの時の爆発で…」
「まぁ一旦この間のことは置いておけ、そうでないと話が始まらん」
「俺はお前たちをフィッツガルド大陸にある街、アントミノまで護衛する依頼を受けている。条件は【天光】と【閃刃】を依頼主の前に両方、もしくは片方連れてくること、手段は問わないことだ。お前たちにはこれに同意した上で同行して欲しい、どうだ?」
「フィッツガルド、ここから北西の大陸ですか。アルカ・シエル所属の私を呼びたいなら直接虹に交渉すれば良かったのでは?」
「依頼主はグリードのテロ、あの場を経たお前たちを連れてくるように希望した」
「どういうこと…?」
「一度聞きましたけど、やっぱり依頼主は?」
「秘密だ、良いとも悪いとも言える。何かしらの影響はお前たちに起きるだろうが」
何もかも伏せられているこんな依頼がよく通ったものだとクラーゼ自身も胸中でため息をつく。
まぁ正規の依頼ではないので経緯なんでどうにでもなってしまうのだが。
目の前の二人が先ほどの歳相応さを潜めてこの依頼の裏を見ようと思考を巡らせている、当たり前だ。半分拉致されているようなものの上、着いて来いと言われて無策でノコノコと着いてくるようでは既に命を散らしている。
「クラーゼさんとの依頼なら喜んで協働したいですけど…」
「そうだ、疑え。例えお前の友人であるカティ・テルマンであっても、傭兵として関わるのであれば全てを疑うべきだ」
「カティ…あの後どうなったんだろう。撤退できたのか…?」
「怪我の程度はあれど傭兵側に死亡者は出なかったようですよ、ベルモンド卿も私たちの撤退後に下がったようですし」
「…そっか、良かった」
「ヴェルって傭兵向いてないって言われません?」
「もう俺が言ってる」
「う…傭兵が一番ウェイドに近づきやすいと思ったんだ」
「私はともに行きましょう。どのみち今の虹に私の場所はありませんから」
イヴは同行を決めた。
彼女には今すべきことが見えているようだ。
「俺は…皆に助けられてイヴの所まで辿り着いたんだ。でもウェイドを殺すなら、イヴと一緒に行動した方がいい。このチャンスを逃したくない」
一方で迷いのあるヴェル。
イヴは刺すような目で彼を見つめるがその場を用意すると約束したのは自分なので、複雑な眼差しに変わる。
「なら一つズルいことを言おう。お前の剣は今、何のためにある?何のために振るっている?」
「ウェイドを殺すためだ」
「そら、答えは出てるじゃないか」
「……わかりましたよ、俺も行きます」
「はい、おかわりお待ち!」
ヴェルは少し釈然としない様子だが、とにかく二人の次の目標が決まった。
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この一週間ずっとモヤモヤとしている。
原因はわかっている、幼馴染のせいだ。
「なぁどこにいるんだろうな?【天光】様」
「行方不明って言われてもな〜MIAじゃないなら多分生きてるって判断なんだろ」
「でもそれなら俺たちフランメに出動要請が出るはずだろ?まぁ捜索ってなると少し違うかもしんないけどさ」
「レナがどうにかしたがってるんじゃないか?ただでさえ有名人だし、身内の処理は身内でさ」
「……」
「あ、カ、カワエダ…すまん、悪い意味じゃなくて…」
「わ、悪い…」
イヴについて話していた二人の同僚たちが気まずそうに頭を下げながら離れていった。
あれからずっとこんな毎日だ。別に悪口や陰口を言われている訳では無いし、みんなイヴのことが心配だったり行く末が気になっているだけだとも理解している。
それはそれとしてムカついているのだ。
誰でもない、何も伝えずに帰ってこないイヴに。
そして先ほどの話の通り、何の動きも報告もまともに上げてこないレナに。
(なんで何も伝えてくれないの?イヴ…幼馴染の私じゃ頼りないの?)
ヒナは知っている。
イヴ・アイリスという少女の強さを。
基本的には穏健、真面目、曲がったことは正したがる。そのせいで頑固で話が通じないと思われがちだが、決断を信じているだけで悩みや葛藤だってしている。それを表に出さないようにしているだけで。
そんな彼女も最近はプライベートなら幾分肩の力を抜けていたと思う。
ステオーラやジレさん、彼女にとって同僚でもありお互いの苦労も共有できる友人の存在は、イヴを昔の姿に戻してくれていた。
だからこそ、私にも頼って欲しかった。
イヴの幼馴染は誰にも代われないのだから、無事なら無事と、無事でないのならそうだと。
それが聞けないと、私がフロントレスキューになった意味がないじゃない。
「あーもうバカ!!」
これ以上考えても答えは出ないし、仕事に支障が出る。救える人がいるなら先に救う、それが私!
(後でステオーラに声掛けに行ってみよ、いるかな?)
ヒナはいつもどおり制服の左裾を結び、気合いを入れ直して歩き出した。
【サイドトーク】
花たちの密談
ヒナ「それでそれで!その時ウェイドさんがね!『フランメにはいつも助けられているよ』って、キャー!!」
ステオーラ「確かに言葉にされると嬉しいよね」
ヒナ「そう!ちゃんと言葉にして伝えてくれるっていうのがイイよね!こういうとこがポイント高いんだよ〜」
ジレ「でも逆に言葉にしたからこそすれ違うってこともあるわね、特に異性間は難しいわ」
ステオーラ「あー…お姉ちゃんの顔が一番に…」
ジレ「お姉ちゃん?」
ステオーラ「あ、姉の…です…」
ジレ「別にいいのに〜〜」
イヴ「先生は余所行きだとそんな感じですよ」
ヒナ「む…じゃあどんな人だとポイント高いの?」
イヴ「人をポイントで評価したことはありませんが…言葉にせずとも伝わる関係は素敵だと思いますね」
ヒナ「…こういう人がいざって時に…」
ジレ「言葉にしないとわからないって言うのよね…」
ステオーラ「せ、背中で語るってことだよね?」
ヒナ「語れてないんだよステオーラ」