第17話 純陽鉄探査依頼2
鉱山の中は照明が点いており、入口付近はそこまで暗くはない。だが柵のついている場所から下を覗くと光源はかなり減っている。恐らく長年放置されて電力が届かなくなっているのだろう。
「まぁ暗いだけならどうにでもなるけど、問題は敵性生物の方か」
今回はツルハシで採掘をする訳では無い。ポイントを回って確認していく作業だ。片手間で敵を切っていけば落ちついて事を運べる。
周辺の警戒をしながら敷かれたレールに沿って下っていく。どうやら明るい場所には敵は近寄って来ないらしい。その証拠にはるか上の天井から恐らく吸血コウモリであろう視線が追ってきているが、暗がりからは出てこようとしない。
隙を見て首元を狙ってきているのだろうが、生憎不意打ちの対応には自信がある。
鉱山を下ること15分。
ようやく鉱脈へ繋がる穴が点在する空間に着いた。
ここの鉱石もほとんど掘られているが、頭だけ飛び出しているものもある。昔は見つからなかったものが、時間を経て風により壁が削られたのだろう。微かな黄色を帯びた石が見える。
「この辺は金が取られてたんだ、まだ取れそうなもんだけどなぁ…」
金は今でもユニゾナで価値を保っている。
特に大国のメルキオールは金の献上が行われており、その需要は凄まじい。なぜなら国王である【エルドラド三世】が無類の金好きで、黄金の宮殿なるものを夢見ているからだそう。
バカげた話かもしれないが、そんな余興に熱をあげられる程度には余裕のある国ということでもある。メルキオールの経済支配はもはや三大国のバランスを崩しつつある。
コツン。
音が響く。
自分の足からではない。
何かが動いた。
警戒レベルを引き上げると、前方の暗闇から何かが近づいてくる。緊張もあるのか、フェートの秀でた眼力をもってしても見当がつかない。
「ギィィ…」
「こんなところにカニ…なのか?」
餌を探していたのだろうか。
右のハサミに亀裂の入っている超巨大なカニがハサミを動かしながらこちらに近づいてくる。その動きは緩慢だが、挟まれたら確実に真っ二つにされるだろう。
体中が汚れており、その汚れも土なのか蝿なのか、それとも考えたくもないものなのかわからない。だが人として嫌悪感を感じざるを得ない。
「戦うには暗いか、フレイムメイル」
ヴェルがそう口にすると、目が光り炎瞳力が全身から溢れ出す。じんわりと出てきた炎は少しずつ火力を増し、周辺を照らしていく。ヴェルは明かりの届かない場所ではこの瞳術で暗闇を照らして進むつもりだったのだ。
「ギィィィィ!!!」
「久しぶりの光は眩しいか?悪いけど同じステージで戦ってもら…」
「え……?」
戦闘に入ろうとしたヴェルの目に映ったのは、巨大カニの背後の鉱脈口。
そこにはバラバラになった人の残骸。
蝿や蛆の集る内臓を貪る野犬。
無惨に壁や地面に散らばる武器や装備。
人としての忌避感が警鐘を鳴らしてくる。
「ここは…こいつらが今までの傭兵たちを…」
巨大カニが近づいてくるとともに野犬たちもこちらを向き、血走った目とウィルス塗れであろう涎を垂らしながら距離を詰めてくる。
「…全力でやらないとマズいか」
本気でかからないと自分も背景の一つにされる。そうフェートの勘が激しく訴えてくる。
スイッチを入れる。こいつらは殺しきる!!
「ヘッ…ヘッ…ギャオォ!!」
「風烈!」
飛びかかってきた一頭の野犬を風烈で吹き飛ばす。この戦いは人数不利、常に相手の流れに引きずり込まれないようにしなくては。
残る一頭は左から距離を詰めてきている。
いつ飛びかかってきても対処できるように構えていると、今度は巨大カニが距離を詰めてきた。
「次はこっちか!」
「ギィィ!」
カニは横向きで高速の突進をしてくる。まともに食らえば吹き飛ばされて野犬に群がられて終わりだ。
カニが目の前に迫った瞬間に飛び上がり、真下に来た時に天井を蹴ってカニの甲羅に降下突きを決めるが、ガキン!!という音とともに剣が甲羅上を滑り、突き刺さらなかった。
「硬すぎる!?こいつは!?」
背に乗った俺を壁に叩きつけようと勢いよく体を起こすカニ。優しく壁に着地したところに今度は野犬がまたしても二頭タイミングをずらして飛びかかってくる。
「波状攻撃か、賢いやつらだな!」
左から突っ込んでくる野犬の口に鞘を縦にしてぶつけ、怯んだ犬を回転して蹴り飛ばす。抜刀術を可能とするこの鞘はフェートの村で特別に仕立ててもらったものだ。犬ころ程度に砕けるものでは無い。
体は回転しているが、視線はここぞとばかりに牙を光らせるもう一匹から離していない。このタイミングで一体持っていく!
高速の納刀の後、抜刀に移る瞬間。
野犬の奥から飛び出す巨大なハサミに気がついた。
「グワゥ!?」
「がっ!?」
(野犬を挟んだまま俺ごと!?)
ギリギリで納刀していたおかげでさっきのように剣を縦にして切り取られることは防いだが、ギィギィと音をたててハサミが剣をヴェルごと締めてくる。
「う…ぐぅ…剣が抜ければ…!」
しかし剣はビクともしない。それどころか抜こうとしてさらに気がつく。この剣をそのまま抜いた瞬間、自分の体は二分の一になると。
(詰んでいるのか!?いや、まだ何かあるはず!)
こんなところで死を受け入れてはフェートの名折れ。諦めずに突破口を模索するヴェルの目の前で、巨大なカニは現実を見せつける。
「ギ……ギャ…ギャアアアアプッ!」
「あ……あ…」
根元で掴まれていた野犬の腐りかけた体はヴェルほど膂力に耐えられるはずもなく、眼前で目玉や上半身を飛び散らしながら腐った肉へと変わる。
「うわぁぁ!?クソ!抜けろ!!早く!!」
今まで感じたことのない、人以外の生物から無機質に向けられた殺意がヴェルを狂わせる。普段から大地を使って力を生み出せるように強く踏みしめている両足は、まるで親に玩具を奪われた時の子どものように浮ついていた。
だが少しずつ刃は迫ってくる。
「嫌だ!俺はこんなところで死ねない!!ウェイドを殺すまで!!!」
「コロスまで死にたくない!!」
「ならよく見ろ、敵の武器はどうなっている?」
声が聞こえた。
【抜刀鞘】
零式 纏
ヴェルの抜刀術の為にフェートの鍛冶屋が拵えた特注品
消耗の激しい戦闘スタイルに合わせて素材の鉱物から、装飾で滑り止めでもある編み込みまで全てオーランジの取り扱う高級品で作られている。
ある意味『フェートの至宝』の一つ
命名は破壊者トール