第19話 純陽鉄探査依頼4
「こいつは名前持ちだ。良かったな、討伐称号はお前のものだ」
「いえ、受け取るわけにはいきません。俺はクラーゼさんに助けられなければ今頃死んでいました。それに奴は弱っていました」
「だが生きてる。黙って受け取れ坊主」
「…わかりました」
村を出てから窮地というものはあまり経験しなかったが、今回の戦闘で自分がフェートということに胡座をかいていたことがわかった。一人ではあんな絶望的だった状況が、傭兵二人になった瞬間にあそこまで動きやすく殲滅出来るとは。
敵が複数でもどうにかなるだろうという甘えはもう捨てるべきだ。戦闘になる場所の地理、環境、敵の数や武装、自陣の戦力などを考慮して戦闘に臨む、それが傭兵の基本。生きてここから出られたらおじさんの教えをもう一度思い出さなくては。
「後回しにしてたが、ヴェルはなんでこんなとこにいる?お前も傭兵なんだろう?」
「はい、詳細は話せませんが傭兵として来ています」
「俺は1本道でここまできた。すれ違ったやつはいない…別の鉱山口というならコーロか…なるほどな」
巨大カニをそのままに、さらに深部へと二人で歩いていく。あの大きさなら食物連鎖に取り込まれるまでは時間がかかるだろうとクラーゼさんが判断、討伐の証として後で確認に来てもらうことにしてほっとくことになった。
「クラーゼさんも傭兵なんですね」
「ああ、こんなとこまで来るのはほぼ傭兵だからな。俺は反対側の町ヘンディーグから少し離れた鉱山口から入ってきた。ここを再び採掘する計画が出ているらしく、それの事前調査といったところだ」
「…いいんですか?そんなに話して」
「ん?別にいいだろう。プロジェクトは秘匿している訳では無いし、協働相手も好きにしていいと確認してある。より正確な仕事を望む場合は傭兵の好きにさせることもある。無論、信用の固い傭兵が対象だがな」
傭兵とは守秘義務に縛られた存在だと思っていたが、そうでもない時もあるようだ。依頼を受けた瞬間から持ちうるカードでどう依頼を達成させるか、というのはフェート傭兵としての考え方かもしれない。もしくはフェートへの依頼が基本単独遂行ばかりだからか。
他の傭兵と現地での協働は…少し憧れる。普段から評判が良く実績のある傭兵同士が共に戦って依頼を遂行する、それはきっと同僚と成せた達成感や連帯感も得られることだろう。エルティエではライノにおんぶにだっこだったが、今回は多少存在は出来たとは思う。
(いや、これならエルティエの方がマシだった。俺は何も出来てない。こんな体たらくでウェイドを殺せるのか?)
まだ何もかもが初めて。
そんな腑抜けたことを言っていられない。
俺はフェートだ、殺すと決めたフェートなんだ。
その為に必要な道の選択を、迷いなく。
《そうすればお前は私にすら匹敵するだろう…!》
「っ!?」
「ん?気配でもあったか?」
「い、いえ…まだクールダウンしきれてないみたいです」
「そうか、今は肩の力を抜け。俺もこの先の深部を見てこなければならない」
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一人での探索よりも二人で半々のクリアリングをしながら探索する方が圧倒的に効率が良く、その後戦闘になることもなかった。次こそと思ってはいたが、戦わないに越したことはないのは当たり前だ。
かなりの暗闇が広がる場所まで降りてきた。
俺のフレイムメイルだけじゃ照らしきれず、瞳力量を増やそうとしたらクラーゼさんが松明を炊いてくれた。
「おい別にお前で楽しようと思ってた訳じゃないぞ。片手が塞がると命中率が下がるから炊かなかっただけだぞ」
「まだ何も言ってませんが…」
この辺りは敵性生物もほぼいないようだ。中層までなら食料が生えていたり歩いているが、ここはもはや虫や微生物などしか生きられない環境。
明かりなき世界で死ぬのは人もモンスターも同じだ。
クラーゼさんは調査、俺は純陽鉄を探しながら歩いていると、一角にほのかに光を放っている鉱脈があった。
「あれは…純陽鉄?」
「おお、珍しいな。一昔前は高価な武器の素材として使われてた鉱石だ。なかなかお目にかかれないものだが、こんな深くにあったのか」
「あまり詳しくないんですが、これって何か特徴があるんですか?色は赤というか緋色っぽくて綺麗ですけど、装飾品じゃなくて武器っていうのは…」
「こいつは炎瞳力との同調率が特に高い素材なんだ。 これで打った武器に炎瞳力を纏わせるって戦い方が流行ったことがある。ロマンだろう?」
「炎瞳力との同調…形態変化も受け入れてくれるのなら…」
「俺も使ってはみたが地瞳力とは合わなかった。汎用性は低いが使い道はあるって評価が妥当だな。さて、そろそろ戻るか」
「え、クラーゼさんはもう調査はいいんですか?」
「粗方済ませたし、ここから先は未採掘のエリアだ。掘れそうなものは多いし、プロジェクトは失敗はしないってことが分かればいい。それにお前の探し物も見つかったんだろう?」
「…俺は探し物をしてるとは言ってないですよ。用はもう済みましたが」
「失敬した」
簡単にこっちの依頼内容を言い当ててくる。傭兵ってみんな、こんな勘の鋭いものなんだろうか。
動揺を見せないように来た道を戻っていると、クラーゼさんから潜めた声をかけられる。
「…ヴェル、もし俺を信用してくれるならお前の依頼主に会わせてくれないか?」
「え…クラーゼさんを?なぜですか?」
「俺の予想、妄想が正しいとしたら───」
「……一応聞かせてください」
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戸をノックする音が聞こえる。
少しの期待といつもの落胆を抱えて入口に向かう。
「おお…!帰ってきたのか!」
そこには自分の依頼を受けてくれた若い傭兵と、傭兵であろう見知らぬ中年の男がいた。仕事仲間だろうか?
いや今はそんなことはどうでもいい。
一人とて戻ってこなかった場所から生還したというだけでも驚愕だが、ずっと追い求めていたあれがまだあるのか…それを聞きたくて心がざわつく。
「リゲルさん、お待たせしました。この人は傭兵で今回の依頼で協働してもらいました。事後報告ですみません」
「その程度別に構わん。結果はどうだった?」
「深部には純陽鉄の鉱脈がありました。そこそこの量が地表に出てきていたので、掘ればまだまだ眠っていると思います」
「おお…まだあったか…これでこの町も救えるはずだ!」
「水を差すようで悪いな親父さん。そいつはちょいと難しいかもしれない」
リゲルさんの希望を打ち砕く銃撃が放たれた。
【フローレス・ガンナー】
クラーゼ・バルド 36歳
ユーリ傭兵団に所属している傭兵
マスケット銃剣を得物としており、瞳術も巧みに使いながら戦闘を常に優位に進める【隙の無い射手】
エレインには登録せずに傭兵をしているのはひとえにギャラの取り分が不満だったから