07 いじめられし令嬢、過去に堂々ざまぁ宣言!
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精霊よけになる(……と、言われている)焚き火をいくつにも増やして天幕や馬車のまわりに据え、見張り役も予定の倍に増やして配置してから、コシュクア一味は交代制で眠りについた。
代わりばんこに、馬車の中の座台に転がって寝るのだが、さすがにその夜は気色わるさに寝付けない者ばかりである。
翌日、唯一ぐっすり熟睡したフォドラが、早朝の光に丸ぽちゃ顔をぴかぴか輝かして、鉄鍋に湯をわかしていた。
「……元気だね」
げんなり白湯の椀を受け取りながら、充血ぎみの目でもって、親分は娘を見る。
「ええ、すてきな夢をいっぱい見ましたの。……と言っても今、フォドラのほんとはどんな夢より、ずうっとすてきになってますけど」
「……?」
「うしろに湖。まどかなるみずのうみ、前にいるのはコシュクアさん!」
ふふふ、と笑ってフォドラは次の椀を子分たちに手渡しにゆく。
妙なもの言いをするなと思いつつ、コシュクアは硬いぱんをがしりと噛む。どこかで聞いた、知っているはずの……あれ?
しかし彼は疲れていた。それで記憶のたぐり寄せもやめて、ひたすらぱんの咀嚼を続けた……。白湯が寝不足の胃にしみこむ。
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昨日のいなか道に戻り、一行はどんどん北へと向かってゆく。
相変わらず苔色ふろしきの頬かむりをして、フォドラは御者役ウレフの横、過ぎゆく景色をもの珍しげに眺めている。
「あっ、ずっと広い道に行きあたるわ」
「ブロール街道、つう山あいの道だよ。これがずうっと、北部穀倉地帯へ続いてんだ」
山間街道。たしかに両脇の森は濃く、みっしりと茂った樹々のあいまはなかなか見透かせないほどだ。
けれど道自体はひらけていた。ぽつぽつ、驢馬に引かせた荷馬車と行合うことが多くなる。どの車にも、荷物が満載されていた。野菜をぎっしり詰めた大籠を載せているのは、どこかの市場に向かう農家だろうか。
しゃしゃっと小雨が降りかかった。
「お、降ってきたぞ。中に入るかよ、ドラちゃん?」
「平気よ。このくらいは降るって言わないわ、わたしテルポシエ生まれだもの」
「しょっちゅう雨が降るんだよなあ、あの町は?」
「そうよ。降って照ってを繰り返して、一日のうちに四つの季節がめぐるところ。毎日のように虹が出るのよ」
「つまりそこら辺じゅうに、宝の壺が埋まってるっちゅう話だろ。景気いいな、ひひひ」
虹の現れたとき、そのねもとを掘れば宝物が見つかる……。広くきかれる言い伝えである。
「ふふふ。わたしも姉さま達に言われて、小さい時はいろんなところを掘らされたの。けれどいっぺんも、宝の壺は出なかったわ。宝物が見つからないのは、フォドラのせいだっていじわる言われて、よく泣いちゃった」
「……姉ちゃん達は、小っせえ頃からいけずだったのかよ?」
からから、からから……。
ほんの少しだけ後ろを進みながら、実は黒馬の上でコシュクアは娘の話に耳をそばだてている。
昨日、ウレフとノワは娘が厄介払いで嫁に出されたらしいと言っていたが、どういうことなのだろうと訝しんでいた。
「そうね」
「お母ちゃんもか?」
「そうよ」
「おかしいよなぁ。継子いじめってんならどこでも聞くけどよぅ、ドラちゃんはほんとの娘だろ? しかも末っ子なのに、煮炊きに掃除に洗濯に、女中にまじって働かすってのが妙だ。甘やかされてお姫さま扱いされんのが、普通じゃねえの」
「わたしも、そう知ったのはごく最近のことなのよ。でも別にいいの、慣れちゃってたし」
「いや、慣れんなよ……。お父ちゃんは、どうだったんだ?」
「地方駐在分団の騎士だから、ほとんど家にいないの。たまに帰ってくるときだけ、母さまも姉さまもわたしに優しくしてくれて、それで皆と同じ卓子でごはんを食べたのよ。いちばん最後に配られるから、お皿の中が冷めちゃってるのは同じだけど」
「ふーん……父ちゃんの前でだけ、ねえ…?」
ウレフはふさふさ髪を揺らして思案しているが、フォドラ本人はほとんど意に介していない様子で、淡々と話し続ける。
「あとね、大人になってからわかったのだけど。わたしって父さまのお母さま、つまりおばあさまにそっくりなんですって。わたしが赤ちゃんの頃に亡くなったから、憶えていないのだけど」
それで、市井の世知辛さを知る若者には、ぴーんと来た。
「あ~、そっか! 母ちゃんは、姑が怖かったんだな!? だから栗ふたつのドラちゃんが苦手だったのか、そうだな!」
「そうそう! おかしいでしょう? それがわかったら、なんだか全部、どうでもよくなってしまったの。だからフォドラはこれから自分の好きなように、めいっぱい楽しく生きるのよ」
「んだね!」
ウレフもノワも、だいぶん娘に親しんでいる様子である。ことばの壁をやすやすと越えて、ぽんぽん弾ませている会話には、若さがこもって朗らかだった。
……けれどコシュクアは首をひねった。も少し突っこんで世間さまを知っている親分には、ここまで聞いた部分から何となく推測できてしまったのだ。
――留守がちの旦那の血をひく、唯一の娘ってぇところかな。上の姉ふたりが間男との庶子なんだとしたら、そら目の上のたんこぶで八つ当たりもしたくなる、か……。
「けどよう、ドラちゃん。デリアドの嫁入り先は、どうなるんでぇ? 向こうじゃドラちゃん是非にと、待ち構えてんじゃねえのか」
馬車の中から、窓を通してノワが話しかけている。
「許嫁とは、会ったことあんのか?」
「ないわー!」
「わけわかんねぇ奴のとこへ、よく嫁に行けんな? どういう家のお大尽だ、りっぱな旧家の騎士様とかか?」
「ええ、とっても古いおうちの騎士の方。二年前に奥さまとお別れして、どうにも家のことが不便で仕方ないから、ぜひにと言ってきたのよ」
「……はぁああ?」
「定年まであと三年だし、何とか支えて欲しいって……」
「何じゃそりゃぁあああ」
「じじいではないかッ」
「よりによってそんな所へ行かせるたぁ、ちっとどうかしてんじゃねえのか!? ドラ母ちゃんはッッ」
遠慮なく不快感をぶちまけているウレフとノワ、……その後ろでコシュクアもひそかに眉をひそめている。
――とんでもねぇな? そういう家なら、嫁でなくって腕の良い執事と家政婦を募集するべきだろうがよ。
「ん~……。けれど、結果的には母さまの言いつけに従って、大正解だったと思うのよ」
「ドラちゃーん、二十一だろ!? 大人だろぉお。母ちゃんのくびきから、離れるんだよぉお」
「そうじゃなくって。デリアドへお嫁に向かわなければ、イリー街道のあのオーラン国境で、あなた達と会えなかったでしょう」
「……」
「だからこれまでのフォドラの人生、ぜーんぶ大正解なのよ。これからはコシュクアさんと一緒なんだもの、しあわせ一直線よ!」
ぐはッ!? 馬上の親分は、金の首環の上から、のどをしめられた気がした。
「今までは、自分がちっぽけで、つまらない存在だと思っていたわ。でも違ったの。あんなにすてきなコシュクアさんを、いじわる姉さま達は知りもしない。代わりにコシュクアさんのそばにいるのはこのわたし、フォドラなんだもの。ひゃっほう、ざまぁ! って大笑いしたいくらいよ」
ぎひひ! ぐひひ! ウレフとノワが噴き出したらしい。
コシュクアは外套頭巾を引き上げてかぶった……、勘弁してくれとうめきたい。
里心はどうなっているのだ。頼むからこの妙な娘を家に、自分のうちではないどこかに、ひき戻してやってはくれまいか。