第27話 カスパール 国内テロ鎮圧作戦3
「いきなり襲いかかってすまなかった!改めて、私はカスパール王国首都グリード防衛隊騎士団長、【破軍】ベルモンド・シュルツだ。よろしく頼む。それでこっちが…」
「同じく首都防衛隊騎士団の軍略部長、セント・ニコラウスと申します。何卒」
「相変わらず堅いぞセント。今はもう執事じゃないだろう?」
「長年の癖というのは中々抜けないものですよ、ベルモンド卿」
「は、はぁ…それで今のはオレたちを試してたってことでいいのか?こっちは殺されかけたんだが?」
「あと私たち二名は傭兵ではなくアルカ・シエルの局員です」
完全にカスパール側の雰囲気で話が進んでいるが、さっきまで真剣を向け合っていた相手だ。急に切り替えて話し合えと言われても気が抜けない。
ライノがこちらの不満を伝えると、セントが一歩前に出てくる。
「ご無礼をお許し頂きたい。この訓練はカスパールという国家から依頼をする際には必ず行わなければならない慣習なのです」
「慣習、ね。腕試しでもされるのかって言ったけど、まさかその通りだったなんて」
「かつてこの国の繁栄の始まりを作ったルディウス一世の護衛騎士団…我ら首都防衛隊の始祖といえる騎士たちが新たな仲間を迎える際にこの不意打ち歓迎をしており、それが今は少し形を変えて残っているのです。現在はよほどの猛者にのみ、つまり国家から依頼するほどの力を持った方にのみ不意打たせていただいております」
「なるほど…国の創成期から今もなお続いている文化ということですね、素敵です!」
「お、おいおい素敵かこれ?どうもオレには理解し難い素敵ポイントなんだが」
「大丈夫、傭兵の中に不意打ちされて喜ぶ変態なんて数えるくらいしかいないわよ」
「私たちアルカ・シエルも初志貫徹をもっと意識しなくては!」
イヴは意思を貫くということに憧れを抱いている。自分の使命を遂げなくては、という心の表れでもあるがたまに暴走することもあり、それが一課の面子からお嬢と扱われる理由でもある。
すると唐突に、それまで説明をセントに任せていたベルモンドがウェイドの前に立ち握手を求める。
「お初にお目にかかる、スカーレット卿。【破軍】ベルモンド・シュルツだ、お会いできて光栄だよ」
「挨拶が遅れた。アルカ・シエル軍事機構レナの第一課戦術局長ウェイド・スカーレット、この度はよろしく頼む」
「このような有事でなければ、是非とも手合わせ願いたいものだが…」
「レナは不要な戦闘を推奨していないが、訓練の一環としてならば受けて立とう」
「あぁ…そうこなくてはな…!」
「ベルモンド卿、その件は置いておいて話を進めます。いいですね?」
一瞬でヒリつくような空気がだだっ広い会議場を満たし、すぐに散っていく。
「おお、すまない!傭兵とはいえ客人を待たせてしまうとは。この会議場はうちの軍略部長がめちゃくちゃにしてしまった、すまないが廊下を挟んで逆側の会議場に行こうか」
「こんな豪華絢爛な部屋でやらなくても良かったんじゃねぇのか?いくら儀式っつってもよ」
「気にするな!この部屋は明日から全体改修が入る予定だったのだよ!」
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別の部屋に移動しながら、先生に先ほどの話の真意を尋ねる。
「先生、ベルモンド卿との手合わせは本当にするのですか?リップサービスでは…」
「最初はそのつもりだったが、目の前にしてみると戦ってみたくなった。手強い相手との手合わせは学びにもなる。それからイヴ、さっきの戦闘だが…」
「…っ!はい!」
「一つ、自身の強みの幅を広げられたようだな。範囲を縮小することで高密度のシールドを瞬時に出せる、か。従来のプロバイド・シールドよりも展開時間、強度の面で向上したな。さらに範囲を狭めたことで術式組成がかなり軽量化し組成過程で待機させられる、戦闘中でも並行して組成が出来るようになった…テーグめ、やりすぎだろう」
褒められている、先生から。
それについては心の中で小さな私が踊っているのだが、やはり先生の眼や戦闘思考はすごい。
さっきの戦闘で私が新しい力を使ったのはほんの数回、それだけで技術を見抜いていた。これがこの世界におけるトップクラスの水準なのだろう。他の戦術局長や各国の近衛、アンダーグラウンドに巣食う巨大ギャングや義賊の頭は人間離れした強さを誇る。【恐拳】と呼ばれていたアギオスも義賊『聖なる猫』の幹部、上澄みだろう。
そしてその中には、派閥に属していながらもエレインと傭兵契約を結んでいる者もいる。エレインの契約に派閥など関係なく、依頼され、達成し、正当な手段で報酬を受け取れれば傭兵と見なされるのだ。
無論トップランカーの中でも更に上澄みの世界の話だが、エレインの判断と契約内容によってその序列とランカー名が伏せられている者がおり、そして現在はそのほとんどが情報屋によって割れている。
一課の局長補佐として、そんな化け物達と渡り合っていくにはまだまだ実力が足りない。
でも焦ってはならない。
それが先生の教え。
私はまだ学べることがたくさんある。
「だがまだクロスレンジにも隠し玉がありそうだな。それは前に挙げていた弱みをカバーするものか?」
「バレていますか…はい、以前よりも中近距離の隙はかなり減らせたと思います。中距離での第四級瞳術の工夫次第では手数も増やせます」
「お前は隙のない局員としてこの世界に存在すべきだ。全てが見える景色に立って、使命と向き合え」
全ては使命のため。
本当に?
私は使命のためだけにこの世界に存在するのか?
最近の自問自答は答えが出なくて少し不安だ。
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さて、皆さまの実力は間違いないものとわかりました。ここからは正式にカスパール王国からの依頼として扱います。今回の依頼は『来週中に発生するであろう第四勢力によるテロ行為の鎮圧』です。既にテロの準備が整いつつあることは密偵傭兵により確認されています。これを王都グリードで迎撃して頂きたい。
無論、我ら首都防衛隊も出る。だがこのテロはつまらないことに見せしめとしての側面も持たせることになった。上手くテロリストをグリード内へ誘導し、軽く泳がせた上で叩き潰してくれ。パメラン女史はこの手の依頼の経験もあると聞いている、期待しているぞ。
防衛ポイントや首都防衛隊の配置などはまだ確定していません、明日には私からお伝えいたします。本日は長い移動でお疲れでしょうし、グリード城下の宿『ポール・ソーラ』でお休みください。防衛隊で全て負担するように伝えておきます。
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「はーふかふかのベッドは最高ね!ほらイヴちゃんも飛び込んじゃいなよ!あ、イヴって呼んじゃった、天光の方がいい?」
「お好きなように呼んでください、荷物ここに置きますね」
「もー荷物なんてあとでいいじゃん!ほらイヴちゃんも!ベッドふかふか!」
「…なんかスイさん、さっきまでと随分キャラが変わりましたね」
「あ、あれは傭兵やってる時のやつで…こっちが素だよ、ライノの奴も知らないだろうけど。とにかくこっちこっち!」
この部屋の中で親を呼ぶ子どものように私を呼ぶ女性がエレインナンバー252を冠するあの【ドッペルゲンガー】だと誰が知っているだろうか。
幼なじみのヒナの放つ明るさとは少し違うのは、普段から傭兵として自己を抑えている影響でもあるのだろうか?
これ以上駄々を捏ねさせるとろくな事にならないと思い、荷物を広げながら隣のベッドに腰掛ける。
「お…これはなかなか…」
「でしょーッ!?超ふわっふわで最高!疲れも取れてリフレッシュできる〜!」
「傭兵でもしっかり睡眠は取れるものなのですか?」
「それとこれとは別だよ〜いつ寝込み襲われても殺せるし!」
「た、たくましいですね…さすが高序列…」
このくらいの胆力がなければ傭兵などやっていけないのだろう。尚且つ生死を分かつ場において男性よりも非力なことが多い女性なのだから、その在り方は尊敬する。
「スイさんはどうして傭兵を始めたのですか?」
「ん?うーん個人情報は価値があるからお金がいるんだけど〜イヴちゃんは誰にも話さなそうだから特別だよ?」
「他言はしないと虹の正義に誓います」
「あっはは、そこまで堅くならなくてもいいのに!バラしたらバラすだけだし!私は元々捨て子なんだ、双子の片割れでね。あ、そんなに気にしないで聞いてよ?」
「…はい、作業の傍らで聞きます」
「ありがと♪ローズベルクってちょっといい家に生まれたんだけど、妹と双子だったの。でも色々出来たのは妹の方で、私は家の後継ぎに関する事は何にも上手くいかなくて、妹が羨ましかった」
生まれ。
それはこの世に存在を始めた瞬間から最初に己にかけられる鎖。
それを手繰り寄せて鎖の先に辿り着くか、それとも途中で切り取って別の鎖をかけ直すか、他の誰かの鎖と絡まっていくか。
はたまた肌に食い込ませ、血が吹き出し、肉が削げてでも強引に引きちぎって進むか。
今の私は辿っている、先生の導きで。
「それである時、二人で庭で遊んでる時に私に瞳力の目覚めが来た、それも炎瞳力と珍しい光瞳力。普通なら喜ぶところだけど、私はそれまでの人生で一番神を恨んだよ」
「…もしかして」
「そ、ローズベルクは非瞳力主義の家だから」
「そんな家の双子に瞳力が発現、それも偏って二つ、しかも不出来な方の子どもに。そりゃあそうなるよね。妹は大泣きして私に引っ付いて離れようとしなかったけど、両親は引き剥がして連れて行った。あの時は気持ちよかったなぁ…」
その時、彼女の目に何かが宿っているような気がした。
勘違いかもしれない、けど纏う雰囲気が揺らいだのは確かだ。瞳力の昂りも感じる。
「あの日、私は何かを為せるようになった。この世界に何かを為せる存在に」
その瞳で世界に何かを為す、それが瞳力者。
「そんなこんなで色んな人と助け合いながら成長して、地位も生活も困らない程度になれましたってのがスイ・パメランの今の人生だよ♪」
「なんだかドラマにでも出来そうなすごい人生ですね」
「ね!情報公開すれば権利とかでまたお金たくさん入ってきそうだけど、そんなのもう今はどうでもいいかな。世界に傷も名誉も残せるようになった、ライノたち傭兵仲間とも背中預けたり敵対したりで刺激的に生きてるしさ」
そこにあるのは強固な自己、アイデンティティ。
それに従った行動は自己に殉じた結果、エゴ。
ジレさんがバランスと言っていた、今の私に足りないもの。
この世界の強者は皆エゴを放っている。
そしてそれに惹かれた人が集まり、集合自己となる。
戦術局長も、ベネッタ捜査官も、電竜も、ドッペルゲンガーも、そしてきっと先生も。
あの目は、そういう人たちの目だ。
【王の麓】
グリード城下町
カスパール王国の王都グリード
各地方都市と同じように人、貨物、商品の行き交う町
有名な高級宿【ポール・ソーラ】、大雑貨店【メタセコイア】、行列の絶えない甘味処【ククラ・ルー】などには世界中からも訪問者が多い
だが王都が戦場となる時は店を含めた全ての構造がグリード城防衛の為の機構になるよう、【伝説の建築家】ラルの設計が施されている