05 湖畔キャンプに忍び寄る危険
コシュクア一味のねぐらまでは、一日でゆける距離ではない。
親分は日の陰りを感じ始めた頃から、今夜の宿りを思案していた。
「嬢ちゃんもいることだし、ひなびた村に宿でもとるかい?」
きつねの毛皮襟をふさふさ揺らしながら、赤馬にまたがるレゴロが寄ってきて問うた。
「たまにゃ、豪華にいこうよ」
「いや、あんだけ目立つ娘なんだ。誰ぞに見とがめられるのは避けたい」
肩をすくめて、コシュクアは答える。
本来なら行けるところまで行って短く野宿をするのだが、娘ひとりを連れて夜行する行商人、と言うのは不自然だ。運悪く道上で、夜間警邏の騎士団に会いでもしたら一大事である。
ちらり。振り返って、素早く肩越しに後続の馬車を見る……。娘はノワの横、御者台におさまっていた。
外を見たいというのは別に構わない。けれど超弩級ふわもこ白金髪が風にあおられ、さらに存在感をふりまいているのを見て、慌ててコシュクアは娘に頬かむりをするよう言いつけた。弁当包みだったじじむさい苔色大判ふろしきを頭に巻き付けて、いま娘は楽しそうに周囲を見まわしている。
「馬車中泊なんて、大丈夫なのかね。あの子」
鼻にしわを寄せて、レゴロが言った。
「一泊くらい、平気さあ。なぁコシュクア、じきにビロムの湖をすぎるね?」
反対側で白馬を駆るゴスが、朗らか低音声で話に入ってきた。
「んだね」
「あそこなら今の季節だれもいねぇし、ほとりに狩人小屋があるから、お嬢も冷えねぇよ」
「おっ、そうか」
水質のせいなのか何なのか、全く魚がいないことで知れた湖である。だからなのか、凶悪精霊の水棲馬もいないらしい。
もちろん釣りに訪れる者は皆無、泳ぐには早すぎる時分だから、さびれて里人の目もないはずだ。
コシュクアは即断して、今夜はそこへ野営と決める。
細いいなか道がすらっと開けて、一行は湖のほとりに出た。
「……!!」
「こいつが正真正銘の湖だ、ドラちゃん」
みどりの目をいっぱいに見開いて、衝撃を受けたフォドラは身動きができない。
やや暮れかけた金色の春の陽光に、白っぽくふわふわそよぐ草の帯。その向こうに、鏡のようにおだやかに光る湖面が広がっている。
「……なんてきれいなの。これがみずうみ……まどかなる、みずのうみ」
湖畔をぐるりと囲む樫の森への入り際、ぽつんと建った石組み掘立小屋の近くまで来ると、山賊一味は次々と馬車を駐める。
ばら色外套をひょいとひるがえして下馬すると、コシュクアは黒馬の手綱を引きひき、フォドラの馬車に歩み寄った。
「嬢ちゃん、今夜はあの狩人小屋で寝な。きたねえだろうが、馬車の中よりゃあったけぇ」
「はい」
娘は素直にうなづいた。
「暗くなる前に、馬車から座ぶとんだの毛布だのを出して、運び込んどけ。それが済んだら、めしの準備を手伝うんだ。お天道様が沈んじまったら、もう寝るっきゃねえ真っ暗闇だからな」
「はい、コシュクアさん」
苔色ふろしきをきりっとしめ直して、フォドラはノワのあとに続き御者台を降りる。
切れ込み山賊ひげをちょっと曲げて、コシュクアは微笑む。
――そうだそうだ、良い子じゃねぇか。その調子で言うことを聞いて、すらすら小切手にも署名してくんな。
野営慣れしたコシュクア一味は、手際よくどんどんその準備を進めた。
親分だってふんぞり返ってはいない。この場合は馬の世話をする、近くの樫の木に長めにつないで、じゃかじゃか櫛で梳いてやる。水を飲ませ、フォドラの馬車に積まれていたしわしわ貯蔵りんごを与えて、各々の鼻づらをなでてやる。
昼とほぼ同じ、杣粥の夕食を済ましてしまえば、薄明が降りてくる。やがて野郎どもの顔も見分けがつかなくなる、闇夜がはじまった。
見張り役の順番を決めるべく、焚き火の周りに子分どもを集めてみると、二人たりない。
「下っぱ二人は、どこへ行った?」
「嬢ちゃんの用足しに付き合ってやすよ。小屋の裏手の方かな」
まさか現場までつき合っているわけではないが、夜の森間は大人だって迷いやすいところである。声が届くくらいの場所で待ってやっているのだろう、コシュクアが何でもなくそう考えた、その時。
「――おーやーぶーんッッッ」
ひきつれた叫びが響いて、一同ははっと顔をそちらに向けた。
転びかけながら走り寄ってきたのは、ノワである!
「せ、精霊っす! 精霊が出やしたッッ」
「はぁ? ここは水棲馬がいないってんで有名なんだぜ」
眼帯じじいが怪訝そうに言う。
「いや、それがいるんです、出てんですッ。でもってドラちゃんが、そいつにくっついてて……!!」
ぎーん!!!
もさ苦しい男どもの顔が、瞬時に引き締まった。
じゃきじゃき、じゃきん……すぐさま腰と背の武器をゆすり上げて、ゴスとレゴロがコシュクアを見た。
「嬢ちゃんが危ねぇ」
「金づるが危ねぇ」
コシュクア自身、実は恐怖に顔を引きつらせかけた……。しかし面子がそれをさせない。
彼は焚き火の燃えさしを一本引っこ抜くと、
「とにかく行くぞ、てめぇら。どこなんだ!? ノワ!」
吼えた。