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虹の果てまで  作者: 灯台
第2章 鼓動
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32話 日差し



頭が重い。


ゆっくりと目が開き、ボヤけた世界が広がっていく。




自分が寝ていたことを自覚し、見慣れない部屋の景色よりも身体の異常を探す。確か最後の記憶は戦闘離脱後に瞳力鉄道へ上から飛び込んだところまでだ。


まずはセルフチェック。

身体を起こした瞬間、



「ぐぅぅっっ!?」



全身に痛みが走る。

完全にアドレナリンが切れていたせいか、恐怖を刻むかのように意識を削ってくる。



「はぁーっ、はぁー…これは折れまくってるな…」



肋骨骨折、両腕部主要部骨折、脚部主要筋繊維断裂、右腕部筋繊維断裂、その他裂傷多数という見るに堪えない姿だった。継戦能力も一等品のフェートがこのザマとはロダン様にだけは見せられない。


そもそもここはどこなんだろうか。

ベッドに寝かされており、小綺麗な室内が広がっているところから悪い扱いを受けている訳ではなさそうだ。手当もされている。

日が傾き始めていた天光との一戦から何日経ったのかもわからない。今は陽の光が空いた窓から差し込み、レース状のカーテンを貫いている。



現状を少しずつ噛み砕いていると、戸の向こうから近づいてくる気配を感じた。

敵意はない。





木製のドアが開くとそこには記憶していた人物とは少し印象の違う、背の低い白の天使がお盆を手に立っていた。





「あ…」


「やはり起きてましたか、声が聞こえたので」


「あぁ…天光、か?」


「む…そうは見えませんか?」


「こんなに背が低かったか…?」


「よ、余計なお世話です!」



よく見れば交戦時の制服や装備は付けておらず、ラフな白のワンピースを着ている。髪はその綺麗な乳白色を肩甲骨辺りまでそのまま下ろしてある。確かにこれは天使と呼ばれる訳だ。


彼女はベッドのサイドボードにコップの乗ったお盆を置き、小さな机から椅子を持ってきて座った。



「今の体調はいかがですか?」


「まぁまぁボロボロだ。戦えないことはないけど、多分また気を失うと思う」


「貴方はあのテロの中で一度も治癒瞳術を受けなかったのですか?」


「ああ、そんな暇も無かったし」


「だからですね…医者が治癒の痕跡もない傷だらけの貴方を見てひっくり返っていましたよ、この状態で撤退までは意識を保っていたのかと」



やはり俺はボロボロで撤退まではできたが、その後に意識を飛ばしたようだ。フェート人のアドレナリン分泌量はやはりおかしい。撤退しきるまで戦闘のスイッチは落とされない。



「そういうあんた……ええと、アイリスは」


「イヴでいいですよ、私もヴェルと呼びますから」


「…イヴはなんでここにいるんだ?あの男の奇襲で意識が飛んでなかったか?」



あの瞬間のことは覚えている。

コートの男が俺とイヴを吹き飛ばし、彼女の首を掴み上げていた。俺はそれを止めるために誰かに…



誰だったんだろう?あの時の声は



時たま頭に響く声


これもフェートの何かなのだろうか?

たまたま戦闘民族に生まれただけで厄介事には尽きない。心霊現象程度で驚きはしないが、気にならないかと言われたら気になる。




「私は先生がアンノウンの相手を始めた時には意識を取り戻していました。レナの制服は激戦に備えて、意識が落ちた際にオートで発動する体外除細動器と自己修復術式が組み込まれているのです。まぁ一度きりですけどね。その後は回復に努めていました」


「俺には勿体ない術式ってそれのことだったのか」


「ええ、あんなボロボロで…誰の治癒も受けずに先生を殺したいと血走る貴方には勿体ないでしょう?」


「…うるさいな、こっちは目覚めたばっかなのに説教なんてされたくない」


「…っ、すみません」




剣を交えた時はウェイドの弟子なだけあってどうせ頭が堅いというか、頑固で人間味のないやつなんだろうと思っていた。でも今目の前に居るのは負傷した寝起きの相手に言葉を投げかけ、反省して少し落ち込んでいる普通の少女だ。


印象が違うと感じた理由がわかった。

戦術局長補佐様も普段は年相応らしい。




──────────────────────




ヴェルが水を飲む少しの間、沈黙が部屋を満たす。


静かな風の抜ける音が外から聴こえてくる。






「ヴェル…貴方は…」


「俺はヴェル・スカーレットだ。間違いなく、ウェイド・スカーレットの一人息子だよ」


「やはりそう…なんですね。あの時先生がフェートを裏切ったと言ってました、貴方とお母様を置いていったと。何があったのか私に聞かせてくれませんか?」


「これ以上あんたに教えてどうなるんだ。俺はウェイドを殺すためだけに10年近く剣を磨いてきた。何を言われようが、俺の目的は変わらない」




否が応でも分からされてしまった。

その揺るがない意思が、在り方が、先生とよく似ているから。


でもその心の柱は先生とは真反対だ。

力は心がなくては強くなれない。私はそう教わってきたが、今の彼は力が心を支えてしまっている。その先に待つのは力が及ばなかった時の心の崩壊だ。


追い詰められた犯罪者にも見られる、強迫観念という名の何かに取り憑かれたような発狂。一度そうなってしまえば、もう二度と何も手にできなくなるという事例をこの少ない人生でも見てきた。




なら彼も私が護らなくてはならない存在だ。


アルカ・シエルの局員として。


いや、先生の護りたかったものを私も護りたいから。




「わかりました、これ以上は家庭の事情ですから踏み込みません。いつか貴方が話してくれる時を待ちます」


「いや、だから話す気は」


「なので、私がヴェルと先生が向かい合える場を設けます。そこで伝えたい思いを伝えてください」


「…何を言ってるんだ、俺は奴を」


「殺すのでしょう?それも貴方の心にある伝えたい思いのはず。なら伝えるべきです、二人なら剣で伝え合うのもいいと思いますよ」


「……あんたも変わり者だな。自分の恩師が殺されるかもしれないってのに、その手伝いをするなんてさ」


「私は思いを伝える場を用意するだけです。先生が殺されるよう仕向ける訳ではありません」




私なりの恩返しの意味もある。

先生にはもちろん長く生きていて欲しい。だが後悔は抱きながら生きるべきではないと思う。まだ間に合うのなら、すれ違わない方が絶対にいい。





「なら頼むよイヴ。俺をウェイドの所まで連れて行ってくれ」


「任せてくださいヴェル。貴方を虹の頂きに導きます」









「……あー、若人ども。邪魔してもいいか?」


「く、クラーゼさん!?」


「あっ…え、えぇどうぞ!!」




──────────────────────




ヴェルは痛む体を引きずりながら、イヴはそんなヴェルに歩みを揃えて病院の廊下を進む。


一歩先を歩くクラーゼは振り返らずに話を続けた。



「俺の依頼主から頼まれてお前らの戦いを見ていたところに、急によくわからん男が飛び込んできてな。イレギュラーが発生したら両方とも離脱させるようにも伝えられていたが、まさか【豪炎】まで来るとは思わなかったな」


「クラーゼさんの雇い主って…?」


「そいつはまだ秘密だ、いずれわかる」


「その後離脱していくつかの街を抜けて、ここシスリットに着いたのです。貴方の負傷も放っておけませんでしたし」


「シスリット…確かルディウス大陸の南西地方…?」


「そうだ、ここは独立地域の都市だからお前たちが身を隠すのにもいい」


「身を隠す?俺はともかく、イヴもですか?」


「この後話す、まずは部屋に入れ。お前のメディカルチェックを済ませてからだ、終わったら出てこい」



白い扉の前にたどり着き、クラーゼに促されたヴェルは首を傾げつつも部屋に入る。




──────────────────────



イヴとクラーゼは廊下に残り、壁に背を預ける。



「初めに依頼の話を聞いた時には驚いたぞ。ヴェルがまさかあの【天光】と事を構えることになるとは」


「驚いたのはこちらもですよ。ベルモンド卿を突破した傭兵が先生のご子息で、その後にアンノウンに奇襲されたと思えば先生が来て、そしたら今度は【フローレス・ガンナー】に個性的な研究者ときた…最近はほんと、刺激には事足りませんね」


「確かに忙しくなったな。特に虹はどこの機構も常に動き回って、俺の受ける依頼にもどこかに絡んできてる」



クラーゼは窓の外へ視線をやり、イヴはヴェルの入っていった病室を見つめる。


日が暖かく、のんびりと散歩したいような気候だ。






「監視は無い」


「ありがとうございます。恨まれるのは覚悟の身でしたが、まさか賞金首にされるとは思いませんでした」


「…虹はどうするつもりなんだ、君を」


「見つけ出してまた鎖を巻く…もしくはテロを止めて哀しくも戦死してしまった天使に仕立て上げるかのどちらかでしょうね。何しろ私は虹の機密情報に触れられる立場で、こんな能力も持ってしまっている…別勢力の手に落ちるくらいなら処理してしまいたいのでしょう」


「傭兵として依頼を守る。依頼主からは君とヴェルを無事に連れてくるよう金を積まれているからな」


「二重契約をしないとして有名な貴方なら信頼できます、バルド氏」


「堅いな、普通にクラーゼと呼んでくれ」



気候に似合わない物騒な雰囲気が二人を包む。



現在【天光】イヴ・アイリスは行方不明という情報が流され、世間に衝撃を与えている。

それに対して第四勢力の組織達は次々と彼女をALIVE ONLY、生け捕りの賞金首として大々的に発表した。

用途はいくらでもある。場合によっては世間も世論も味方につけ、世界すらひっくり返せる存在の一人だ。犯罪者でもないイヴを賞金首という形でしか手にする方法がなく、なりふり構っていられないのだろう。



そしてそれに焦るのはアルカ・シエル。

軍事機構レナの第一課戦術局という精鋭中の精鋭を指揮する彼女が行方不明、それも局長のウェイドだけが帰還しているという状況が世間に悪印象を与えてしまうかもしれないからだ。ウェイドは上層部以外に多くを語らず一課の指揮官に戻り、イヴの捜索とともに通常任務も再開している。


このままイヴが、戦術規模で絶大な影響力を持つ白瞳力が三大国や他勢力に渡ってしまったら世界の均衡を崩しかねない。再び虹の局員としての鎖を付け直すか、どこかに渡る前に消し去るか…その選択肢を取らざるを得ない状況に追い込まれている。


つまり今の彼女は世界中の善意と悪意から手を伸ばされている。



では信頼のおける第一課戦術局に連絡を取らないのは何故か?

そしてアルカ・シエルは忠誠が強いイヴを何故すぐに復局させようとしないのか?




「局も一枚岩ではありません。恐らく一課は私が縋る餌として撒かれるはずです。そして私がそれに食いついたらそのまま一本釣り…彼らとて局員でその命に従わないということはありません、本気で来るでしょうね」


「もう一度確認するが、虹に戻るつもりはないんだな?」


「ええ、今は局員に戻るつもりはありません。カスパールで気になることが出来たので、それを自分で調べるつもりです。言ってはいけないのですが…ちょうど良かったとも思ってしまいました。私は先生の後ろを追っているだけではダメなんです」


「そうか、わかった。【天光】のいない虹はしばらく苦労するだろうな」


「いずれは戻りますよ、ヴェルとの約束もありますから。でも……」




扉から視線を落として、呟く。




「やっぱり私は厄介者なんですね…どこにいても」




白瞳力の扱いに困った虹はウェイドが擁する一課で管理し、世界はひとまず賞金首として接触を図ろうとする。これまでは一課という箱に護られていただけで、世界からも虹からも追われる現実は少女に重くのしかかる。

自ら決意したのだとしても、それは変わらない。



(ステオーラ、ジレさん、ヒナ……ごめんね)





「これからは独りで、世界と…」











「行こうイヴ、約束のままに」






熱い炎が心を照らす。


そうだ、今はこの先生と同じ熱を持つ傭兵がいる。




「もう…一声かけてくださいよ、ヴェル」




涙なんて流してる暇はない。


この熱があれば、今はそれで。



【独立地域】

シスリット


どこの同盟、連合、機関にも参加していない中立国

国単独で運営が可能であるという自立国の証でもある

ユニゾナには現在でおよそ15の地域が独立しており、シスリットは医療分野におけるエキスパートが集まる都市

参加していないだけで鎖国している訳では無いので、交易や観光で外部との交流は普通に行われている

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