17 親分VS謎の窃盗者たち(今回はきついぜ)
「……そこへ、箱を置け」
冷たく反響した、聞き知れぬ男声! びくりと驚き、フォドラは入り口方面の闇をふり返った。
その拍子に、コシュクアの手からこぼれ落ちた綾桧の箱が地に転がる。からんっ……。
灯りを照り返して、……闇のなかの刃がきらめいた!
手の中に松明を押しつけられて、フォドラはぐいっと押しのけられる。
「俺の後ろに、下がってな。フォドラ」
ぎいん!
コシュクアの手から放たれた長鎖の分銅と、見知らぬ男の短槍穂先が激突して、くらい中に火花を散らす。
反動が余波となって、狭い空間に満ちる。両者はずい、と間合いを取った。
「とんでも武器を使うあたり、山賊ふぜいか。けがらわしい、こそ泥め」
男は頭巾を深くかぶっていた。覆面布の内側から、くぐもった声で発される罵倒は正イリー語である!
「へっ。お国の宝をちょろまかしてるあんたこそ、大泥棒さまじゃねぇかよ」
「……読めるのか? 読んだからには、生かしておけぬ」
すーっ、男は驚くべき速さでコシュクアとの間合いを詰めた!
「はッ」
低いところからの短槍中段突き、と見せかけ左へ切り返して石突で側頭に打ちかかって来る!
ぐにゃっと奇妙なやわらかさで上半身を後ろによじり、コシュクアは難なくそれをかわす。
同時に鎖が飛びすさり、じゃりんと短槍穂先に巻き付いた!
「うぬッ」
槍の動きを封じられても、男は躊躇しなかった。さっと右手を腰にやり、きらりと短剣を抜いたのである。コシュクアが体勢を立て直す一瞬前に、急所をめざして突き立てようとこころみる!
ぐるうっっ。長い脚が、すばやく空気を切った。びっ・たーーーん!!!
「ぎぃやぁあああッッ」
男は派手に仰向け、倒れ込んだ。コシュクアの内股払いを見切れず、岩盤様の地面にしたたか後頭部を打ちつけ、くるっと白眼をむいて男はのびた。
「ようしッ」
しゃッと立ち上がりざま、鎖を巻き取る。同時にコシュクアが、地べたの木箱に目を向けたとき……!
「動くな」
別の声が響いた。
はぁ……。少しだけ荒んだコシュクアの呼吸に、ぎりっと引き絞られる小弓の弦音が重なる。
やはり向こうも、一人ではなかったらしい。今度はだいぶ年輩の男である。外套頭巾はかぶっているが顔はあらわ、正確にコシュクアに照準を合わせて小弓を構えたまま、老人はきれいな正イリー語で呟いた。
「なかみを、見たのかね」
「……見て、読んだよ」
じっと見据えたまま、コシュクアは答えてやる。
「うしろの彼女もかね?」
「……」
「それでは、二人とも生かしてはおけない」
――……隙のねえじじいだな……。この至近距離じゃ、ちっときつい。
さすがの親分も、危機を感じた……その時である。
「おやめなさーいッッッ」
ずどーんとした気合一閃! 岩窟内がびりっと震える勢いで、フォドラが怒鳴った。
ずどんずどんと進み出て、コシュクアの真横に立つ。
「わたしの旦那さまに傷をつけたら、ただじゃおかないわよッ。あなた、すぐに弓をおきなさいッッ」
老人は変な気がしたが、別に圧倒されたわけではなかった……。しいて言うなら、並んだ男と女の身長差、および横幅差に少々驚愕していたが。
しかしフォドラはそのまま、ぽよぽよ全身を震わせながら、怒気の波動を発した。
「弓をおくのよ、今すぐにッッッ」
いやフォドラ、この状況ではいくら怒ったって無理でねえのか……。親分はやぶれかぶれに、内心で突っ込んだ。しかしその時。
はらりっ!
フォドラの頭の苔色ふろしきが、ほどけ落ちてしまった。
ふわーん!!
自由を得た超弩級ふわもこ白金髪が、もりもりもりっと膨らむ。それを目にした老人の全身を、衝撃がかけ抜けた!
がこーっっ。
老人は小弓を下ろし、口を四角く開けて叫んだ。
「なッッ……! ひ、ヒベルニャ様ぁぁぁ!? 何で殿下が、ここにぃぃぃ!?」
「お・さがりなさーーーいッッッ」
たたみかけるフォドラの怒声に、老人はわなわなと震えだして一歩、二歩、後じさりを始める。
からん……! 小弓が地に落ちた。
「お、お、お許しを……っって、ええええええ!?」
わけのわからない展開! コシュクアは度肝を抜かれたが、敵のじいさんはそれ以上に混乱しているもようだ!
途端、ぐいっと腕をつかまれて、コシュクアは走り出した。
「このすきに、逃げるんですのよーッ」
「そうだなフォドラ、……って何で岩窟の奥へ走るんだぁぁ!? こっちじゃどん詰まりじゃねえかよッ」
「うぬう、そうですわねッ」
引き返さなくては、……二人は同時に思ったのだが、残念ながら一瞬遅かった。
ふわり……!
急に足元の感覚がなくなる。
「へ」
「きゃっ……」
ずーーーん!!!
斜めに落ち窪んだ坂下の岩窟へ、ふたりは思いっきり滑り込んでしまったのである……。