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08 秘密のねぐら、親分に超お似合いの美女がいた件

 

 ブロール街道は、流れがはやい・・・


 川ではないぞと突っ込まれそうだが、実際ここへ来ると馬足は速くなるのである。北部穀倉地帯の者にとっては、イリー都市国家群の東の窓口たるテルポシエ領に入ることなく、その先の地域へすらっと抜けて行ける、便利な裏道なのだ。


 農作物を運び込む業者たちは、たかびしゃテルポシエに関税を巻き上げられることなく、イリー西部や山国フィングラスへ到達できるこの道を好んだ。どっちみち関税を払うのなら、お届け先のみに済ませたいのである。


 よって森に沿う道の幅は広く、行合う荷馬車も少なくなかった。


 コシュクア一味はいつも通りに行商人を装い、堂々と北上する。


 昼休憩の後、馬車の中でフォドラが昼寝をしている間にも、彼女をのせてがらがらからから、輪はまわり続けた。


 やがて起伏が出てきた。それまでは左手に山を見ながらも平坦であったのが、ゆるやかな峠を上り下りするようになる。



「この辺は穀倉地帯とイリー世界の、……まぁ緩衝地帯ってやつな。どこの国領でもねえんだ」


「へえっ」



 ノワに言われてフォドラがうなづいた時、コシュクアの黒馬がすいと馬車御者台の横にきた。



「止めろ、ノワ」


「へい」



 から、……かたん。



「嬢ちゃんは、車ん中へ入れ」


「んもうー、フォドラって呼んでくださいな」


「……」



 ウレフの隣席にフォドラが座ったのを見届けると、コシュクアは娘のほっかむりに手をのばした。



「あらら、何をなさるの??? ……コシュクアさん、見えないのですけど」


「そう。見ちゃなんねぇの」



 苔色ふろしきをぐっと下ろして、親分は娘の鼻上までを覆う。



「俺がいいっつうまでは、絶対に上げんなよ」


「はーい。コシュクアさんが上げてくださるまで、このままでいます」


「……」



 注意しとけ、とウレフに目まぜをして、コシュクアは再び黒馬にまたがった。


 馬車は動き出し、先に進んでいた一行に追いつく。



「ウレフさーん、どうして目隠しがいるの?」



 視界をふさがれたまま、フォドラは小首をぽよッとかしげた。



「うん、じきに俺らのねぐらなんだ。誰にも秘密の場所だから、ドラちゃんに道順とか知られたくねぇんだよ。気持ちわりぃだろうけど、ごめんな」


「そうなのー……」



 娘はちょっと、しゅんとした様子である。


 よそ・・の者あつかいが気に食わないのだろう、ということはウレフにもよくわかった。


 彼は肩をすくめて御者台ノワの背中を、周囲を見渡す。


 それでもやっぱり、知られてはならないのである。


 あわい・・・の森陰、と彼らが呼ぶコシュクア一味の本拠点は……。



 がた、がたた……。


 フォドラのお尻のずっと下、地表から伝わる振動が大きくなる。



「ずいぶん、道が悪くなってきたのね?」



 険しい山道にでも、入ったのだろうか。


 かたかた、かたん……その振動がやがて消える。馬車が止まったらしい。



「降りるよ、ドラちゃん」



 ウレフがフォドラの両手を引き、そろそろと馬車から下ろす。


 フォドラは左脇にふいと気配を感じ、ふろしきに包まれた顔をそちらに向けた。



「コシュクアさん」


「げっ、何だ見えてんのかッ」



 黒馬の手綱を引いてきた親分は、ぎょっとした。



「見えてませんけど、わかりますのよ」


「……。えーとな、こっからは歩きだ。ウレフ、手を引いてってやれ」


「えっ。俺がドラちゃん連れてったら、荷物運べねっすよ」


「そうっす。俺らは馬車うまのように荷物を運ぶっす。どうか親分、ドラちゃんを引いてやってくだせぇ」



 ノワも近くにやってきて、若き下っぱ二人はで言った。そして言ってる中身も道理であった。親分は切れ長双眸を引きつらせて細める。



 ――こいつら……フォドラ陣営にまわってねえか?



 しかしこんな所で騒ぎ立てては、大人の親分の面子めんつが危機にさらされよう。



「それもそうだな。ほんじゃフォドラ、行くぞ……おいで」



 コシュクアは無造作に娘の左手を掴んだ、その実しぶしぶである。


 一方の娘は、丸い二重あごの口元を、ぱっと喜びに弾けさせて笑う。



 ――はぁー……。



 森間の小径のどんづまりに馬車を残して、一味のうち十人あまりが、内心で溜息つきまくりの親分に続いた。


 ここからは完全なる森なのである、馬は何とか引けるが車は無理だ。横にそれたところ、ねぐらとは別につくってある馬車専用の納屋へ、置いておくのである。



「きゃッ」



 樹の根につまづきかけて、娘が小さく叫んだ。


 その瞬間、右手に握った手の中の温かみが、ふいと逃げかける。


 コシュクアはひょいと娘の腕をつかんで、ぽよぽよかさばる体を支えた。



「ごめんなさい」


「……」



 目隠しをいているのは自分である。気をつけねぇか、と言うのは理不尽だ。理不尽なのは嫌いな親分である。代わりに聞いてみた。



「……何で、離れた?」



 転びかけたら普通は、しがみつくように強く握りしめるものなのに、さっきフォドラは繋いだ手をぱっと離したのである。



「だってあなたを、巻き添えにしたくありませんもの」


「……」


「コシュクアさん、右利きですのね?」


「……そだよ」


たこ・・がたくさん、ありますものね。夜に日をついで……その境目の永遠で、書きものたくさんなさる方の手」



 どきり、とした。


 横を見下ろす、……娘は前を向いて、ふろしきはちゃんと鼻上までを覆っている。



 ――わかるわけがねぇ。……ただの偶然だ。



 内心で自分に言い聞かせてはみるものの、……心のうちをそうっとのぞかれ、言い当てられたような気がしてならない。かあっと、胸の奥がほてるような錯覚が起こる。今言ったのはまさか……、いやそんな? これも偶然だ!



「大丈夫かよ、お前ら?」



 無理やり、外側に意識を戻した。



「うーっす」


「おいーっっす」



 子分どもは、皆肩に長持を担いでいた。



「中身がひものばっかだかんなー、今日は楽だな」


「お嬢に感謝じゃい」



 うひひひひ、と山賊どもはむさ苦しくも朗らかに笑った。



 ・ ・ ・ ・ ・



「……着いた。もう目隠し取っていいぞ、フォドラ」


「取ってくださいな! コシュクアさんが!」


「……」



 やぶれかぶれで布を解いてやると、娘はまぶしそうにまばたきをした。



「ふわぁあああッッ!?」



 口をひし形に大きく開けて、フォドラは仰天した。森の中にいたと思っていたのに、今自分は奇妙な谷底に立っている!


 地の底がどかんと落ち込んだ一画、そのくぼみの一番深いところにいるようだった。


 せり出したおおきな岩壁が、ぐるりと丸っぽく頭上に空を切り取っている。


 その岩肌の奥まったところに、木材と石組みとを押し込めて作りつけたようなものがたくさんある……。



「あれは、……あれが! おうちなんですの!? コシュクアさん!」


「そうだ」


「俺たちのねぐらにようこそ、嬢ちゃん」



 両肩に長持二つを担いできたゴスが、低音で言った。



「うめぇこと、家がかくれんぼしてんだろ?」



 こくこく! フォドラは巨漢に向かって、熱心にうなづいた。本当だ、これじゃ上からはどうしたって、すみか集落があるとは分かりっこない。


 ちらちらとか細い水流が、岩だらけの草地の上を伝っている。



「……そのおうちの土台が、長い脚で浮かしてあるのは、まさかの増水にも対応するため、というわけですのね!」


「そうそう。わかってんじゃん、嬢ちゃん?」



 きつね襟をふわつかせて、レゴロが言った。



「谷底に住むあほうはいないって、皆考えるもんね。山賊の大邸宅があるたぁ、誰も思わないよ」


「でも……。洪水は、怖くないのですか?」


「怖いよー。怖くなってきたらしっぽを巻いて、馬車納屋の別邸へ即移るんだよ」



 あはは、うひひ、子分どもは笑った。



「なんてね、心配いらねぇの。ここはテルポシエみたいにゃ降らん土地だし、夏場にはこの流れだって、枯れちまうくらいだしさ」



 もの珍しげにへーえと感心する金づる娘を見て、親分をのぞく山賊どもは面白がっている。


 その時、十ほどもある小屋のうち、一番どっしりした構えの岩肌住居の扉がぱっと開いて、すらりとした影があらわれた。


 黒い麻衣に細股引、短く切った暗色髪をはらっと風に舞わせて、一瞬若い男に見えるがそうではない。



「よう」


「お帰り。無事だったね」



 女が、 ……その容赦なく美しき上背のある女が、長い腕を伸ばしてがしっとコシュクアを抱擁した時、二歩ほど後ろにいたフォドラはぴしぴしーッと固まった。




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