第1話 フェート
準備を済ませて村の修練場に向かう。今日は今までの人生の中で一番重要な一日になる予定だ。
石畳を歩きながら同じフェートの村人に挨拶をしていく。
「ヴェル〜!いよいよ今日だなッ!!」
「ぐ…今日でこの不意打ちともおさらば出来るよ!」
屋根の上から高速で斬りかかってきた近所のトールおじさんの斧を左手の鞘で受け流し、返しに抜刀を放つ。トールおじさんは当たり前の様に防御の体制を取っており、衝撃なく前方に着地している。
武器の音を聞いて周りで朝の仕事を行っていたご近所さんたちが集まってくる。
「いい反応だ、60%くらい出せてるんじゃないか?」
「あんなに朝から吹き飛ばされてたヴェルが…子どもの成長は早いわね〜」
「及第点は越えてるな!だが今日でフェートとして戦えるのか決まる!その前門としてこのオレを捌いて見せろ!」
「門はロダン様の役割でしょ」
「というかお前がヴェル大好きだから寂しいだけだろ」
「ぐぅ…俺の可愛いヴェル…もう巣立ってしまうなんて…嫌だァァァ!!!!」
「俺、別にすぐ村を出る訳じゃないし…それに好きなら朝から奇襲仕掛けて来ないでよ」
「それがトールなりの愛なんだろうよ」
「びぇえええええ!!!!」
この村では節目となる日に涙と鼻水を噴出させながら歴戦の戦士が斧を振り回している程度で狼狽える者はいない。戦闘があれば皆がそれを評価したり、宴会芸かのように楽しんで観戦する。
それが戦闘に特化した一族、傭兵集団フェートだ。
始祖であるエイル・フェートの持っていた戦闘因子から始まった血脈は今なお俺たちの身体に受け継がれており、常に新たな戦技を求めている。
始祖の時代はまさに戦乱の時代だったこともありフェートという存在は戦闘集団として渇望されたが、現代は世界連合統一機関アルカ・シエルが治安維持や紛争調停を行う一定の平和がもたらされる時代であり、ただの頭のイカれた戦闘集団などテロリストのように見られてしまう。
そんな世界に順応した今のフェートは主に依頼者に勝利をもたらす高級傭兵として時代に存在している。
ここで育ったフェート人はもれなく戦闘訓練を受けて成長してきており先天的にも戦闘適性を持って生まれているので、近所のおじさんや毎朝挨拶をしてくれる奥さん、用具店の店主や暇そうに昼寝をしている人までもれなく全員が歴戦の戦士なのだ。
もちろん戦闘に関する傭兵依頼が多いが、例えば日常に溶け込みながら護衛をする依頼や店の用心棒としての依頼、ケースとしては少ないが要人の警護など依頼内容はかなり多岐に渡る。そういった需要に高い水準で答えられるのは日常の中に戦闘が完全に溶け込んでいるフェート人ならでは。
これが今のフェートの生き方。
戦闘技術により誰かを護る存在。
「ふっ…ぐぅ…!」
「ヴェルぅ!俺離れするには守ってばっかじゃ足りねぇぞぉ…破錠砕!!」
「まだ………今!」
「ぬぉ…!?」
受け流した瞬間に一撃火力の姿勢を取りながら右肩でトールおじさんにタックルを入れる。いくらトールおじさんが強いといっても、大ぶりの斧を受け流された瞬間に引き戻すには俺との距離が近すぎる。
体勢を崩すことには成功したが既におじさんは体幹を制動し始めているだろう。知覚するよりも身体が先に反応する、それがフェート人だ。
この期を逃さない!
タックルで踏み込んだ右足の勢いをそのまま左腰からの抜刀術に乗せる!
「一式、絶刀!」
「…やるじゃないか、ヴェル・スカーレット」
だから俺は間違えている。
この俺の抜刀術は誰かを護る力じゃない、傷つけるために積み上げた戦技だ。
今のフェートにあるべき姿じゃない。
そんなことはわかってる。
でも今の俺に在り方なんて考えている暇なんてない。
父を斬る。この三年で鍛えた抜刀で両断する。
今の俺に剣を握らせる理由はそれだけだ。
【破壊者】
トール・マルクラ 46歳
元エレイン傭兵三桁ランカー上位の歴戦のフェート戦士
大ぶりの斧を主力に多種多様な武器と徒手空拳まで扱う
だが最も恐るべきは異名の如く全てを破壊する膂力だ