第1話(1)「雷の尖兵」
前回までのあらすじ
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ミッシングリンク級の最新技術「グラスサーキット」
新たなエネルギーを無尽蔵に作り出せるこの技術を手に入れた人類は、人口爆発によって起こっていたエネルギー問題を解決し、平和な未来を手に入れるはずだった
だが、そんな人類に待っていたのは「首都東響を覆う謎の巨大濃霧の発生」と「正体不明の巨大な何か」であった
作戦本部の中にある通信型操縦機内で待機していた「俺」に向けて、作戦管理をしているオペレーターから通信が入る
「きみのコードネームは『ソレイユ』だ」
「コードネーム了解、待機続行します」
コードネームは「太陽」か
霧を晴らすという目的から付けられた名前だろう
作戦本部にブラックボックスを持ち込んだのが12時間前
共同作戦が上手く伝わっているなら、そろそろ解析と起動準備が終わっている時間だ
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1ヶ月前
すでに東響は濃霧のせいで視界を失っており、人が住める場所じゃなくなっていた
当時の俺は救助旅団の部隊に加わり、霧の中で遭難し取り残されていた人々を救出していた
住民にとって唯一の救いは、東海道新幹線と北陸新幹線の線路が生きていたこと
それのおかげで、用意された臨時列車によるピストン輸送で大量の人々を霧の外に運ぶことができた
だが、それが続けられるのも時間の問題だ
緊急措置として首都を移した遷台は設備が十分ではなく、いつしか受け入れ人数に限界が来るだろう
また、救助中に霧の中で幾度も見た「アレ」らが人を襲わない保証などない
そんな不安な日々のなかで、名護矢に狂撃用の作戦本部が作られたと聞いた時、俺はすぐに異動要請を出した
いくつもの検査と適性を得て、半月後に正式な異動の許可を与えられた
そんな俺に政府が与えた最初のミッションは、脱出する人々に紛れ込みブラックボックスを名護矢まで届ける事であった
そして、名護矢に到着後、迎撃用の特殊ミッションに参加することであった
そのミッションの名は「ビルロボ多重リンク式防衛戦闘」
俺がこれから参加するミッションだ
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「起動準備、完了しました」
「作戦本部、スタンバイ」
再びオペレーターからの通信が入る
「こちらコードネーム『ソレイユ』、依り代の指定を頼む」
「了解しました。依り代『マナちゃん人形』起動します。高速具『セイブ』解除!」
視界が暗転し、『依り代』であるマナちゃん人形に身体の感覚がリンクされる
5mあたりの高さに視野が移ると共に目の前にあった天井が持ち上がり、拘束具が解除されるのがわかった
マナちゃん人形は全長5m程度の白い肌を持つ巨大な人形で
平和な時には様々な衣装で飾り付けられていたという名護矢のマスコットだ
かつて名護矢に来た時に見た事を思い出した
「依り代」として使われるようになるとは思わなかったが
「右に進んでください。モニター上に開始場所が表示されてます」
オペレーターの指示で全身白色の巨人の身体をビルに隣接する道に移動させる
視線を下に移動させると、道端には多くの人々がこちらを見上げていた
それを自衛隊の戦車や兵士たちが制止、道路に入らないようにしている姿が見える
その道路中央には4車線をまたいだ巨大な鉄の床、カタパルトのようなものがあった
「カタパルトが見えますか?その上に移動してください」
「了解です」
慣れない体躯をなんとか維持しながらカタパルト上に移動し、次の指示を待つ
「搭乗確認しました、これより融合起動シーケンスに入ります」
グラスサーキットが起動する時の独特の音が響いてくる
目の前の道路に沿って光の道が浮き出す
その光の道の先には「飛翁」という名のオブジェクトが見える
「飛翁、高間氏屋ビル、グラスサーキットシステム連動起動」
かつては単なる駅前シンボルであったが、今では起動のキーとして作り替えられていると資料にあった
それが輝くのに連動して、その左側にある巨大ビルの壁面にグラスサーキット特有の緑色の光が浮かび上がってくる
両者の間にその光が橋渡しされる
「ブラックボックス、平行起動開始」
「カタパルト安全装置解除」
「融合起動シーケンス開始します」
複数のオペレーターの矢継ぎ早な報告が続いた直後、カタパルトが発進し視界が一気に前に進んだ
その直後、飛翔によりマナちゃん人形ごとエネルギー変換され、俺はそのままターミナルビルに吸い込まれた
「相転移エネルギー濃度上昇、加速開始、130、600、8000」
「グラスサーキット稼働率100%」
「名護矢ロボ、起動します!」
名護矢の駅前ランドマークタワービルこと「高間氏屋ビル」が空中に持ち上がり、各部が一斉に変形を始めた
上部にある2つの巨大な塔部分は分解からの再構築で腕や上半身になり、ビル本体部分は分かれて胴体と足になる
2つの塔に囲まれた場所にコクピットとなる顔が形成され、細かい部分が調整、形成されていく
数十秒後、空中に姿を現したのは、人の形を模した巨大なロボであった
これがブラックボックスによる「グラスサーキット配列組み替え」を利用して作られる
巨大ビルを基礎として作られる巨大ロボ
通称「ビルロボ」こと「名護矢ロボ」である
完成されるビルロボの形状と大きさ、機能や特性は、元のビルが持つ性格によって変化する
また、外壁のデザインは元のビルと同じものがそのまま採用される
そのため、全体の形状こそ人型だが、壁面の特徴を見ればどのビルがベースになっているか、見慣れた者からすればだいたいわかるという
「すげぇ」
そう漏らす俺の今の視界は、地上から50mくらいの位置にあった
名護矢の周囲にある山脈まで一望できる高さだ
北には巨大な楕円形のマンションが、東には尖ったガラスの塔が見えた
「素体が巨大な高間氏屋ビルだからね。このくらいの高さに形成されるよ」
無線から聞き慣れない声が聞こえてくる
「あんたは?」
「プロフェッサーと呼ぶといい、今はこっちの方がわかりやすいだろう」
プロフェッサーと名乗る独特な声の老人は話を続ける
「制御システム全般はわしら科学チームがバックアップしている。兵器班とは異なるから、武器についてはそっちに聞いてくれよ」
「その兵器班ですが、駆動テーブルの起動に時間がかかってます。しばらく時間をお願いします」
続けて入ってきた兵器班の通信が終了すると、視界端に「NO AMMO」や「WAIT」という文字が浮かび上がってきた
ビルロボ自体の様々なステータス情報は、外部の機関と連動して使用するシステムのようだ
「ところで「敵」の位置は?」
兵装が起動できない状態での接敵は危険すぎる
俺はオペレーターに早急に情報を求めた
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作戦指令室のメインテーブル
「実際に見てみると、異様なものだな」
「ええ、衛星の探知では位置しかわかりませんでしたが、アレらは霧の中で動いているものだけで100体以上は確認されています」
総合作戦室のテーブルに座る『作戦本部長』に対し『作戦補佐官』が追加情報で答えた
目の前の壁に掛かったスクリーンには、霧から出て名護矢に向かっている「敵」の姿が映り込んでいた
「こちらに向かってる奴は、ランドマーク級か」
「ええ、外壁から推測されるベースは『芯熟都庁』だと思われます」
『オペレーター長』が『作戦本部長』の質問に素早く答える
画面に映っていたのは、肩に2本の巨大な塔を背負った人型の巨大ビルロボであった
臨時指定名『都庁ロボ』
肩に背負った塔の上にはそれぞれに巨大な鐘が吊り下げられており、その鐘を使った爆音を鳴らしながら「都庁ロボ」と名付けられたそれは、霧を出て登与多市東部に差し掛かりつつあった
超重量の巨体が歩を進めるたびに、足元の地面がえぐられ破壊されていく
かつて巨大工場地帯と言われた場所も、それの進軍が引き起こす地鳴りで各地に崩落が発生した
「やかましい奴だ。ゴングを背負っての登場か。戦いの始まりを宣言に来ているようだな」
「あのビルを尖兵にするとか、連中、東響をすでに支配した思ってるんでしょう」
「ふざけた連中だ。ブラックボックスを扱えるのは、もはやお前たち側だけではない」
「ビルロボによる迎撃を開始する。総員、持ち場にて待機」
作戦本部に戦闘開始の緊急警報が鳴り響いた
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名護矢ロボ
コクピット
作戦オペレーターから通信が入る
「迎撃作戦開始です。敵の現在位置は登与多市東部エリア。距離があるので移動にはスラスターを利用します」
名護屋ロボの脚部分の外壁、グラスサーキットの組み込んである窓が青く光りエネルギーを作り出す
これにより浮力と推進力が生み出され、ビルロボの空中移動が可能となった
また、ビル各部の窓が連動して推力を発生することで、空中の姿勢制御も可能となっているという
ビルロボの最大の特徴は、外壁に並ぶ窓の連携によって様々な効果が発揮できること
グラスサーキットを組み込まれた窓それぞれが独立した機能を持ち、連携することで様々な効果を発揮する。また、窓そのものがエネルギーを生み出していて、破損した部分の再生も窓が担当する。
つまり、窓ガラス自体が無事ならビルロボは何度でも復活できるということでもある
その代償に、ビルロボはエネルギー源も各種機能もすべて外側にむき出しとなっている
こういった普通の戦闘用機械は内部に重要な機関を配置して保護しているが、ビルロボは素体となるビルを外壁が支えるという外骨格のような構造になっている
これはグラスサーキットの技術自体が「ガラス面に仕込まれた技術」のため、内側に配置することができないためだ
高速で再生でき、行動をサポートする能力を持った、命を支える鎧をまとった巨大な建築物ロボ
彼我の衝撃に対してどこまで耐えらえるかは未知数だが、これについては相手も同じだ
「登与多市までのルートを」
「移動ルートのデータ送信。敵の予測迎撃範囲も表示します。注意を」
「兵器班だ。兵器制御テーブルの設定が完了した。兵装データは視界コンソールに追加しておく」
視界の端に並んでいた「Wait」状態の兵装が「Active」に変わっていくのが見えた
「了解、移動を開始する」
視界に表示された移動ルートにそって飛行していく
このままいけば接敵するのは5分後の計算だが
「敵の攻撃が来ます!予想射程をはるかに超えています」
オペレーターの叫び声と共に警告アラームが鳴り響いた直後、東の地平線に見え始めていた敵の両肩が光を放ち始めた
「あいつ、この距離で来るのか!?」
「兵器班!」
「すぐに減衰値を計算しろ!防御フィールド展開!」
都庁ロボの両肩に突き出た塔型の部分に光が点灯した思った瞬間、名護矢ロボに向かって強力な電撃が着弾した
シールド展開が間に合わず、胸部の窓ガラスが数十枚吹っ飛ぶ
視界内に「GS破損:20%」「簡易型リカバリー開始」の文字が浮かぶ
被弾から数秒後、敵のいる方から爆発音のようなドーンという音が伝わってきた
「高度を下げろ、敵が使ってきたのは落雷兵器だ」
「こちらの飛行位置の高さを利用して、距離を稼いできたようです」
「高く飛ぶんじゃない、狙われるぞ」
兵器班から矢継ぎ早に解析情報が入ってくる
すぐにスラスターを停止しすぐに地上に降りたが、衝撃で地上の建物がかなり倒壊することになった
オペレーターが着地地点を無人エリアに誘導していなかったらどれほどの被害が出ていたかと思うと、ビルロボの巨大さが持つデメリットの恐ろしさが理解できた
だがそんな俺の考えに関係なく、こちらが動けなくなったのを見た都庁ロボは再び歩みを始めた
その巨大な重量によって、足元では地面が大きくえぐり返されているのが遠目でもわかる
名護矢から東響までの間に長大な無人エリアが用意されていた理由が、今更ながら理解できた
「兵器班!このロボに遠距離兵器は用意されてないのか?」
「ブラックボックスの構成データを確認中だ。あるにはあるが、相手の方が射程が長い」
「いま立ち上がれば落雷兵器の餌食というわけか」
「ブラックボックスのデータをひっくり返せ!なんとかできないか探すんだ」
無線の向こうから兵器班の焦りの声がいくつも響いてくる
こちらが持ち込んだ未知のブラックボックスを短時間で無理矢理解析してもらってる状態だ
急かすようなことは言えない
最悪、敵の攻撃が連発できないと予想して、ある程度の犠牲を覚悟して近づくしかないのか?
そう俺が覚悟を決めた時、兵器班から再び通信が入った
「いい方法を思いついたぞ!」
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続く
次回予告
奴を尖兵と侮ることなかれ
霧の向こうから最初に現れたのは弱き斥候などではなく
特級の火力を持ったランドマーク級ビルロボだった
巨大な体躯を逆手に取られ動きを封じられる名護屋ロボ
だが、奴を名護矢に到達させるわけにはいかない
次回「あらゆる場所に味方はいる」
この世界はまだ、この世界に何が起こっているのか、理解できずにいた