第16話 純陽鉄探査依頼1
鉱山町コーロ。
ここはかつて鉱脈、なかでも金と陽鉄と呼ばれる特殊金属の巨大鉱脈があるとして大いに活気に満ちていた。
夢を追う者、追い終わり贅沢を尽くす者、飛ばされた先でひたすら労働力となる者…人の息吹によって潤いに満ちていた。
かつては。
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「お、珍しいな外から普通の人なんて」
「え?どうも…」
「もう何もないけど休んでいきな。悪い町じゃねぇが、つまんねぇ町だよ」
コーロに着いた途端、荷車を押していた住民からそう言われた。ここにはあまり人は訪れないのだろうか?確かに繁華ではないが、別にそこまで寂れた感じもない。
「商人も来ないんですか?」
「逆に商人しか来ねぇなぁ…昔は移住者ばっかで賑わってたけど、もう金は取り尽くされて皆居なくなっちまった」
「そうですか…」
住民は少し目を伏せる。栄えていた頃でも思い出しているのだろうか。
「あの、リゲルさんってご存知ですか?鍛冶屋だって聞いてきたんですが」
「リゲル?そりゃ知ってるよ、あの鉱山口の一番近くの家だ。前は武器打ってた腕のいいおっさんだが、もうここに武器を買いに来る奴はいないからな…他のもん打って生計立ててるらしい」
「ありがとうございます。会う用事がありまして」
「あぁあんた傭兵か。たまにこうして鍛冶屋が依頼してるんだよな。じゃあ頑張って」
丁寧に教えてくれた住民が去っていく。
「また嫌な予感がする。何かはわからないけど…」
報酬の書かれていない依頼、それに具体性の低い依頼内容…ヴェルが感じたのは運命などではなく、違和感だった。
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「すみません!エレインから来ました!」
戸を叩きながら少し大きめの声を出すと、中で道具を置いてこちらに歩いてくる音が聞こえる。
立て付けの悪くなった扉が音を立てながら開くと、そこにはやつれ気味の高齢…いや中年の男がいた。
「リゲルだ、入ってくれ」
中は奥の半分が鍛冶をする作業場、手前側には生活スペースとなっているようだ。さっきの住人の言っていた通り、完成したであろう調理器具や生活用品が少し乱雑に置かれている。
「今回はまた随分若いのが来たな」
「ヴェルです。傭兵証も見せますか?」
「別に構わんよ。それにしてもあの依頼書でよく受けたな?」
「空欄になっている報酬のことですか?」
「あれで引き受けるやつはなかなかのバカだと思っていたよ。ま、さっさと内容を説明しよう」
結局なぜ空欄なのかは教えてくれないようだ。
それだけでなく小馬鹿にされていることも感じるが、相手は依頼主だ。エレインを通して受諾した以上優先すべきは依頼遂行、心に蓋をする。
「依頼内容はここの鉱山の深部にあるとされる純陽鉄の鉱脈の存在確認だ。粗方の反応位置は洗い出してあるんだが、奥は敵性生物が多くてな。一般人じゃ恐ろしくて入れない。そこで実際に向かって純陽鉄がポイントにあるのか見てきてもらいたい。あとついでに敵性生物も少し減らしてくれるとありがたい」
「純陽鉄ってことは純度の高いものを探してくればいいんですね?」
「ああ、昔少しだけ産出されていた頃のスケッチがこいつだ。これと似た見た目をしていれば純陽鉄だろう、持っていけ」
「わかりました」
リゲルから丸められた羊皮紙を受け取る。
中央に硬い岩石層に埋まっている鮮やかなオレンジ色の鉱石が写っている。これが純度の高い陽鉄なのだろう。エレインで聞いてきた話によると、以前この町の希少産品として原石のまま売買されていたらしい。
「鉱山深部までは一日で行けそうですか?」
「たぶんな。なにせ今までこの依頼を受けてきた傭兵たちは全員俺の元へは戻ってきてない。だからもう物好きだけ来てくれればと思ってあの依頼書を出した」
「…何かがあるんですね」
「俺とて気持ちのいい話じゃないが、頼める人も特にいない。だが俺はもう一度あの純陽鉄で武器を打ちたいんだ。ずっと受け継いできたこの技術は調理器具を打つためのものなんかじゃない…!」
ずっと生気のない表情をしていたリゲルの目に、一瞬だけ強い意思が宿る。まだ彼の心の炎は消えていない、そう感じたヴェルは彼の前に立つ。
「任せてください。フェートは意思を見つめる、必ず戻ってきますから」
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青年が扉から出ていった。
まだ少し後悔している、まだあんな未来ある若者にこの依頼を任せてしまったことに。これなら厄介な頑固親父を装ってでも依頼破棄させればよかったと。
「まさかフェート人が来るとはな…あいつなら壊してくれるかもしれん。この歪んだ町と情けないこの俺を…」
【鍛冶師】
リゲル
鉱山町コーロでは有名な鍛冶屋
先代である父から受け継いできた鍛冶技術に誇りを持っており、かつては多くの猛者の武器を打っていた
「振るわれるだけの武器は打たない」がモットー