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虹の果てまで  作者: 灯台
第一章 胎動
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第30話③ 剛毅果断



概ね予報通りの戦局になっている。

やつらはきちんと仕事をしたようだ。



これから世界を騙す、覚悟はある。


しかし心残りもある。




(後悔しない道を往けよ。俺は今、後悔はない)




お前が正しかったのだろうか?


いや違う、正しいかどうかじゃない。



正しいと思った道を進む。


それがこれから先に後悔しない道だ。





───────────────────



時たま現れる防衛隊の警備は数も少ない。

単騎で悉くを打ち倒していく。


どうやら精鋭は前線にて奮戦し、まだ経験の浅い兵をこちらに配置しているようだ。当たり前ではあるが、いきなり前線に放り出すなどしては兵の志願者がいなくなってしまう。



「すぐ山で命懸けの修行に放りだすフェートとは大違いだな…!」



ジャッキー達はどうなっているだろうか?

今はもう撤退しているだろうか?

カティは?シエラさんやツァーグたちはまだ戦闘中だろう。なにせ相手はあの【破軍】だ。




「いや、目の前だ。依頼達成まで傭兵として戦う」




そのまま侵攻して行くと、上の方に大きな城扉の見える大階段が出てくる。


あの高さなら裏手になる北区以外の王都を一目で見渡せる。恐らくあそこにこの戦場で最も厄介な存在【戦辞典】がいる。



今度はカティの援護もない、俺一人の戦いだ。




───────────────────



来るとしたらここ、城前大階段だ。

南区から防衛隊とベルモンド卿を突破して真っ直ぐ城を目指すとここに辿り着くはず。

他のルートは想定すらしなかった。

自分でも何故かはわからない。理屈のない戦術行動など先生から指摘されてしまうだろう。



それでもなぜか信じてしまった。

今迫っている傭兵はここに来ると。




(最近の私はどこかおかしい…何が私を乱して…?)




雑念が邪魔をする。

これはどうすればいい?


先生なら……






───今の貴女にはピースが足りない。自ら答えに辿り着きたいなら情報の欠片を集めることです。



作戦会議後に軍師にかけられた言葉が反芻する。


また私は先生を探していた。

先生ならこう言う、先生ならこうすると。






───あの日、私は何かを為せるようになった。この世界に何かを為せる存在に。



スイの瞳を思い出す。


何かを為せる人とは強いエゴを持つ人。

強烈な自己を、誰かの真似ばかりすることのない自分を持つ人。





───信じきれていない、なら信じられるようにする。それが私の戦い方!




私は私だ、先生じゃない!

教えは教え、正解じゃない!


私は傭兵がここに来ると信じた!




なら来る、私が信じたのだから。


そして止めてみせる、私を信じるから。




───────────────────






大階段の上に青年は見た。

彼の者の隣で羽ばたく純白の天使を。




大階段の下に少女は見た。

大地に佇む恐れなき強い瞳を持つ傭兵を。





───────────────────



「止まりなさい、傭兵ですね?」


「…戦辞典だと思ってたが、ここで会えるなんてな」


「ここから先へは行かせません、撤退を」


「そうはいかないな、【天光】のイヴだな?」


「ええ、私は確かにイヴです。貴方は?」


「俺は───





似てる。


とてもよく似ている。

あの人の面影を強く感じる。





───俺が道標となる前は、この手で護りたいものがあった。最近はそれを思い出すことが増えた。



───今は心から任せられる者が護っている。心配などしていないよ。





───せがれか?



───わかってるなら聞かないでくれ。



───ふっ…少し昔話をしたくなっただけだ。





薄々と感じていたのだ、先生が道標となる前のことを。


きっと家庭を持っていたのだろう。

きっと幼い子供がいたのだろう。



道標のために家族と離れたのだろうと。




申し訳なさがあった。

でも嫉妬もしてしまった。


私には親と呼べる人がいなかったから、先生の娘になれたならどんなに誇らしいだろうと。





その全てを───







「ヴェル。ヴェル・スカーレット。あんたのとこの戦術局長を殺しに来た息子だ」







ゴミ箱へと放り投げた。







───────────────────



アルカ・シエルの軍事機構レナ


第一課戦術局長補佐【天光】のイヴ。



俺がウェイドに近づく上で最も重要かつ最後の障壁となる存在。こんなに早く出会えるとは自分の運を褒めたいくらいだ。




「…貴方が、先生を殺す?」




大階段から見下ろしつつ天使が言う。

まぁ知らなくても仕方ない、彼女は何も悪いことはしていないのだ。そんな急に自分の上司を殺すと宣言しに来た傭兵なんて、正真正銘のテロリストとしか思えないだろう。




「あの日、ウェイドは母さんと俺を見捨てて剣を下ろした。敵がまだフェートを襲っていたというのに。俺にも、母さんにも何も言わず!」


「それが理由ですか?先生を殺すという」


「ああ、それ以外に何かいるのか?」


「貴方の過去の苦しみは私には理解しかねます。ですが、今の先生はユニゾナの多くの人々を救いながら私の持つ使命を導く役目を負ってくれているのです。貴方の父親を引き剥がしたのは私です、憎むのなら私を憎んでください」


「過去じゃない!今も苦しんでる、あいつが英雄だなんだと賞賛されるたびに!」





ヴェルの全身から感情の昂りを示すように炎が立ち上る。





「フェートにとって選択とは意思の表れ、どんな細かい事情があろうと選んだ意思を見つめ続ける、信じ続ける。それが俺たちの強さの源泉だ。


だから俺はあいつの選択を殺す。

そうやって否定することで、あいつは自らが裏切ったフェートに敗北して死ぬんだ」





天使が大階段を飛び、音もなくふわりと眼前に着地する。





「客観的に見ても今の貴方では先生には勝てませんよ。選択が意思の表れだというなら、先生は貴方やお母様から離れてでもフェートとしてこの道を選んだということ。


なら私は貴方の意思を否定する。

私を伸せなければ、先生など夢のまた夢ですよ」





互いに言葉なく刀剣を構える。


腰が落ちて目が変わる。





運命の出会いと戦いが始まる。






───────────────────



先手はイヴ。

水瞳力のアンプルを取り出して砕き、水色のオーラに身を浸す。



「フィグメント・アクア」


「まずはその評判の力を見せてもらおうか!」


「アクセル・スムース」



飛び跳ねるかのような速度と軌道で距離を詰めるヴェルに対し、地面を滑るようにしながら傭兵に第四級瞳術のブルーバレット20発を連続して射出する。自身を瞳力で包み移動しながらこの量の牽制を放つという高等技術も、フェートにとっては脅威でもない。



「水であるなら斬れる、邪魔だ」


「瞳術を斬る…?戦い方を見極めなければ…」



水銃弾を二つにしながらクロスレンジに入ってきたヴェルにイヴは小手調べも込め、隙を減らした袈裟斬りを入れる。

防ぐだろうと読みつつ撃ち込んだ一振りをヴェルは受け流し、イヴの体勢を崩す!



「…っ!?」


「地に落としてやる」


「あっ!?」



低姿勢からの強烈な右足払いで流石に体幹を崩され、一瞬宙に浮いたイヴに左足を振り抜く。



「這いつくばれ」


「がはっ!!」


「追撃…っ、氷?」



蹴り飛ばしたイヴを斬ろうとしたヴェルは、自身の足元を静かに固めている氷に気がついた。


いつ?気が付かなかった?自分が?



「ウォーターサージ!」



そして天光に仕掛けられたと気がついた時には、眼前にドルチェが放っていた竜巻の水が押し寄せていた。



「がふ…!?」


「意識だけいただきます!」


「……ッアア!!!」


「この程度ではダメか…中々に非道なことをしたのですが」



身体の内側から放出した炎瞳力で周囲に空間を作り、ついでに足元の氷も溶かす。ヴェルは天使が想像以上に泥臭い戦い方も得ていることを知り、認識を改める。




「虹のくせにえぐいことしてくれるな、あの男の教えか」


「いいえ、これは先生よりもっとえぐい方から教えてもらいました。固めて撃ち抜く、効きましたか?」


「ああ、目が覚めたよ。排除する」




───────────────────




再びヴェルが駆けてくる。

ブルーバレットでは牽制にならなかったことを踏まえ、イヴは普段あまりやらない芸当に踏み切る。




懐から取り出した電瞳力のアンプルを砕き、身の回りに青と黄の瞳力素を纏う。




「な…二色!?」


「白瞳力が纏えるのは一色ではありません。私が受け入れられる限り、いくらでも染まることが出来ます。そして貴方はさっき水を被った…」




そして二課の長から教わった、単純な瞳力放出を絡めた白兵戦法【インサイト・アサルト】で翻弄する!



「コマンド・ライトニング」


「がっ!?」


「これで、落ちて!」



ただ放った電瞳力が水気を帯びていたヴェルの全身に走り、動きが一瞬止まる。

隙ができた傭兵にその手の両手剣を振りかぶり、白瞳力を纏わせた峰打ちを決める!




「お返しだ」


「え…?」



だが確かに痺れさせたはずのヴェルと目が合い、脳内に警鐘が走る。



「外式、愚殴」



ガァン!というけたたましい音が大階段に響き、イヴはヴェルが持つ鞘で峰打ちが弾き返されたことを知る。しかも威力が調整されており、こちらが体勢を崩されたのに対して相手はニュートラルポジション…反撃が来る!


しかしこのパターンは先生との模擬戦で嫌というほど落とされてきた!以前よりも堅くなったコマンド発動のプロバイド・シールドなら!!






「一式、絶刀」






振り抜いた姿勢を見て、自分の盾が割られたことに気がついた。



「なっ……」


「破軍には躱されたが、この一式だけはまだ誰にも撃ち負けてない。俺がウェイドを殺す為だけに編み上げた一撃だ、防げるものか」





そして遅れて来た風圧によりイヴは為す術なく吹き飛ばされ、大階段横の柱に叩きつけられた。



「がっ…う、フィクスマーク…」




(甘かった…本当にあの先生の子だとすると、一桜のような一撃技を持っていてもおかしくない!抜刀術の威力を支える身体のバネも親譲り…?)




負傷した骨と内臓器官に医療瞳術をかけながらトドメを刺しに飛んできた傭兵の一撃を水瞳力で滑らかに躱し、スキを作るために敢えて近接戦闘に持ち込む。



「先ほどの電気が通らなかったのは、貴方の装備ですか!?」


「ああ、俺の戦闘服には絶縁体を含ませてある。アーマノルド家のウェポンスミスが作ってくれて、な!」


「随分ペラペラと教えてくれるんですね、ぐっ… オーダーメイドとは!!」


「その大層な制服には何も無いのか!可哀想に!!」


「貴方には勿体ない術式が組み込まれていますよ…!」


「遷流!」


「っ…またカウンター…!」



息もつかせぬ連撃にコマンド発動の瞳術を挟む暇もない。勢いを止めるために打ち込むとカウンターを食らってあの抜刀術が飛んでくる。

この傭兵のクロスレンジには容易に立ち入れない。




「あんたとの戦いは参考になる、ウェイドの弟子なら戦い方も似てるだろうしな!」


「これは私の…私が培ってきた戦い方です!先生とは違う!」


「違うものか。心も技も受け継がれていくものだ、少なくともフェートはそうやって知識と経験を継いでいく…たとえあの男がフェートを裏切ろうと、あんたには必ずあいつの遺伝子が刻まれている!」


「尊敬はしていても…崇拝はしていません!」


「ならウェイドを討たせろ!俺にはその権利がある!」


「っ!?うしろ!?」



突如目の前で相対していた傭兵の姿がブレたと同時に立ち消え、右側から気配を感じた。だが一瞬の空白があればコマンド発動が間に合う!

全身を覆っていた水瞳力を全て費やし、傭兵の足を止める!



「ええい!!」


「…陽炎」


「こ、これも!?」



氷で足を取ったはずの姿がブレた瞬間、数歩ズレた位置から攻撃が飛んでくる。斬ったと思ったものがたち消える…まるでスイの異名にもなった幻影、ドッペルゲンガーのようだ。幻のように反撃の当たらない中で全方位から刃が差し込まれる!



「ここで削り切る…!」


「ぐっ……はぁ、はぁ…!」


「フェートの糧に…《喰らってやろう!!》」



既に腕が悲鳴を上げており、体幹はブレを隠せていない。このままでは武器も弾かれて抜刀術に沈められる。





どうする?


何が出来る?


相手は必殺の一撃を持っている。シールドで押し切ろうにも割ってくる。



固められた状況、隙を作る一手は…






───シールドに任せて…そのまま!


───織り込み済みか、ならば盾ごと!





───いい気合いだ、さらに上の策を見せてやろう。







脳裏に浮かんだのはやはり先生だった。

でもこれは真似じゃない。




糸口はもらっていたのだ。


秘めていた手札を、あとは私なりに!




「あっ…!?」


「これで…!」




武器が跳ねる。

相手は抜刀の姿勢に移る、今だ。


この身に宿る膨大な白瞳力量。

ツートンで付与してから残った電瞳力に同調させ…


それをなりふり構わず解き放つ!




「虹彩解放…」


「っ!?一式!!」




気がついた、だがもう遅い!!





「ヴォルト・インフレーター!!」


「絶刀!!」





瞳術含め全てを断ち伏せる刃が範囲内全てを焼き切る超高電圧球とぶつかり、王都全体を照らすほどの太陽となる。

アーマノルド謹製、雷知らずの戦闘衣の許容電流量すら上回る電瞳力がヴェルを襲い、瞳術殺しの眼帯を真正面から割り伏せた一閃がイヴに走る。



次の瞬間、二人は王都グリードの名所である大階段を破壊しながら逆方向に吹き飛んだ。




───────────────────



彼は見た。

撤退中、背後の城の元で巨大な爆発が起きたことを。そしてそこには自分が背中を押した男がいると確信していた。



「お前はそんなとこで死ぬタマじゃねぇだろ?閃刃!」


「生き残れたわ私…まだ生きていける」


「ドルチェってそういうタイプだったんだね、ギャップすごくて風邪ひきそう」


「願がけよ、おっさん一人護衛出来ないガキは黙ってなさい」


「あんなん無理だよ!?いつ視界から消えたのかもわかんないのに!」



────────────────────



彼は見た。

これだけのメンツを集めてもなお止まらない【破軍】の強さに焦っていた心を揺らす瞳力素の巨大爆発を。きっとあいつはまだ生き残って戦い続けている、そう自然と信じられた。



「む?セントか?」


「よそ見してんなぁ!」


「ツァーグ、合わせる!!」


「これは余裕というのだ、ゆくぞ!一騎当軍!」


「ぐぁ!?」


「っと、舐めんなよ!!」


「よく潜り抜けた、だが槍とは短く持つとこのレンジでも振るえるのだ!」


「がっ…!?ちぃ…シエラ!」


「また一曲ご一緒して頂こう、せぇあ!」


「かの【奏騎士】のお誘いなら大歓迎だな!」



────────────────────



「がっ……く、ぐぅぅ!」


「あぐっ……う、ぁあああ!」




全身の骨は凡そ折れるかダメージだらけ、戦闘衣も正式制服もボロボロの状態でもなお瓦礫から立ち上がる青年と少女。

そこにはもはや新進気鋭のエース傭兵と世界連合統一機関の精鋭の姿はなく、ただ己の魂に従うだけの二人の修羅がいた。




「そこをどけ!イヴ・アイリス!!」


「ここで諦めて!ヴェル・スカーレット!!」




再び融断刀とイノセントブレイドが構えられる。


お互いに殺意をぶつけ合い、駆け出した瞬間、







「その力を返してもらおう、アイリス!」






黒と紺のロングコートのような戦闘着を纏った男が二人の間に降り立ち、再び吹き飛ばした。



「うわっ!?」


「きゃあ!?」




埋まっていた瓦礫に後戻りしたイヴ。

ヴェルは倒れずに堪えたがそもそもがここまで戦闘を続けてきて、全身大怪我で立っているのだ。全身に再び激痛が走り片膝をつく。




「ぐっ…何だ、増援…?」


「アイリスは…ん?貴様は…」


(俺たちを吹き飛ばした、そしてイヴ・アイリスの方を探している。なら目的は俺ではなさそうだ…でもあいつには聞きたいことが山ほどある、ここで離脱される訳には…!)


「その瞳、フェートか。他者の力を貪るように取り込んでいくおぞましい吸収力に相応しい瞳だ。そうやって食事を続け、何を為すつもりだ?」


「…何の話だ?」


「まぁいい。アイリス!そこにいるな」




男が瓦礫に抱かれているイヴの首を掴んで持ち上げる。全身傷だらけで意識も半覚醒で苦痛に耐えている。だが絶刀で吹き飛ばした際にも纏っていた光瞳力素が身を包んでいるところから、恐らく制服に仕込まれていたであろう自己修復瞳術が起動しているようだ。




「さぁ、500年とここまで長かったが返却時だ。白瞳力を渡せ、さもなくばこのまま命ごと奪い取るぞ」


「うぅ……ぐ、あぁ…!」


「イ…イヴ・アイリス!起きろ…!お前にはまだ用があるんだ!」


「うるさいぞフェート。お前は部外者だ、黙っていろ」




少女は目を覚まさない。


ヴェルのよく当たる勘が激しく脳内で警鐘を鳴らしている、このまま彼女を失ってはいけないと。




(動け!俺の到達点にあいつは必要なんだ!)







《往きたいか、ヴェル?》



突如、脳内に別の声が混じってくる。



(お前はなんだ?最近たまに聞こえてくる声…)


《細かいことはよい。往きたいのかどうかだ》


(往くってどこに…今はそんな場合じゃ…)




《アイリスを救いたいかと聞いているのだ》



「救いたい、ウェイドを殺すのに必要だ」



《いい意思だ、では黒を……》









「一桜」








舞う花びらを静かに、柔らかく断つように閃く。


コートの男はイヴから手を離し、防御の姿勢をとる。しかしその一撃は男の防御ごと数十メートル吹き飛ばし、放った者がゆっくりと抜刀の姿勢を解く。





ヴェルは動悸がするのを感じた。

だがそれ以上に渇望が喉を掻きむしる方が強い。





「無事か?イヴ、回復に専念しろ」





自分を眼中にも入れずに、父ウェイド・スカーレットがそこに立っていた。




───────────────────




「ほう、貴殿は庇うのか?元々は我らと同じ志だったと聞いているが」


「昔の話だ。今の俺は道標として生きている」


「そうか…残念だ、貴殿とあるべき世界を共に望めないとは」


「あるべき世界なんてない、今ここにある世界が全てだ」


「奪う側の思想だな」


「奪われてばかりの間違いだ」


「笑止!」




コートの男がウェイドに向かって飛び出す。

だがウェイドは姿勢を崩さない。



「虎血!」



男が目に追えない速度の右足を放つが、ウェイドには見えているかのようにゆっくり下がることで回避する。



「終わらないぞ!虎血烈吼!」


「やるな」


「ふん、軽くいなしておいてなにを」



鋭い右足蹴りの勢いを逆方向へ、そのまま左足の蹴撃に繋げる。左右へ分け放たれた二撃が空気を裂き、局地的な竜巻が発生する。しかし【豪炎】は目に閉じずにその全てを見切り、剣でいなしつつ全てを躱しきる。



「出し惜しみしていられん、使うか」


「やめろ!それはまだ早い」


「混ざりはしないだろう、アイリスも多少制御は出来ているようだしな」



男の背から見たことの無い色の瞳力素が溢れ出てくる。全てを飲み込むような、それでいて全てを生み出したような、かつ全てを優しく受け入れる『黒』が何かを形取ろうとしている。






「アグロメイト、爆ぜろ!」





その『黒』に向けて爆発集塊岩が飛翔してくる!

男は防御の姿勢を取ることなく、黒い瞳力素の奔流を操作したのか爆発から身を守った。



「無事じゃないな、ヴェル!」



片膝がやっとのヴェルを庇うように降り立ったのは、歴戦のユーリ傭兵団の【フローレス・ガンナー】クラーゼだった。



「離脱するぞ、動けるか?」


「ぐっ….何とか……」


「まったくどうしてこうも面倒事に巻き込まれるかねお前は…ここは退くぞ、黙ってついてこい」


「ま、待ってください…やっと、あそこにウェイドが…!」



ヴェルにとっての原動力でもあるウェイドへの怒り、それを果たせるかもしれないと身体に鞭打とうとする彼にクラーゼは言う。



「お前もイヴ・アイリスも雇い主に助けるよう言われてんだよ。あっちは別のが行くから、今は離脱だ。こんななりでまともに打ち合えるわけないだろう」


「っ……でも…」


「それは後で聞いてやる、早くしろ!」


「クソ…ウェイド!俺はアンタを許さない!!」


「こちらクラーゼ、離脱する。退路を!」



───────────────────




「いいのか?貴殿の大切なものだろう?」


「構わない。俺と妻の子だ、強いさ」


「…まだ事を焦る必要はないか。アイリスはいずれこの俺、イーリスのノヴァが奪わせてもらう」


「まだだ、あと少し時間がいる…」


「なるほどなぁ…お前はその道を選んだのだな」


「ご老夫、あなたは?俺の何を知っている?」


「邪魔して悪いな、もう戦闘をする気は無いとみて来させてもらったよ」




いつの間にか姿が消えていたイヴの倒れていた場所を一瞥した後、コートの男もどこかに離脱していった。


残ったのはウェイドと気配もなく立っていた初老でウェーブ髪の男だけ。




「このゼノは面白い方を選ぼうと思ってな。君もなかなか気に入れそうだが、私はあの青年を選ぶとしよう」




そして瞬きをした瞬間にその気配は離れていた。


なんとなく原理や移動位置はわかる、しかし今は追うつもりはなかった。






「種は飛んだ、あとは花開くかどうか。ここからはクラウス達やお前たち次第だ」


「イヴ、今年も誕生日を祝えなくてすまない。だがこれからも俺は道標として生きよう」


「……大きくなったな、ヴェル」


「そうだ、殺しに来い。お前の力の最後の鍵になれることを祈っている」



【イーリスの希望】

ノヴァ・イーリス


カスパール王国での戦闘に突如現れた戦士

非常に高い戦闘能力を持ち、【豪炎】のウェイドの抜刀術による奇襲すら余裕を持って防御した

戦闘の理由は不明だが、イヴを連れ去ろうとしていた

主に徒手空拳で戦うが、何らかの超常の力を持っているとされる

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