28Years old
「本日を持ちまして、空想未来図 は解散とさせてもらいます」
ボーカル兼リーダーの為末が、メンバーの練習場となっている倉庫でそう宣言したが、私を含めて誰も反対する者はいなかった。
空想未来図は、ボーカル兼リーダーの為末、ギターの私、そして、ドラムの本田に、ベースの山口という構成だった。元々、高校の同級生だった私たちは、当時の深夜アニメの影響から音楽を始めた。卒業後もそれぞれ別の進路に進んだが、それでも、空想未来図というバンドが私たちを繋ぎ、高校卒業からの絆という形をとっていたのである。
しかし、空想未来図のメンバーとして、私たちは高齢になってきた。28歳だ。
いい加減、転機を考える時期でもあった。特に、音楽家にとってみれば、28歳というのは、一つの節目だ。ジミ・ヘンドリクスや、カートコバーンなどといった27歳までに死んだ音楽家は、そこまでに著名な音楽家となってきていた。それに対して自分たちはどうかというと、YouTubeでの再生回数もそんなにいかない、しみったれたバンドである。
もっと言うと、為末も結婚を控えているし、山口も本田も仕事で地方への転勤が決まっていた。
もう、音楽をどうこう言っている年齢じゃない。
「どうするんだよ、平野は」
倉庫の丸椅子に座ったまま、山口が私に聞いてきた。実際の所、私だけバンド解散に不服だったのだ。実際、私は結婚の予定はない。かといって、仕事が順風満帆ということもない。小さな会社で、椅子とスーツを磨くだけの仕事をしているようなもので、昇進も転勤の予定もない。
わざわざ解散という選択肢が自分の中になかった。
しかし、だからと言って、他の三人の事を考えると、解散をしなければならないというのもわからなくもないのである。
「どうすっかなぁ。考えているんだけど、今は特に」
そう、お茶を濁すように私が言うので、他の三人も深くは追及してこなかった。心配してくれているというのもわかるのではあるが、お互いに、何ともできない問題でもあるので、手の出しようがなかった。それに、バンドを解散したからと言って、今すぐどうこうという話でもない。
私たちはそのまま、各々の楽器を倉庫から取り出して、家路についた。
それから、しばらくの間、解散した後に集まることはほぼなくなった。が、それよりも、私を悩ませたのは音楽への情熱が冷める事がなかったことだ。しかし、かと言って、一人でするのも嫌だった。さみしかったといえばそうでもあるが、一つは、28歳になっても音楽をやっているというのが、負い目に思えてきたのだ。
28歳になっても大してぱっと成功していない自分。
そんなのが音楽をやって意味があるのか。
そういう悩みが胸にあった。
だから、旅に出ることにした。幸いにも有給休暇が非常に貯まっており、それを消費するというのもいい口実になった。一年間の間に五日間以上は有休を消化しなければならないというのもあり、一挙に今まで貯めに貯めていた有休を一挙に消費することとしたのだ。
旅先として選んだのは、どこか適当な国だった。別にどこか目的地として行きたい場所があったわけではない。
「あんた観光客か? なんでこんな辺鄙なところに、ライブハウスなんてねーぞ」
タクシー運転手や、小さな個人店、どこかしこで、そう聞かれるたびに、笑って誤魔化した。こんな旅先までギターを持ち歩いているので音楽家だとは思われているのは間違いなかったが、それが幸いしたことは一度もない。一度、音楽家っぽく、昔とった杵柄というように路上で弾いて小銭でも稼ごうかとも思ったが、そううまくはいかなかった。
空っぽの空き缶を見て、こんなものか、と肩を竦める。
そんな風にその小さな町で休暇を過ごそうと思っていた。
ちょうど、海辺のゴミの堆積場を通った時だった。一人の子供が、ゴミの山に登っていたのが見えた。ただ、それだけであれば、とくに私は気にも留めなかったと思う。しかし、そのゴミ山から子供がギターを一つ、引っ張り出したのを見て私は、足を止めた。
子供はそのギターをぽいっと捨てるわけでもなく、あれこれ、弄り始めたのだ。
「なにやってるんだ?」
私は、ゴミ山から下りてきたその子供に聞いた。
子供は私に対して、少しだけ距離を置くような態度をとったが、私が手に持っているギターをみて、ちょっと警戒を解いた様子で、自分が持っているギターを見せてきた。見せてきたギターはボロボロで、なるほど、ゴミ山から出てくるにしては納得の物である。もっとも、特に目立った傷もなく、弦が切れているだけで、日本の中古ショップに出せばいい値段になるだろうなとも思った。
「あの、ギターを弾きたくて、で、ゴミ山漁りしてたら見つかったから、持って帰ろうと思って」
「弾き方はわかるか? 弦は? 見せてみろ」
子供は短パンのポケットから弦の束を取り出した。おそらく、ゴミ山から見つけたのだろう。
それを悪戦苦闘しながらギターに張ると、子供は覚束ない手でギターを弾き始めた。
「どう?」
「まずは、弦をしっかりと抑える事からだな。ちょっと借りてもいいか?」
私は子供からギターを受け取ると、腰を下ろして、構えた。手本としていくつか曲を弾いてみると、子供の顔がみるみる明るくなる。最初にあった警戒心は吹き飛んだ様子であった。
「どうすればうまくなるの?」
「練習だな。練習しかないさ」
子供に対しては無慈悲な言葉でもあったが、上手く隠して伝える事もできない。
そっかぁ、と、子供が肩を落としているのをみて、私は申し訳なく思った。
「だけども、大丈夫さ。こう見えても、お兄さんも昔はダメダメだった」
「おじさんも?」
「お兄さんもな。だけど、一杯練習して、上手くなったんだ。友達と一緒に練習してな」
そうだった。
やはり、私は音楽が好きだ。だけども、それよりも、やはり、あのメンバーと練習した日々が好きだったのだ。しかし、いつかはそれを捨てて、前へと歩く必要があるのだ。ずっと同じではいられないのだ。
「そろそろ帰るよ」
私はそう言って、ギターを子供に返した。
「うん、おじさんありがと」
「お兄さん、な」
子供と別れると、タクシーの運転手から声をかけられる。タクシーに乗り込みながら、私はぼんやりと考えていた。あの子供はどうするのだろう? ゴミ山から出てきたギターはどんな運命を辿るのだろう? またどこかで買い直されて使われるのか? それとも……いや、やめようと思った。考えたところでしょうがない。きっと、音楽が好きなら、まだ続けるだろう。
日本に帰ってすぐに、私は、かつてのメンバーへと連絡を取った。
「バンドとしてじゃなくて、ときたま音楽をやろう」
それが、私の落としどころ。