第10話 自己
アルカ・シエルの本部である巨大な白亜のビル、【ラフレイ】が目立つ街ソリス。この巨大な円状の都市は虹の街と言われている。
ラフレイを中心に街が形成され外周区域では商業も賑わいを見せており、【世界で最も平和な街】というキャッチコピーを今もなお冠し続けている。
その外周区域の一角、住宅が多く集まる地域でひっそりと開店している喫茶店メープル。そこでは一組の女子会が開かれており…
「あの、ジレさんメイクちょっと変わりました?」
「よく気づいたわね、少し気分を変えたくて!どうかしら?」
「素敵〜私も大人っぽいメイクにしようかな〜?」
「……」
「貴方は可愛らしい顔してるんだし、今のメイクが一番合ってると思うわ」
「え〜そうですかね…?」
「ヒナはあんまり着飾りすぎると子どもっぽく見えちゃいそうだから、私も今くらいがちょうどいいと思うよ」
「……」
「うーん…ね、イヴはどう思う??」
「そうですね…私は苺のタルトをお願いします」
「へ???」
「…え?」
苺タルト風メイクが誕生していた。
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「ごめんなさい!ちょっと考えごとしてて…」
「だいじょぶだけど、びっくりしたよ〜」
「最近なんか思いつめた顔してるよ、イヴ」
「もしかしてこの間の会議かしら?そろそろなんでもかんでも反発するのはやめて欲しいものね、話が進まないのよ」
「すみません、うちの姉が突っかかって…」
「ステオーラが謝ることないのよ、どちらかと言うとあの坊ちゃんの方ね…」
「そんなに雰囲気悪いの?局長会議って」
「そう、ですね…最近はすれ違いばかりです」
イヴは先日の会議を思い出し、同じように苦々しい表情を浮かべる二人と目が合う。
軍事機構レナの第七課戦術局長
【深淵】ジレ・メイロード
同じく第六課戦術局長
【明水】ステオーラ・クラレーツォ
救命機構フランメのフロントレスキュー
ヒナ・カワエダ
およそ住宅街の小さな喫茶に集まるにはビッグすぎる面子だが、全員の予定が合った時にはこうしてお茶会を開いている。
元々はイヴとヒナが同じ孤児院で育ち、その後イヴに興味を持ったジレが、最後に一課と六課の協働で仲良くなったステオーラが…という順番。
ラフレイの近くだとすぐに報道企業に質問攻めに遭ってしまい、遠い場所で集まれるほど暇のある立場ではないので、ヒナが見つけてきた住宅街の喫茶店が静か且つ遠くない、という彼女たちの需要にピッタリとハマったのだ。
イヴは悩みを吐露する。
「先生のことがどうにも気に食わないのはわかりますが、私たちの活動理念は【平和の架け橋になる】なんです。そのためなら局員としてのプライドでもなんでも平和へ投じるべきではないのでしょうか?」
「うーん…私はまだ局長になってから日が浅いからどうにもだけど、確かに今のレナには理念と言うより自分の生活とか名声のために働いている人が多い気がするなぁ」
「でも私はそれも必要だと思うよ!フランメからしたら、ちゃんと生活してて生きる目的がある人ほど生きたいって意思が強いから、救命が間に合うことも多いんだ」
「みんなそれぞれの視点からそれぞれの見解が出たわね、いいことよ」
各々が今の虹の抱える問題の一つ【局員の意識の低下】について見解を述べる。昨今言われている問題の中で虹が最も危惧しているものであり、組織内での規律違反の原因にもなりかねないため早急な対応が叫ばれている。
一課の場合はウェイドという緩衝材かつカリスマによって規律も保たれているが、どこの課でも同じというわけではない。
戦術局長としての歴もそこそこにあるジレの七課は実績もありつつ他の機構との協働にも積極的なため士気が保たれているが、昨年の末に局長を引き継いだばかりのステオーラはまだ六課の自由発想を主とするメンバーをまとめるのに苦戦しているようだ。
「イヴとステオーラの話も確かにあるわね。目先の利益や幸せのために自己を優先して動く人が増えたのはわかる。でもヒナちゃんのようにそれが必要とされることもある…こういうのはね、答えは一つじゃないのよ」
「一つじゃない…時と場合によると?」
「そうよイヴ、目指すべきはそのバランス。ステオーラは参考になる人がいるんじゃないかしら?」
「姉ですか…集団をまとめるのは上手いと思います。昔からリーダー役だったのはよく見てました、お互い局長になってからはそもそも自分の課で精一杯なので話してないですけど…」
「あ〜でも確かにステラさんってちょっと憧れちゃうかも〜!強くて規律とかに厳しいけど、迷わず飛び込んで助けてくれそう〜」
「それが出来るのは、いざという時にステラなら飛び込むだろうと普段から振舞っているからよ。自分の我を通すというのは時として事態を公転させる…その思い切りの良さが誰かを惹き付けるの」
イヴもステオーラも聡いから、すぐに理解しただろうとジレは二人に微笑む。
「先生に負けたくないって思いを隠さないから…」
「それに着いて来る部下もいるということですね」
「まぁ最近はそれもヒートアップし過ぎだとも思うけれどね…あの子たちもバランスを考えてほしいわ」
イヴは頭の中で自問自答する。
自己を優先して動く、それが必要な時がある。
たとえば、自分の力に自信を持って誰かを護れるか。
たとえば、目の前の誰かのために、自分が服従する正義に刃向かえるか。
たとえば、仲間を信じて、皆の命を預ける決断を自分が下せるのか…
その答えは、まだ見えなかった。
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「は〜楽しかった!また今度ジレさんの恋愛遍歴聞きたいです〜!!」
「これ以上先は…あなたたちにはまだ早いわ」
「きゃー!!」
「何を興奮してるのです、ヒナ…」
「で、でも私も聞いてみたいかも…」
「ステオーラまで!?」
「だって私たちも年頃の女の子でしょ?」
「羨ましいくらいにピッチピチよ」
「あれあれ〜イヴは年頃の女の子じゃないのかな〜??男の人が気になったりしてるんじゃないの〜???たとえば…身近な男の人とか!」
「バカを言わないで。先生のことをそんな目で見たことは一度もありません」
帰り道、もう何度も盛り上がった恋バナがまたしても再燃する。普段からお堅いイメージを持たれて局長補佐として振舞っているせいで固まる肩の荷が、少し解されていく感じがする。意外とこんな同年代との何気ない会話も嫌いじゃない。
すると、ACUAを介しての瞳力通信が来る。
《通信が入っています》
『休暇中にすみません、オニールです。先ほど局長からイヴさんに対処をお願いするように指示がありましたので概要を送ります。鍵は【虹の真の創立者】です。取り急ぎですがよろしくお願いいたします』
「ちょっと資料を見ますね」
「はーい。一課の人?」
「ええ」
閉じられた鍵を開け、内容を読む。
大きな街での連続傷害事件、ゾーラが動いているほどの規模らしい。捜査官も増員して傭兵も出ているのに未だに解決に至っていない…きな臭さを感じたのかゾーラからレナへの協働申請が出たそうだ。
ウェイドから現地で捜査協力をするように局長指示も出ている。
「準備して現地入りしないと。エルティエ、初めて行きますね」
【瞳力通信】
ACUA (Arka ciel United Amenity)
アルカ・シエルが開発した仮想通信技術「アクア」
ユニゾナ中に広げた瞳力通信網により、情報の相互通信を行うことができる
瞳力により仮想パネルでの視覚化も可能だが、法理機構ゾーラの強制捜査時の閲覧権限に不信感を抱く人々からは、安全性と監視性を指摘されることも多い