03 給仕はお任せ!はたらく令嬢
大鍋いっぱいに煮られた杣粥に、ファダン産の干しいかがついて、コシュクア一味は本日の昼めしに大満足していた。
フォドラはふわつく白金髪を萌黄の手巾できりりとまとめ、巨大な黒ぱんをきれいに切り分けては、配っている。
「牛酪だよ、牛酪。久し振りに拝んだなあ」※
「うめー」
「乳蘇も、まだまだいっぱいありますのよー! ぱんにつけて、ご一緒にいかが」※※
「うおう、おくれー」
娘は麻衣の袖をまくり上げて、焚き火の周りに車座になった男たちの間を縫ってまわっている。ぱんを差し出すその頃合が、板についていてうまかった。
「……お前も食いなよ? 嬢ちゃん」
横幅のわりに、ずいぶんすらすら働く娘である……。しかし給仕に徹してフォドラが食べていないことに気づき、コシュクアは言ってやる。
「えっ……?」
驚いた顔が、素であった。
「そだよ。杣麦はあちぃうちに食わねぇと。俺らは自分で好きに食うんだし、あんたも早よお食べ」
もりもり巨漢のゴスが、地底を這いずるような低音で言った。
「フォドラが食べるのは、どこでもいちばん最後だったのですけど……。皆さんがそうおっしゃるなら、いただきます」
粥を木椀によそって、そそくさと食べ始めた。
「イリーのお姫ってな、何の役にも立たねぇ人形みたいなのと思ってたけど。あんたはまめまめしてて、よう気を利かすね」
きぃんと高い声で、赤ぎつねの毛皮襟を巻いたレゴロも言った。この気難しい皮肉屋も、こども相手にはだいぶん容赦をするらしい。
「あら。そういう皆さんだって、わたしに気を利かせてイリー語で話して下さってるじゃありませんの」
ふわっと返した言葉がどの耳にもやわらかく落ちて、むさ苦しい食事の席に瞬時の沈黙をもたらした。
「熱いお粥さんて、本当においしいんですのね。知らなかったわ」
木椀を支えかたむけるその小さな手が、見た目にもがさついて荒れているのにコシュクアはふと気づいた。働いている者の手である。以前どこかで見かけたイリー貴族の女どもとは、ずいぶんかけ離れた娘だと思い始めた。
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下っぱの若い子分どもと後片付けをしてしまうと、フォドラは自分の馬車に入っていった。
昼寝するのだと聞いて、一味はまたしてもたまげる。山賊に囲まれて森中で眠れる娘とは前代未聞、ちっと根性すわりすぎでは?
しかしコシュクアはこれを機に、一同の頭をよせ集める。
「……というわけでだな。あのお嬢は北に連れて行って、小切手の金を引き出させる」
「その後どうするんすか? そのまま、親分の女にするんですかい」
「あほう、んなわけあるかい。イリー側のどっかの村にでも、配達するんだよ。じきに家族が、探しに来るだろ」
「いやー、そらなさそうっすよ?」
下っぱの若者、ひょろりとのっぽのウレフが言った。
ふさふさ豊かな暗色髪が立ち上がっているから、その分よけいにでかく見える。
「さっき洗いもんした時に話したんすけど、どうにも厄介払いの嫁出しみたいで」
「母ちゃんと、上の姉ちゃん二人に、いじめられて女中扱いされてたぽいっす」
その脇、ぎょろッと丸い眼をしばたたきながら、ずんぐり小柄なノワも言った。ウレフと常につるんでいる、こちらも下っぱの若者だ。
「貴族のお姫なのに、そんなことってあるんかい?」
眼帯じじいが首をひねった。
「やっぱ、わけわかんねぇなあ。イリー人は」
全員東部系で占められた一味は、ざわざわ囁き始める。
「わけわかんねぇなら、わかるようあの子に教えてもらえ。とにかくだ、妙ちくりんではあるが、害はなさそうな娘だからな」
コシュクアは十七人の顔を見まわし、いつもの貫禄面子で言った。
「へーい」
「金を引き出すまでは適当に相手して流して、危ねぇ目に遭わすな。念のため言っとくが、手を出そうなんて考えんじゃねえぞ?」
「いや……それは……」
「ないっす。ないない」
十七人は一斉に、首を横に振った。
コシュクアも、皆にぶっちぎり同意見なのである。
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※牛酪:そちらで言うところの、バター。
※※乳蘇:同、チーズ。注釈者は山羊のが好き、特に乾いたのが……聞いてない?失礼……(注・ササタベーナ)