01 それは一目惚れという名の奇跡
ぎ・・・ら――んッッ!!!
ふくよかなる丸顔、その中央にぎんぎら煌めくみどり色の双眸をもって、フォドラは自分の真正面をにらみつけた。
彼女の鎮座する箱馬車の前窓、御者がすたこら逃げてしまったから視界が広い。
街道のど真ん中でいきなり足を止められ、車に括られた二頭の馬たちはきょとんと困惑している。……ちょうどその間、道のずっと先に、濃いばら色外套を羽織った長身の男の姿があった。
ぎ・・・ら――んッッ!!!
フォドラはそいつを、にらみつけているのだ。
しんこきゅう深呼吸すーすーはぁ、……フォドラは膝の上で握りしめていた両手を引きはがし、座っている席の太もも脇に置いた。押し出す、降りようと思う。
彼女は小柄である、横幅は壮大だけど。ふらふら宙に揺れていた両足が、それで車の床についた。どしん……。
「おーい、親分! 後ろの積荷は、だいぶん目方がありそうだよう」
「護衛のいない割にゃ、なかなかうまいかもだったんかな」
今回のみの雇われ御者同様、フォドラの両脇に座っていたとしまの賃貸侍女たちも逃げて行ってしまったから、馬車の扉は左右どちらも開け放たれたままだった。
そこから、耳に慣れない話し声が入りこんでくる。
がらがら、とろとろしたふしぎな抑揚……正イリー語じゃあない。ことばとしては同じなのだ、けれどイリー貴族のフォドラには意味のつかみにくい、潮野方言というやつである。
「……げぇっ!?」
ゆったり、ゆっくり、馬車の右側から外に出たフォドラを見て、驚きの声があがる。
さっと見渡せば、十人以上のもさもさした男たちが、馬車を取り巻いているのがフォドラにもわかった。黄色、むらさき、水色……。皆はでな柄ものの上衣を着ているが、袖なし毛皮を重ねて山刀を構えているあたり、何をどう見たって本物の盗賊である!
「ちょ……ちょっと皆ぁ、まだ中に残ってたやつがいるぞうッ」
「えーッ!? 馬車ん中に隠れとったんか、……なんだ、こどもだ!」
「いいや、娘だ! ……何つう、かさばった娘っこだ!?」
言いたい放題の驚愕を、フォドラはまるきり無視する。つかつかつか……馬車を回り込んで、前へ前へと歩いてゆく。
ぎ・・・ら――んッッ!!!
フォドラは、ばら色外套の男から目を離さなかった。……ひたすらひたすらがんを飛ばし続けて、ついにそいつの五歩ほどてまえに、ずどんと立つ。
近くで見ると、男はさらに背が高かった。
よけいなものを皆そぎ落としたような筋ばった顔つき体つき、頭髪まで剃ってあって坊主に近い。
両頬に切れ込みのように入れてある、ひげだけがくっきりと濃かった。
そいつがきょとんとした顔で、ようやくフォドラに気づいたように首をかしげる。
「……逃げなよ、嬢ちゃん? 俺ら山賊だぜ」
ふわぁん。やわらかい風が吹き抜けた。
男のばら色外套の前身頃がめくれて、裏地のど派手な花柄もようが一瞬かいま見える。
やはり風にあおられて、もわーんと自分の顔の前に流れた超弩級・大容量ふわもこ髪の中から、フォドラはそれをすかし見た。
……白金色の網のなか、血潮みたいに赤いばらの大輪が、フォドラの目にやきつく。それが彼女を後押しした。
にこっっっ!!
フォドラは笑った。男にがんをくれたまま、……いや違う。フォドラは彼を見つめているのだ、視線でからめ捕ってぜったい逃がすまい、と息巻いている。さらにつかつか、近くへ歩んだ。
「逃げねぇの?」
山賊親分はふしぎそうに聞く。切れなが褐色の瞳には、悪意なんてない。
一方のフォドラには、自信しかなかった! 彼女は言い放った――
「あなたが好いわ!!! よろしくねッッッ」
がこんッッ!
正イリー語を解する親分は、誰よりも早く、口を四角く開けた。
「わたし、デリアドへお嫁に行く途中でしたけど。あなたのところへ、ゆき先を変えます!」
ぽよんと幅広な体の底から、誰にだってくっきりはっきり聞こえる声で、フォドラは堂々宣言した。
それでようやく残り一同も、この妙ちくりんな娘が言ってることの意味をつかむ。
理解するとともに、がこん・がこん・がこがこがこーん……、次々と口を四角く開けていった。
「わたしはフォドラ・ニ・マトロナ。すてきなあなたの、お名前は?」
むさ苦しい山賊一味の環の中心、ばら色親分の前で満面の笑顔を咲かす、ぽっちゃり令嬢。
奇跡みたいなひと目惚れに、フォドラは全力で挑む覚悟を決めていたッ!