第8話 先輩
負傷した捜査官たちの容態は安定したようだ。
ひとまず命が奪われなかった結果には安堵しつつも、自分の未熟さを痛感する一幕になってしまった。いや、これも必要な経験なのかもしれない。
しかしこんな旅の始まりで旧知の相手と出会うことになるなんて…
「ヴェル〜!お前飲んでねぇなぁ!?飲めよ〜!」
「だから俺はまだ未成人なんだって」
「じゃあお姉さんは飲んでくれます〜??今日はオレがおごるんですからどんどんいっちゃってくださいー!!」
「あ、ありがとうございます…じゃあ少しいただきますね」
「…すみませんベネッタさん」
「捜査も一旦打ち止めですし、助けていただいたお二人のことを無下にするのは嫌ですから。それにお酒は好きですよ」
「ひゅ〜お姉さんわかるひとぉ〜!!」
こんな状態でなければ格好もついたのだが、参考人として捜査官への事情聴取に協力し終えた瞬間に俺とベネッタさんを引っ張って早々に酒場へ連れ込んだことで、昔とあまり変わっていないんだと少し安心もした。
ライノ・オーランジ
エレイン登録傭兵であり、俺が子供の頃から付き合いのあるいわゆる幼馴染だ。母さんとライノの親のレッテさんが仲が良く、オーランジは商いの家なのでお得意様としても付き合いがあった。
もちろんフェートなので商売人兼傭兵でもある。
今日は別の依頼でこっちの大陸に来ており、ついでにフェート村に少しだけ顔を出す予定だったらしい。その道中のエルティエでたまたま俺が戦闘している所を見て、状況を見極めてからベネッタさんが襲われたところに駆けつけたということだ。
「飲めねぇなら食え食え!お前の独り立ちもお祝いしちゃうぞ〜」
「ありがとう、そういえば腹が減ってたな」
「お二人は同じ村出身とおっしゃってましたね。皆さん旅に出たりするんですか?」
「あ、いや俺は傭兵になるために村を出たばかりなんです」
「そんでオレはエレイン傭兵っすよ〜あこの煮物うま」
「ライノは今序列はどのくらいなんだ?こういうのって聞いてもいいものなのか分からないけど…」
「別にオレは隠してね〜よ〜?こないだ230位になったとこだな〜」
「230ッ!?ものすごい上の方じゃないですか!私、すごい人に助けられたんですね…」
エレインの登録傭兵には序列がある。
膨大な数の傭兵がいる中で序列1000位より上は高序列傭兵と見なされ、比較的コンスタントに指名依頼が飛び込んでくる。それだけの実績や名声を残している層なのだから報酬も高いため、人々にとっては羨望の眼差しを向けられる。
だがフェートとなると話は少し変わる。
「ライノでもそのくらいなんだ、二桁ランカーから世界が変わるってのは本当なのか?」
「いんや、そもそも200より上が化け物の世界だな〜オレもこの一年ほぼ変わってねぇから、よっぽど上が堅いんだろうよ」
「116位だったトールおじさんはやっぱりすごい人なんだな、そうは見えないけど」
「おお、トールさん元気にしてっか?久しぶりに一緒に酒飲みてぇな!」
「朝から俺を襲撃するくらいには元気だよ、独り立ちも手伝ってくれたし」
「ほーんさすがは【破壊者】だな〜」
(この人たち、もしかして…)
「あの、お二人はもしかしてフェート村の方ですか?」
「はい、そうです」
「…そっすよ〜」
「やっぱり!嬉しいです、まさかフェート傭兵とお会いできるだけじゃなくて一緒にお酒飲めるなんて!」
「は、はあ」
ベネッタさんの純粋な眼差しに圧倒される。
俺は村の外の世界でのフェートに対する意識を知らないので、どういう反応をされるか知らなかったが、好意的に捉えられているのかもしれない。
「それならお二人に依頼したい件があるのですが…いいでしょうか?あ、エレインに出した方がいいですかね?」
「オレの方は急ぎでなければいいっすけど、ヴェルはまだだろ?」
「俺はちょうどエレインに傭兵登録しに行くところだったので、まだ正式な傭兵ではないんです」
「え、そうだったんですか?慣れてるみたいに飛び出して行ったから、てっきり傭兵なんだと思ってました」
「あー…あの時は何も考えずに飛び出して…ロダン様にバレたら締められるなぁ」
「うへー今でも怖ぇよなアレ」
楽しい食事は終わりを迎える。
ライノもベネッタさんも明日からまた自分の仕事がある。かくいう俺もまだ旅が始まったばかりだ。この後はエレインの本部があるベルリネッタ島を目指そう。
「ご馳走様でした、捜査協力も本当にありがとうございます。もし進展があったらライノさんに伝えますね。お二人の行く末に虹の軌跡を!」
「はいよ〜受付はC窓口嬢がオレに伝わりやすいから、そこでよろしく〜」
「ありがとうライノ。久しぶりに話せてよかった。俺もすぐに傭兵になるよ」
「あーヴェル、一つだけ聞きたいんだけどいいか?」
ベネッタさんをゾーラの支部近くまで送った後、ライノから質問をしたいと言われた。どうやら酔いはもう抑え込んだらしい。
「なにか?」
「お前一人で村の外に出るのは初めてか?」
「いや?麓の町におつかいとか行ってたよ」
「そうか、ならそこまで世間知らずってことはないな!完全箱入りだったら世間の常識を教えないとと思ってさ」
「わかってるよ、フェート村の方が異端だってことはさ」
「ならよし!じゃあオレは少し里帰りしてからエレイン寮に戻るから、傭兵登録しとけな。今のお前なら契約試験は余裕だろうし、協働しながら色々教えてやるよ!」
「頼もしいよ、ありがとう。じゃあまた!」
旧知の仲であるライノとも久しぶりに会えて気持ちはとても軽やかになった。
実を言えばフェート村を出てから気が張っていたから、肩の力がようやく抜けたように感じる。やりたいこともやるべきことも分かってはいるが、やはり自由となると不安も付き纏う。
「明日で海を渡ろう。そうしたらエレインはすぐそこだ」
事件の調査は傭兵探偵も起用しつつ変わらずゾーラで行うそうだ。傭兵がいるのなら昼間のようにはならないだろう。
俺にできることはもうない。自分の道を進もう。
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「久しいな。お前の躍進は聞き及んでいる」
「お久しぶりです。ご健勝でなりよりです」
「レッテに顔は見せたか?」
「ええ、今日は実家に泊めてもらうつもりです」
「ならよい。ガルドも明日の昼までには戻るだろう」
「ロダン様、一つ答えて頂きたいのですが」
「どうした?」
「エルティエでエレイン本部を目指すヴェルと会いました。ゴタゴタに巻き込まれていたようで上位ランカーと戦闘になっていましたが……ロダン様、貴方はヴェルに何をしたのですか?
「…ライノ、あいつには私が直接稽古をつけている。仕上りが良いという話ならばそれが理由の一つだろう」
「ですがあの風烈の威力は明らかにおかしい。細身のヴェルが貴方やトールさんに近い威力を出していました……」
「どうして技のリミッターを外して教えたのですか?」
ロダンとライノの間には、灯火に生み出された暗闇が広がっていた。
【電竜】
ライノ・オーランジ 21歳
エレイン登録傭兵で序列230位の三桁ランカー
ヴェルとは幼馴染のような関係で、親同士も昔からの仲
妹も独り立ちをしているが、心配なのか依頼の合間に様子を見に行っている