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虹の果てまで  作者: 灯台
特別編
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特別編 【クリスマス・イヴ】

遅くなりすみません

特別編 【クリスマス・イヴ】です

時系列は「第36話 足並み」から未来のお話です




これは本編より先の、未来のお話




─────────────────────



明日はユニゾナ中が一斉に祝う聖誕祭、クリスマスだ。かつて血で血を洗う殺戮に終わりをもたらした聖天子ハウが降臨したのが明日とされているので、現代でも様々な催しが開かれ企業や商会の稼ぎ時となり、家族や大切な人と過ごそうという気運が最も高い日となっている。

今日はその前日である前夜祭、クリスマス・イヴ。



「やっほーイヴ!誕生日おめでとう〜!!」


「…それを言うためにわざわざ朝から来たのですか、ヒナ?」


「あったりまえじゃん!イヴと仲良くなった日からずっと私が一番に言いに行くって決めてるんだから!それに去年はお祝い出来てなかったから、今年は二倍でいくよ〜!」



アルカ・シエル局員宿舎の自室に飛び込んできたこの子はヒナ・カワエダ。私の幼馴染で、こうして毎年欠かすことなく私の誕生日を祝いに来てくれる。お互い前夜祭であろうと仕事が飛び込んでくるかもしれないから浮かれ調子ということはないが、この一時だけは暖かい気持ちになる。



「まったく…でもありがとう。これだけ毎年祝ってくれるのはヒナだけだよ」


「えへへ、夜の誕生日パーティーも楽しみにしててね!今年はたくさん声かけたから皆来てくれる予定だよ」


「ちょ、ちょっと!一昨年はそう言って派手になってたじゃない…あんまり騒がれるのは苦手だって知ってるでしょ?」


「いいじゃん!別に何かを失うわけじゃないなら思いっきり祝ってもさ〜そんじゃ準備にかかるから、じゃあね!!」


「ヒ、ヒナ!?ちょっと!!」


「あ、シスターが今年は顔出しにおいでって言ってたから〜〜!!」



急いで立ち上がって部屋の入口に立つが、嵐のように去っていく幼馴染が廊下の遥か遠くに消えていくのを見届けることしか出来ず、なんとも言えない気持ちになった。祝ってくれるのは嬉しいのだが、如何せん彼女は張り切りすぎてしまう節がある。


一昨年の今日はフランメの同僚たちを引き連れてパーティーを開き、言うなれば他部署の上司にあたる私にとても気まずそうな笑顔を浮かべながらお祝いさせるということをしでかしてくれたのだ。

彼らには後で謝りに行ったが、慣れている様子だった彼らを見て昔から変わらないヒナを感じた。それはそれとして頭は下げたのだが。

そんなあの子があの時よりもはりきっているということは、もう既に今年は静かに過ごすことを諦めてしまった方が心のためかもしれない。


いや、ヒナが最後に言っていたのを思い出す。



「…今年は少しくらい教会で静かに過ごさせてもらいましょうか」



また夜になればヒナが先導してお祭り騒ぎなのだ。

昼間くらいは随分と近いがソリスにある孤児院に里帰りでもさせてもらおう。










「と思ったのに、何をしてるのですか…ヴェル…」


「わ〜い!!サンタさんありがとう〜!!」


「いやこれは依頼で…というか俺はトナカイで」



だが何故かトナカイの着ぐるみをして教会の孤児達にプレゼントを渡す戦友を見かけることになってしまった。




─────────────────────




「──それで、荷物運んで終わるはずが引き継ぎ先の傭兵がクリスマスに浮かれて依頼をぶっちぎったことで二重契約に進み、貴方が引き続くことになった…ということですね?」


「ああ、まさかあの野郎がすっぽかすとは思わなかったよ」



とりあえず抱え込んでいたプレゼントを手伝って子どもたちに渡して回り、一通り済んだところでトナカイの頭を外した状態で孤児院の庭のベンチで休憩していた。

いかにフェートの傭兵といえど、あの無尽蔵のスタミナを持つうちの孤児院の子どもたちにはタジタジだった。普段はあまり見られないヴェルの姿を見れたのは少し幸運だったかも。


ちなみにサンタクロースの予定だった【粛狼】はベルリネッタ島の都市ケイオスにあるエレイン本部、男性人気トップクラスのB窓口嬢がクリスマスの予定を空けていると聞いた瞬間にトナカイを置いて飛び出していった。男前な見た目も売りの高序列傭兵だが、こと恋愛特に窓口嬢となると知能指数が著しく低下するのはエレイン本部では日常の風景だ。

なお窓口嬢のニルは今夜のリノのライブに全力参加するために予定を空けているだけだとヴェルは聞いていたのだが、血走った眼でトナカイより鼻息荒く興奮するサンタクロースを目の前に人としての嫌悪感が勝って言えなかった。



「まぁ本部ならエレイン紳士協会たちがいるし今頃ボコボコにされてるだろうから大丈夫だ」


「いつ聞いても高序列傭兵が集う本部とは思えないのですが…」


「紳士協会もめんどくさい連中だからな、俺もここ最近はずっと見張られてたよ」


「…彼らは女性傭兵の交友関係に敏感なだけではないのですか?」


「ああいや、俺がニルさんとクリスマスを過ごすんじゃないかって睨んでたみたいなんだ。俺はそもそも先月から今日の依頼を引き受けてたし、まだまだプレゼントを待ってる子どもたちがたくさんいるからな、誰かと過ごすなんて考えもしなかったよ」


「……ふ、ふーん…そうなんですね…」



あぁ、マズイ。

彼は今日の夜は予定がない、そう聞いてしまった。

淡い期待を抱いてしまう。


自分の頬が、口角が上がってしまいそうなのを【天光】としてのプライドで阻止しながら、それでも年頃の乙女として叶えたい落とし所を探そうとするが、



「イヴは今日何か予定があるのか?まぁ虹にそんな余裕もないか」


「へ!?あ、えっと、今日は私のた……」


「…ん?」



誕生日パーティーが、と言いかけたところで気がついた。今夜予定がない異性の前で今夜自分のパーティーがあると伝える…それはもう来て欲しいと誘ってるようなものなのでは!?いや、来て欲しくないわけじゃない!むしろ来てほしい、来てくれたら…もしかしてプレゼントとか……私のためにヴェルが……でもヒナ達の前でそんなことになれば後々面倒なことになるのは見える未来!あーでもこんなチャンスはもう無いかもしれないし、ヴェルが他の女性とクリスマスを…聖夜を……性?



「やっぱりダメッ!!」


「うわ、イヴ!?」


「はっ!?ご、ごめんなさい!ちょっとシスターの所に行ってくるので!またもどってきます!!」


「あ、おい!」




─────────────────────




あぁダメだ!なんで誕生日を祝って欲しいの一言が言えないの私!!別に誕生日を祝ってほしいなんて友人に言うこともあるセリフだろうに、彼にだけはどうしても面と向かって言えない…

何が原因かなんて自分が一番わかっている。

先日のアレだ。


でもきっとこの感情は今までの積み重ねなのだろう。共に戦場を駆けたことが、一つの旅を道連れたことが、背中を預けられる相手になれたことが今の関係につながっている。

これも先に待つ運命だったのだろう。



それはそれとして



「はぁ……素直になれないなぁ…」



彼を好いている多くの乙女の一人としては悩みの種だ。ため息をつきながら孤児院の庭の懐かしいベンチに座っていると、背後から優しい声が聞こえた。



「おかえりなさい、イヴ」


「あ、シスター!ただいま戻りました、お伝えが遅くなりすみません」


「ここはあなたの帰る家の一つですから急ぐこともありませんよ、いつでも帰ってらっしゃいな。誕生日おめでとう」


「はい、ありがとうございます」



私がいた頃より少し容姿も歳を重ねた老齢のシスターが、変わらない微笑みで迎えてくれる。



「さ、久しぶりに娘が帰ってきてくれたのですから、ブレゼントのクッキーでも食べながらあなたの話を沢山聞かせてくださいな」


「…懐かしいですね、シスターの焼くこのクッキーが今でも一番ですよ」



私の隣にゆっくりと座っていつもくれていたクッキーを差し出してくれる。私が子どもの頃から自身の使命や境遇に悩んでいた時、いつもシスターはこのベンチでクッキーを一緒に食べながら話を聞いてくれていて、私はこの時間と空間がとても好きだった。



「とは言っても、あなたの活躍はいつも耳にしていますよイヴ。ともにある者として嬉しく思います」


「今でも迷ってばかりですが、私なりに一歩ずつ答えを出して進んできたつもりです」


「それでよいのです。ここは教会ではありますが、一方的に教えを説くことはしません。あなたが経験して感じたこと、あなたが意思を持って選んだ道、それに殉ずることこそが…」


「神の教え、ですよね。もう何度も聞いてますよシスター」


「あなたは聡い子ですからすぐに覚えてしまうわね」


「もう…シスター?私も今年で16歳になるんですよ?」


「ええ、ここで巣立った子達のことは全員覚えていますよ。いくつになってもここに帰ってきたら皆可愛い子です」



このマイペースな会話がいつものシスターとの空気だ。いつの間にか悩んで暗くなっていた表情も明るく変えてしまう、孤児院では私より上の代からこれをシスターマジックと呼んでいる。



「それで何を悩んでいたのかしら?」


「えっ!?」


「悩んでいなかったかしら?」


「な、悩んでないと言えば嘘になるというか…」


「ほら悩んでた。話してごらんなさいな」


「ううっ……いくらシスターと言えど話しにくいことです…」


「どうも、さっきはありがとうね。子どもたちもとても喜んでいましたよ」


「へ!?ヴェル!?」


「あらごめんなさいね、私の見間違えだったみたい。もう歳かしらね」


「シ、シスター!酷いじゃないですか!」


「こうでもしないと腹を割らないでしょう?あなたの扱いはよく知っているもの。さ、彼と何があったの?」



優しい顔つきの老婦人といえど流石はこの教会で数多くの子どもたちを巣立たせてきたシスターだ、かなう訳が無い。

こうなっては諦めて話すしかない。



「実は……」




─────────────────────




「お集まり頂きありがとうございます!今日は私の一番の親友であり!幼馴染のイヴの16歳の誕生日です!!例のごとく特に決まりなどはありませんので、節度を持って楽しく過ごしましょう!あ、あとプレゼントは奥のテーブルに置いて頂いても大丈夫ですのでよろしくお願いします!では…イヴ!誕生日おめでとう!!!」



ホール中が幾多の人々の祝福の声で響き、思い思いに話し始める。このパーティーの主賓である私の元には個人的な知り合いからアルカ・シエル関係、あまり付き合いはないが傭兵など多くの人たちが話しかけに来る。私自身が開いたパーティーではないが、出席者たちの大体が立場ある面々なので私もそれなりに対応しなくてはならない。



「イヴ、誕生日おめでとう!今年は大変だったけど一緒に乗り切れて良かった!」


「ステオーラ、いつも相談にも乗ってくれてありがとう。これからも頼りにさせてもらいますね」


「イヴ、おめでとう。私には頼ってくれないのかしら?」


「ステラさんはもう少し落ち着いたら考えてあげますよ」


「ちょ、なによ!?」


「ははっ!そりゃ言えてるな!」


「うるさいわよゼン!!」


「おわ!?イヴ、ちょっと失礼!!」


「待ちなさいこの無礼者ォ!!」


「…お姉ちゃんがいつもごめんね」


「いえ、煽ったのは私ですから」




「おめでとう、イヴちゃん♪」


「スイさん!お久しぶりです、来てくださったんですね!」


「今年の大仕事はもう終わらせたからね〜私もこういうパーティーは久しぶりだから楽しみだったの!」


「それなら良かったです、今日はパーティーとしても楽しんでくださいね」


「んーでもイヴちゃん、せっかくの主役の日なのに今日も制服なの?ドレス着てるとこ見れると思ったんだけどな〜??」


「いや…私そういう衣装とかは持っていなくて…」


「え!?こんな可愛いのに!?虹の奴らはなにやってんの!?!?」


「なーに騒いでんだパメラン〜?」


「ライノさんも来てくださったんですね!」


「当たり前だろイヴ、おめでとな!」


「ちょっとライノ!なんでイヴがドレス持ってないの!?一緒に旅したんでしょ!?」


「はぁ?知らねぇよ、なんで俺がイヴの服の…」


「可愛い子には可愛いドレスを着せるのは当たり前でしょ!!ちょっと買ってきなさいよ!」


「いやだからなんでオレが!?」


「リノちゃんが妹ならそういう気も効くでしょ!?イヴちゃん待ってて、すぐ用意してくるから!私とこいつが!!」


「オレは行かなぁぁぁぁ!?」


「…行っちゃった」




「よう、天光。おめでとさん!」


「あ、あなたは…アギオス!?」


「覚えてっか?あれ以来俺は会ってないけどうちの団員がだいぶ世話になったから、感謝も込めてな」


「その節は私たちもお世話になりましたから…というかそんな堂々と来て大丈夫なのですか…?一応あなた方聖なる猫は…」


「こういうのは慣れてっから心配すんな、仮にも盗賊団だしな。それに伝言も預かってんだ」


「伝言ですか?」


「団長からは『あの日の借りはいつか返す、泥棒猫は恩と依頼を忘れない』ってよ。全くうちのボスがおめでとうの一つも言えなくてすまねぇな…不器用なんだアイツ」


「ふふっ…大丈夫です、先生も似たようなものですから」


「それからもう一つはベルからだ」


「ベルカトーレさんから…?」


「『誕生日おめでとうございます!今度一緒にお茶しましょうね!』だそうだ。プレゼントも預かったがそれは主催のお嬢ちゃんに渡しておいたぞ」


「ありがとうございます。ベルカトーレさんは優しいのですね、一度は剣を向けた私に…」


「あの子はつえぇからな、本当に。友達としてこれからも付き合ってあげてくれ。俺からもよろしく頼む」


「アギオス…ええ、私でよければぜひ!」




ああ、賑やかだ。

今年は一昨年よりもずっと、とても賑やかで暖かい。

こんなにも多くの人に自分の誕生を祝ってもらったことは無かったし、たった一年でこんなにも多くの新しい出会いがあるなんて思わなかった。


それもこれも全部、旅のおかげだ。


別に世界の危機が無くなった訳ではないし、自分の使命はまだ変わらず続いている。それでもこうやって一息ついた時、周りにいてくれる人々がこんなにもいるんだと改めて思えるのは幸せなことだ。



でも…少しだけ期待したけど、当たり前だ。

招待したわけでもないのだから。


これが私の16の誕生日パーティー、いい思い出だ。




「どう?今年はこんなに集まってくれたんだよ!」


「本当にありがとね、ヒナ。たくさんの人から祝ってもらえたし、プレゼントもあんなに持ち帰りきれるかな?」


「えへへ、イヴが大人気で私も嬉しいよ!あ、でもまだ来れてない人もいるんだった!間に合うかな…?」


「そんな、ACUAが通じてるなら急がずに後日でも構わないって伝えて?」


「この人とは通じてないんだけど…うん、きっと大丈夫だよイヴ!」


「どういうこと?」


「それは来てからのお楽しみってね!さ、中は私が回しておくから少し夜風にでも当たってきたら?少し疲れた顔してるよ?」


「そうね…楽しくて少し。そこのバルコニーにいるわ」




─────────────────────




ヒナが勧めてくれたようにカーテンの隙間から外のバルコニーに出る。皆の声が遠くなり、いつの間にか少しだけ降り始めていた小さな雪を何となく見る。旅で人としても戦う者としても強くなったが、気疲れは関係なく訪れるらしい。



クラーゼやジレさんは仕事や他の業界の重鎮が集めるパーティーにも顔を出さねばならず、リノはもちろんクリスマスライブの主役、一課の面々も毎年私のためにクリスマス前後は交代で休みを作ってくれている。みんな当日でなくとも祝ってくれるので特に気にしていないが、この季節が来るとやはり良い人たちに囲まれているのだなと実感する。




「ラフレイをこんなにゆっくり見上げるのは初めてかな…こんなに高い建物だったんだ」




アルカ・シエルの本山であり、ソリスの象徴が街の中心に突き立っている。

普段からあそこで局員をしているはずなのだが、そんな実感が今はあまり湧いてこない。世界を回っていたせいだろうか?



アイリスとイーリス

白瞳力と黒瞳力、モノクローム

祖龍の舞台となるユニゾナ


使命によって役を割り振られた私

宿命により役を持ってしまったヴェル


私たちはこれだけ多くの人に支えられている

でも本当に、本当に成せるのだろうか?


彼は戦えば戦うほどに強くなる、研ぎ澄まされていく。フェートだからというだけではなく、あの恐れない強き瞳ならどこまでも強くなるのだろうと信じさせてくる。

一方で私はまだ白瞳力を完全に使いこなせていない。旅の間も前衛から後方支援まで状況に合わせて立ち回れていたが、やはり一人では限度が見えてきており、伸び代に怯えている。


ラフレイは私を象徴しているようだと美化されることもあるが、私からすればあの白い巨塔は彼こそ象徴されるべきなのだ。

何者にも染まれ、自らを失わずに戻ってくる。エレインの、虹の、三大国の、アイリスの渦の中心にいて波を立てる存在。



素敵だな。


隣にいたい。


背中合わせでもいたい。


あなたのただ一人の存在になりたい。





「ヴェル…会いたいな」





そう言葉が口から漏れてしまった。
















「はぁ…!間に合ったっ!!」














「え…?」



突如雪の降る暗い空から全身茶色のトナカイの着ぐるみがバルコニー内に着地した。

たるんだ白袋を片手に背負い、戦闘以外で珍しく息を切らした様子でこちらに近づいてくる。



「やぁ…!僕は…えぇっと……トナカイの…!」


「……ぷっ、あはは!!」


「な、なにかなぁ…?」


「い、いえ…少しおかしくて…それで私に何か用ですか、トナカイさん?」




きっとここに来るまでにたくさんの子どもたちにプレゼントを渡してきたのだろう。キャラそのままで貫こうとする彼はやはり変なところが真面目だ。



「君にプレゼントを持ってきたんだ、さぁどうぞ!」


「えっ…私に?」


「うん!はいどうぞ!」



小さな箱を手渡され、心がキュッとする。

これはもしかして…ヴェルから私への…?



「それは自称妖艶なお姉さんからのプレゼントだよ!」


「ああ…なるほど……ジレさんですか」



そういうことか、あの白袋の中にはこのパーティーに出席できなかった人たちからのプレゼントが入っているのだろう。それを集めてきてくれたんだ。


なんだ、そういうことか…



「これは自称フローレス・ガンナーさんから!」


「何も隠せてないですよクラーゼ」


「それからこれは自称水星のアイドルから!」


「リノまで?今日まで忙しいだろうに…用意してくれたのですね…」


「あとこれはゾーラの…こっちはシールズの…これは誰だっ…あ、自称✝︎海の皇子✝︎からだよ!」


「ちょ、手に持ちきれないです…ってこれ生魚じゃないですか!?」



一体その白袋の容量はどうなってるんだと言いたくなる量のプレゼントが飛び出してくる。今までの旅で出会った人たちからの贈り物で思い出も脳裏に浮かんでいく。



「うん、これで全部だよ…って大丈夫?」


「これが大丈夫に見えますか?ちょっと室内に置いてくるので、あなたはそこで待っていてください」


「あー実はまだ僕を待ってる子どもたちがいるんだ!だからもう行かな…」


「待っててください!いいですね!?」


「…はい」




─────────────────────




急に大荷物を持って会場に戻った私は塞がった両手のプレゼントを置き場において振り返ると、物凄い勢いのスイさんと、またしても珍しくボロボロなライノさんがヨタヨタと歩いてきていた。



「待たせたわねイヴちゃん!スイお姉ちゃんに任せなさい!」


「あ、おかえりなさいお二人とも。ライノさんは大丈夫ですか?」


「大丈夫よこいつもフェートだから」


「フェートだからって雑に使っていいとは言ってねぇからな」


「そんなことよりこれ!どう?イヴちゃん的に?」


「わぁ…!素敵なドレス…黒なのに艶もあっていいですね!」


「でしょでしょ!?これ私たちからのもう一個のプレゼントね!今着てみて!!」


「え、えぇ?今ですか?」


「ほ〜ら、あっちの部屋借りるよ〜?」


「はーいどうぞ大丈夫でーす!」


「ヒナ!?」




─────────────────────




式典なども虹の局員である限りは制服を着ればいい。そうやって生きてきた私にとってこんな衣装めいたドレスはこの上なく着慣れない一品だ。

さっきまでいつも通りに振舞っていた自分が急に心許なくなり、ちゃんと服を着ているのかすら心配になる。


そして何よりこれは私に似合っているのだろうか…クリスマス・イヴの夜、彼の前に出るのに変な格好をして引かれてしまったりなんかしたら、しばらくは立ち直れないかもしれない。



「あの…寒いかもしれませんから上着くらいは…」


「上着?ダメよ!それは単体で完成してるコーディネートなんだから!ねぇライノ?」


「今日は雪も降ってるし流石に寒いんじゃないか?」


「ちょっとバカ…そうじゃなくて…!」


「お?ああ、なるほどな…イヴ」


「はい?」


「ヴェルの瞳力属性は火だぞ」


「ええ、知っていますが……なっ!?」


「ま、後は思うように過ごしな!行くぞパメラン」


「えぇ〜!ここは最後まで見て…」


「これ以上は邪魔すんな、イヴの誕生日だろ?」


「…それもそうね。じゃ、頑張ってねイヴちゃん!」



そう言うと二人はスっとパーティーの喧騒に紛れた。こういう何気ない所作に人としての経験値を感じる。


でも確かにここからの時間は私のものだ。そう願って彼が来てくれたのだから、誰にも渡したくない。




私はもう一度、カーテンを抜けて扉を開く。




─────────────────────




「ああ、やっと戻ってき…た…」


「……」


「……あ、イヴ…」



彼はもうトナカイの着ぐるみを脱いでおり、いつものコートと装備を纏っていた。見慣れた姿なのに、今は眩しく見える。


私は今どんな顔をしているのだろうか。

いつも通りの顔が出来ているだろうか。

いや、絶対顔が赤くなってるに違いない!


恥ずかしい…彼の、ヴェルの前にこんな女らしい着たてで立つなんて…



「ヴェル…」


「な、なんだ?」


「…似合って、いますか…?」


「……」



ああ、やっぱり違和感があるみたいだ。

規律に、血に塗れたこの身にこんな素敵な衣装は似合わない。私に似合うのは血飛沫を浴びた虹の制服なんだ。


それがわかっただけでも今日は────




「似合ってる、すごく」




今、似合ってると言った?

ヴェルが私に…?



「制服に見慣れてるし私服を見るのが少なかったのもあるけど、それでも似合ってて少し…その……見とれた」


「ほ、ほんと?ほんとに??」


「あ、あぁ。本当だ」




暗く冷たい夜空が、明るく雪降る聖夜に変わる。

思わず顔を上げた私の目にヴェルの赤くなった顔が映る。彼も寒いのだろうか?


あぁ、マズイ。

嬉しい、うれしい。

この気持ちが抑えられなくなってしまう。


私には使命がある、そのために生きている。

だからこの気持ちを解放する訳にはいかない。



なのにこの心は弾みを止めることを知らない。




「……は、くちゅ!」


「イヴ、そんな薄着で…フレイムメイル」


「ありがとうヴェル…近くに行ってもいいですか?」


「あ、ああもちろん」


「はぁ……暖かいです」


「ごめん、このコートは貸しても似合わないだろうから」


「ふふっ…確かにこのドレスには似合わないですね、それはあなたが着ているのが一番です」


「そうかな?」


「それとも、トナカイの方が気に入りました?」


「まさか。あれはもうさっきボコボコにされて戻ってきた【粛狼】に押し付けたよ。エレインには話つけとくから残りはやれって」


「あの人はいつもそうなのですか?」


「んーまぁそうだな、エレインじゃもう日常だよ。それでも実力はあるから上位ランカーには居続けてるけど」


「傭兵たちも虹に負けじと面白い人たちですね」


「ああ、飽きない奴らばっかりだよ」



楽しい。

ヴェルと何気なく遠くを見ながらこうやって話す時間が好きだ。というより旅を通して好きになっていった。自分を見つめ直せるというか、ヴェルを見つめられるというか。



好きだ。

この気持ちは何度確かめても変わらない。




だからこそ、あなたを守りたい。


そのために、私は白い翼になる。


あの日、あの時、あの階段であなたと会えたから。


殺し合ったから今がある。




「これ、遅くなったけどクリスマスプレゼント」


「あ…ありがとう!うれしい…開けてもいい?」


「気に入ってくれるといいんだけど」


「わぁ…マフラー!優しい赤色…」


「今のドレスに似合うか…?」


「ううん、今身につけたいの……どう?」


「イヴならドレスに巻いてても似合うな」


「うん!ありがとうヴェル!」




シンシンと小さな雪が舞う。

そんな背景にあなたは輝いて見える。


あなたから見た私はどう映ってるの?

同じように光を放てている?



私たちは使命と宿命、隣り合わせの二人。




来年もこうやって隣に立っていられるといいな。






─────────────────────





トナカイさん、一つお願いしてもいいかしら?


うん!なにかな?


私には大切な娘がいるのだけど、あの子にもトナカイさんからプレゼントを渡してあげて欲しいの。


それは…シスターさんからあげたら喜ぶんじゃないかな!


娘は今日が誕生日でね、いつも「誕生日プレゼント」をもらうのよ。あの子は「クリスマスプレゼント」をもらったことがないの。


だから、クリスマス・イヴを祝ってあげて。


それはサンタさんかあなたにしか頼めないから。





あの子をよろしくね、トナカイさん。



さぁ祝おう!

メリークリスマス・イヴ!

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