第26話 強く
フェート村を出てから数ヶ月、既に毎日の宿代程度は苦労しないほど傭兵としての報酬は得られている。エレイン本部のあるベルリネッタ島で衣食住で困っていないということは心にも余裕をもたらすはずなのだが、今のヴェルの心は乱されていた。
思い出すのは傭兵仲間のカティからの誘い。
『ここだけの話、今回テロ鎮圧には虹も出張ってくるってのがうちの予報士の見解だ。しかも軍事機構一課の【天光】らしいぞ』
(レナの第一課戦術局長補佐、実質ナンバー2。膨大な瞳力量を有し珍しい光瞳力を扱える。それに加えて特別指定技能『白瞳力』を持っていることから付いた名は【天光】…今の俺が知っているのはこのくらいだ)
自身の到達点であるウェイドの殺害、現在考えうる障害の中で最後に立ちはだかるであろう壁がイヴ・アイリスだ。その本人と大規模依頼で邂逅出来るかもしれない。
無論ヴェルは誰彼構わず殺す気などさらさらない。あくまでターゲットはウェイド・スカーレットであり、天光と戦闘にならずにウェイドを殺せるに越したことはない。
だが虹の中でも軍事機構レナはこのユニゾナ各地から上澄みの戦士が集まってきている。少数精鋭とはいえ、エレインで例えるなら高序列傭兵レベルはあるという。
そんな連中が日夜問わず戦闘訓練や実践の殺し合いを経験しているのだ。まずそこらの賊の頭程度ではまともな太刀打ちは不可能。連携もしてくるので単身傭兵としても事を構えたい相手ではない。
それに加えて今まで戦術局の課が壊滅した事例は史実上一度もない。別の課が援護に来てしまえば、その時点で終わりを迎える。
(俺はこれからそんな連中のトップにいる奴に勝負を仕掛けようとしてる…ツァーグに奇襲で上手を取れた程度じゃ何も出来ない。もっと戦闘技術を上げないといけないんだ…でも何が?力が?速さが?戦い方が?)
ここで考えていても仕方ない。身体を動かしていれば何か新しい力が見つかるかもしれない。
そう思い腰を上げて部屋を出る。
下の階に降りてエントランスへ行くと見覚えのある服装の男が待合席に座っていた。
「お、来たか閃刃。あれからまた評価を上げたみたいだな」
「クラーゼさん?今日は依頼も無いんですね」
「おい別に暇だから来たんじゃないぞ」
「すっごい買い物してきましたって見た目してますよ…今からエレインの地下訓練所使おうと思っててたんですけど、何かご用ですか?」
「いやなに、ジョウの親父さんからヴェルに渡した剣の様子を見てきてくれって頼まれてな。いくつか土産話もあるぞ、一緒に訓練所まで行ってもいいか?」
「いいですよ」
「すまん、半分持ってくれ」
「…いいですよ」
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エレイン本部はベルリネッタ島の街ケイオス、その中央に位置している。街の中には活気が溢れているが、最近のバルタザールでの宗教テロ、カスパールでの国内テロの噂が出てからは少し空気がザワついているような気がする。
この前のケリー商会での戦闘、モモノヒ組からの依頼による戦闘介入でまたエレインナンバーが上がった。契約試験の頃と比べて高い評価をされているのが形になって現れている。
それに伴って変わったのは周囲からの目線だ。
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「あ!ヴェルくん!お疲れ様!」
「こんにちは。ニルさん、地下訓練所の使用申請をお願いします」
「今日も特訓?精が出るね、さすがは閃刃!」
「ニルさんもそれで呼ぶんですか?」
「だってこんな短期間で異名まで付くなんて凄いことなんだよ?もし嫌ならやめるけど…」
「別に嫌じゃないんですけど、なんか全然慣れなくて」
「そっか、じゃあヴェルって呼んでもいい?」
「別にいいですよ」
「ね、私のことも呼び捨てでいいよ?」
「いや、それはさすがに…」
「そっか〜許可は出てますから、いつでも引き受けて下さいね?」
「は、はぁ」
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「ヴェル、おはよう」
「シエラさん、どうも」
「最近の活躍は聞いている。閃刃、妥当な評価だろう」
「ありがとうございます。少し重く感じますけどね」
「それでいい。その重みがキミの傭兵としての姿勢、在り方を支えてくれる。大切にしろ」
「…やっぱりシエラさんは傭兵の先輩としてかっこいいですね。参考にします」
「か、かっこいいのは…その、キミの……」
「あ、最後の所が聞き取れなくて…もう一回お願いしてもいいですか?」
「に、二回も言えるか!!せいぜい頑張ってくれたまえ!!」
「あ、行っちゃった…」
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「モモちゃん、おはよう」
「あら、最近調子のいい閃刃のヴェル様ではないですか、ごきげんよう。今日も訓練所ですの?」
「うん、まだまだ強くなれそうだからね」
「良かったら訓練前に簡単な剣のメンテでもして差し上げましょうか?」
「いいのか?ありがとう、この前の依頼で敵の武装を切ったから少し無理をさせたかもしれなくて」
「アーマノルド家の技にお任せくださいませ。さっさと済ませますので、お話し相手になってくださいます?」
「もちろん。助かるよモモちゃん、その年齢でもう働いてるのはすごいな」
「私が好きでやっていることですから。我が家の技は免許皆伝さえすれば年齢は関係ありませんし、それに…うぅ…」
「ん?どうかした?」
「あ、あの【神の手】が打った一振り…それもほぼオーダーメイド仕様の剣…刀剣の歴史に残る一品をこんな身近で触れるなんて!!ヴェル様、大好きですわ!!!」
「あぁいつものか…」
「さぁ隅々まで触らせてもらいますわよォ!!」
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訓練所に入る。
強化装甲壁に囲まれただだっ広い空間には数人の傭兵が素振りや基礎トレーニングをしている。
クラーゼさんは壁に寄りかかっており、俺も基本の型の確認や仮想敵との戦闘を想定して体を動かす。
「クラーゼさん、今の俺に足りないものってなにかありますか?強くなるために今必要な力がわからなくて…」
「女心を知ることじゃないか?綺麗な若い女ばっかりで良かったなヴェル」
「へ?」
「……ま、フェートで育てばそうもなるか。そうだな、身の回りで自分と戦闘スタイルが似ている奴はいないのか?」
「フェートは皆が戦闘人間なので親戚や村の人たちなら多少…ってなんで俺がフェートって知ってるんですか?」
「コーロの街で自分から名乗ってたぞ。そんなキレてたのか」
「…裏切るような真似が嫌いなので」
「それでよくもまぁ裏切り上等の傭兵やれてるもんだ。話を戻すが、虹の豪炎は知ってるな?」
「ええ」
クラーゼさんから予想出来た答えが返ってくる。
まぁそうなるだろう。盾無し一振りでフロントアタッカー、抜刀術という共通点もあれば大方思いつくのはウェイドだ。というより俺がウェイドの影響を受けているので、それは当たり前なのだが。
「奴は瞳術も併用しながらの白兵戦闘だ。接近戦ならまず打ち負けず、距離を取られても中距離瞳術と挟み撃ちして詰めてくる正統技巧派のフロントアタッカー。既に機動力があるお前がそれを参考にするなら、まず距離を取った状態でのダメージソースが必要だろうな」
「牽制技ですか、実は瞳術は術式組成に適性がなくて簡単なものしか出来ないんです。フレイムメイルとかの単純な放出技とか」
「フェートの遺伝子にも向き不向きがあるんだな、お前たちを見てると不可能なんてないのかと思うような動きばかりしやがるのに。斬撃を飛ばすとかはどうだ?」
「斬撃を飛ばす…フェートの技にはありますが、あれは対人殺傷力が高すぎる外道の技なので使うなと」
「ん?そうか、オーランジの奴がやってたからそういう技があるのかと思ったが違うか」
「…ライノが?十往は禁止戦技だったはず…威力を落として使ってるのかもしれません」
あのライノが禁を破っている?
そんなはずはないだろう、昔から見た目以外は真面目な男だ。粗暴な印象を持たれることもあるが、基本的に約束や仁義を大切にする倫理観は強い。
十往…自身の瞳力を武器に纏わせ、それを得物の形状に合わせて射出する中距離の技。熟練のフェート人戦士はこの技に瞳力を使わず、純粋に斬撃を飛ばすことで不可視かつ切断力を更に上げた"十往無刃"という上位互換技をも可能だという。
「他にはそうだな、炎瞳力を使えるのなら陽炎なんかはどうだ?」
「陽炎…相手に誤認させるタイプの技ですか?」
「その認識で間違いない。【ドッペルゲンガー】は知ってるか?スイ・パメランって傭兵なんだが」
「一応データは」
「なら早い、つまりアイツの幻影の真似事だ。これなら今のお前にもすぐにできる。相手するからまずは出せるだけ瞳力を放出してみろ」
そういうと以前協働した時と同じマスケット銃を取り出し、緩く構える。
「ありがとうございます。【フローレス・ガンナー】を独り占め出来るなんて随分な贅沢ですね」
「馬鹿言え、外堀を埋めてこいってユリオンから言われちまったからだ。全く…セレスタに似てくれれば良かったんだがな」
「さすがは傭兵、打算たっぷり」
フェートの血が疼く。
技を喰らえ。
在り方を喰らえ。
《生き残れ!貪欲な獣であれ!お前こそ私の》
雑念は銃声に紛れて消えていった。
【閃刃】
ヴェル
エレインナンバー
・685
依頼達成率
・88%(10%違約保証)
性格
・温厚
・真面目
容姿
・良
専門
・戦闘を含む依頼
・協働可
・その他相談可
プロフィール欄
・全力で依頼を達成します。
・重労働も任せてください。
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