第22話 カスパール 国内テロ鎮圧作戦1
エルティエ無差別傷害事件を二課に引き継いだ数日後、私と先生は議長室に呼ばれていた。
「まずはこの前のエルティエの件、ありがとう。ゼンくんの言っていたようにきな臭い事件だとゾーラから相談されてね、一課に対処をふったのだ。エルティエ支局からも君宛てに礼が来ていたよ」
「ありがとうございます」
「ガイル議長、評価していただけるのは有難いのですが、ここ最近は一課への指令が増えています。局員の休息は調整していますが、別の課とのバランスも必要かと」
「ここだけの話、私もそうしたいのだが…去年から総議会のメンバーが変わっただろう?それでレナの一課を担ぎ上げろという空気が強まったんだ。新参の総議会メンバーである経済界のドンだったブリュッセラ氏の施策で、実際に一課のネームバリューによる財政効果を出してしまったのが要因だな」
議長は疲れた様子を見せる。
いくら軍事機構のトップである議長とはいえ、あくまでアルカ・シエルは世界連合統一機関。ユニゾナの国々のバックアップあってこその組織だ。一番上の判断層たる総議会の意向を無視するわけにはいかない。
「私は大丈夫です議長、先生も。平和の架け橋になるのが我々の存在意義ですから」
「…本当なら君たちのような若者に武器を握らせていること自体が情けない、すまないな」
「議長、今日お呼びされたのは新たな件で?」
「話が逸れてしまったな、そうだ」
話が本題に戻る。
「近々、カスパールでも大規模テロが画策されていると諜報局からの報告が上がった」
「え?今はバルタザールでもテロが起きているのに…」
「うむ。今のところ関連性は見られないそうだが、可能性は0ではないと思って動くべきだ。こちらの鎮圧を一課に任せたい。対応中の件は片付きそうか?」
「あとは報告書と戦闘記録を上げて終わりますので、カスパールのテロ対応は一課で引き受けます」
「今回はカスパール合議会シェルポリスから鎮圧にエレイン傭兵を雇っていると通達があった。【電竜】や【ドッペルゲンガー】など、そうそうたる顔ぶれだ。鎮圧への本気度が伺えるな」
カスパールはゲーレ・ルディウスが王として導いている国だ。稀代の賢王とされる彼には、懐刀でもある首都防衛隊という存在がいる。
【破軍】ベルモンド・シュルツ
【戦辞典】セント
この二名が率いている首都防衛隊は常に有事に備えて訓練しており、彼らが落とされない限りゲーレ王は倒れずと言われている。
磐石という字が国となったかのようなカスパールが傭兵に頼る、それだけでこの件の違和感を感じられる。防衛隊に対処させられない理由があるのだろうか?
「ライノか…」
「同郷、それも近しいのはやはり思うところがあるかね?」
「あの子はそんな細かい奴じゃないですよ」
「…せがれか?」
「わかってるなら聞かないでくれ」
「ふっ…少し昔話をしたくなっただけだ」
「アンタからされるとは思わなかったよ」
「……先生?議長?」
「おっとすまないイヴくん。要件は以上だ、対処に当たってくれ」
先生と議長が旧知の仲だということは知っている。
何より議長は私の使命のために秘密を共有して共に動いてくれている。
なのに二人だけに通じる話で置いていかれたことに一抹の不満を感じた。本当にこんなしょうもない理由で私が不満を抱いたのか?それとも別の理由が私に不満を感じさせているのか?
別に私は先生の子ではない。
剣や戦いのいろは、精神性を学ばせてもらっている師弟関係だ。ましてや色恋など微塵もなく、心から尊敬している。
なぜだろう?
せがれという言葉がこんなにも引っかかるのは…
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議長室を後にする際、ラフレイのメインエントランスに寄るよう言われたので先生と共に向かってみると、武器を帯刀している一組の男女がいた。
このアルカ・シエルの総本山であるソリスの中で虹の局員服以外で帯刀しているということは、十中八九傭兵かテロリストだ。
「まさかお前がこれを引き受けると思わなかったぜ、パメラン」
「ライノはどう思う?今回のテロは…」
「ん?まぁ大方どっかの金持ちのオッサンがまたよからぬこと企んでるんだろうな〜ってくらいだな。カスパールなんて俺たちが出なくてもテロくらい潰せるだろ?」
「客寄せと見栄え用よね、特に私たちは見た目も良いし」
「…お前けっこう自分のこと好きなんだな」
「…?私かわいくない?」
「趣味じゃねぇけど顔はいいぜ」
金髪と背中の槍が特徴の男性傭兵と、肩口に毛先のかかる紺の髪に魔女のような服で着飾っている女性傭兵。
間違いない、今回カスパールが雇ったエレイン傭兵、それもトップランカー二名という豪華仕様だ。
「すみません。お二人は傭兵の…」
「お、来たな。一応自己紹介させてくれ。エレインナンバー230のライノ・オーランジだ。そんでこっちが」
「エレインナンバー252、スイ・パメランです。よろしくお願いします、天光さん、豪炎さん」
「あ、ご丁寧にどうも…アルカ・シエル軍事機構レナの第一課戦術局長補佐、イヴ・アイリスです。お好きなように呼んでください」
「同じく第一課戦術局長、ウェイド・スカーレットだ。ライノ、久しぶりだな」
「お元気そうで何よりです、ウェイドさん。積もる話はありますが、とりあえず仕事の話をさせてください」
それぞれが簡潔に自己紹介を済ませる。
【電竜】ライノ・オーランジ
虹、三大国、第四勢力問わず依頼を受けているエレインの若手のエース。電瞳力による身体高速化と多彩な戦闘パターン、その人柄もあって今もっとも勢いのある傭兵の一人と言われている。
【ドッペルゲンガー】スイ・パメラン
バルタザール以外の依頼を主に引き受けている、こちらも今勢いのある傭兵。彼女の瞳術は独特な術式で、自身と全く同じ容姿体熱を持った存在を生み出して数的有利を作り出す。炎瞳力と少量だが光瞳力を扱えるという特異体質持ちでもあり、数体の幻と曲剣で徐々に削っていく対人戦闘力はとても高い。
エレインの序列1000位以内は上位傭兵、単騎でも成果を上げられるとされる。200位以内が二名ともなると戦術級での状況打開すら可能だ。
敵の戦術ごと破壊する動きをたった二名のリスク、それも使い捨ての傭兵で取れると思えば、大国としては金を積む程度の判断はすぐに下される。
だが今回の依頼は一癖ある様子だ。
「オレたちが受けた依頼は"虹の軍事機構第一課との協働"です。依頼達成の条件については国内で画策されているテロの鎮圧ですが、依頼目的は鎮圧ではなく協働にある…」
「それはつまり、テロ鎮圧の目処は既についているということか?君たちに依頼されたのは我々とともに鎮圧にあたったという過程だな」
「その認識で間違いありません。私の想像ではありますが、恐らくカスパールはテロを未然に潰せます。その上で泳がせた奴らのテロ行為を、虹や私たちで見栄えよく倒せということでしょう」
「またどうせ世間へのイメージってやつっすね」
ドッペルゲンガーの予想が正しければ、この件は既に片がついていると言える。パフォーマンスとして、そして第四勢力への見せしめの面が強い。
最近はイメージというものの力がかなり重視されており国や大企業、大商会や傭兵業界までもが宣伝費に巨額を投じ始めている。これには海底採掘技術が普及したことと、何者かが世にリークした技術によって通信網や映像技術が革新を迎えたことが大きい。
ACUAの技術も本来ならば世界に公開する手筈だったのだが、このリークにより安全性を指摘されるようになった結果、普及に逆風が吹く現在のようになってしまった。
支配層は気がついたのだ。
人は自分が見たものを簡単に信じ込んでしまうこと、イメージを整えるだけで振る舞いまで清廉に見せられることに。
だがそうなると一つ疑問が残る。
「しかしそれが本当だとすると、カスパール王権からこの依頼をされるのは違和感があります。テロ鎮圧の見せしめが目的なら、それこそ首都防衛隊が行った方が国家の安全証明になりますよね?」
「そこなんだよ、今わかる情報だけだと矛盾してるから結論は出せなくてなぁ」
「とにかくカスパール王都のグリードに向かうぞ。今の状況や地形など見ておこう」
先生の一声で傭兵二人に同行することが決まった。
一課は今は事後処理のみ、私や先生が対処に当たる間はオーギュントに局長代理を頼んである。
何か大きなことが起こりそうな予感とともに、グリードを目指して瞳力鉄道の駅に向かう。
「ウェイドさん、大事な話があります。この仕事を片付けたら時間を下さい」
「…ああ、わかった」
【ドッペルゲンガー】
スイ・パメラン 22歳
エレイン登録傭兵で序列252位の三桁ランカー
高序列内では珍しい女性傭兵だがその実力と実績は本物
ライノとは同期でもあり戦友でもあり商売敵でもある
よく差し入れで甘いものをもらうが、本人は煎餅の方が好き