最終話 アイと魔王と
私の名前はショヒー。
魔王様の側近で、色々な仕事を日々こなしています。
そんな今の私はと言いますと、仕事を終えた魔王様、そしてアイ様のお二人と共に帰りの馬車に揺られています。
ちなみに変身を得意とする魔物のゲーン・ヘーンは、どうやら国に残ってしばらく国王のフリをするらしいです。
そもそも魔王様は国を破壊しようとは思っていませんでしたし、悪かった国王以外の国民達の日常生活を維持したかったようです。
そしてしばらくは国を裏から改善させていく意図もあるみたいですね。
「魔王様、改めてご苦労様でした。
アイ様も疲れて眠ってしまわれたようですし、魔王様もゆっくりして下さいね」
「おいおいシャヒーよ・・・お前がそんな仕事の出来ないヤツだとは思わなかった」
え・・・?
突然の魔王様からの無能扱い。
ここまでの私の仕事は完璧だったはず。
一体何が魔王様は気に入らなかったのでしょう?
何も思い当たりませんが・・・。
「シャヒー、なぜ君は城の執務室に来なかった・・・?」
「執務室・・・。あぁ、それは私に出来る事がほとんど無かったですし、ゲーン・ヘーンも居たので問題ないかと思いまして」
「なるほどな。だが残念ながら君にも出来る事はあった。
ていうか、一番居て欲しかった」
一番・・・?
魔王様が私を一番と言ってくださった!?
それって、もしかして・・・。
「君がカメラを持ってきていれば・・・いれば・・・。
アイちゃんの色んな表情が撮れたんだよおおおおお!!?
おい!!あの瞬間はあの瞬間にしか味わえないんだぞ!?!?
君はあの、かけがえの無いアイちゃんとの時間がいかに貴重なのか、分かってなさすぎるよ!!
あぁぁああ帰って録画した映像8000回は見返したかったのにいいい!!」
「・・・・・・」
「しかも君は、さっき俺に”ゆっくりして下さい”って言ったよな!?
今!目の前に!眠ってるアイちゃんがいるのにだぞ!?!?
アイちゃんの寝顔を見ずに、俺にゆっくりしろって言うのか!?」
「魔王様、そんな大きな声を出せばアイ様が目を覚ましてしまいます。お静かに」
「お、おーん・・・」
一瞬でも期待した私が馬鹿でした。
期待って何を?それは分かりません。
はぁ、何か急に疲れてしまった。
私はこのロリコン魔王にいつまで振り回されてるのだろうか・・・。
「もういい、過ぎた事をグチグチ言っても仕方ない。
僕の城につくまで寝顔をゆっくり眺めておくよ」
「アイ様の教育に悪いので、できればやめて頂きたいです」
「寝てるのに悪いってどういう事!?
僕の目から変な物質出てるってコト!?」
「気付いていただけたなら、なによりです」
「ひどいや・・・グスン」
「いい大人が口でグスンとか言わないでください。ヘドが出ます。
あ、さすがに今のは失礼すぎましたね。訂正させて下さい。
ゲロが出ます」
「いや悪化してない?
ヘドからゲロって、悪化してない??」
はい。
またいつもの、くだらないやりとりです。
魔王様はかまってちゃんなので、こうやって私が相手してあげないとスネるんですよ。
まぁアイ様に悪影響が及ぶぐらいなら、私が魔王様の相手をするのはまんざらでもありませんけどね。
それより、聞いておかないといけない事があったんでした。
「ところで魔王様、今後どうするおつもりで?」
「今後・・・?なんの?」
「とぼけないでください。アイ様を城に連れ帰る事、そしてこれからの旅の事です!
身寄りのないアイ様を城で一時的に養う事には賛成しますけど、ずっと暮らすという訳にもいきません。
なにより魔王様は、子供に呪いをかけた犯人を見つける旅に出られるのですよね?」
「そのつもりだよ?」
「なら彼女の面倒は誰がみるのですか?
魔王軍は人員不足で、子供を育てる余裕がある魔物なんていませんよ?
なによりアイ様の魔力は強すぎます。
それこそ並みの魔物であれば、近づくだけで気を失うほどの魔力を持っています」
「うーん、確かにそうだね。
彼女は気付いていないけど、その辺の成人した勇者よりかは遥かに強い。
息をするだけで魔物に悪影響を与えるほどにはね」
「分かっているなら話は早いです。
そうなると一日中ヒマで、彼女の攻撃にも耐えられる魔王様しか面倒を見られる魔物がいません。
もちろん魔王様の言動は教育に悪いですが、それ以上に物理的な問題が多すぎるんです」
「うーん、こりゃ大変な事が一杯だね。ハハハハ!」
真剣な話をしているのに、全くこの人は・・・。
しかし実際問題、これは結構深刻なのだ。
そもそも魔物と勇者が持つ魔力は根本から違っており、お互いが強く反発するように出来ているのだから。
「そうなると魔王様は選択しなければいけません。
アイ様を城で養った後に旅に出るのか、それとも・・・」
「アイちゃんを連れて旅に出るのか、だろ?」
「はい・・・」
何年も魔王様の目を見ている私には分かる。
もうこの人の中では答えが決まっているのだと。
「・・・連れて行かれるおつもりですか?」
「そうだね、それが最適解だと思ってる。
少しだけ真剣な話をするけど、アイちゃんは異常すぎるんだよ。
可愛さが異常ってのもあるけど、魔力はそれより遥かに異常だ。
きっと力の使い方を知らないまま成長すれば、自分の力で自分を殺す事になるだろうね」
「はい・・・」
「なら僕が彼女のそばで、力の使い方を教えるのが一番安全だと思うよ。
それに、彼女自身も強くなって誰かを救いたいという強い思いがある。
僕はその為に正しい方向を指し示してあげないとダメだと思うんだ」
「そこまで考えられていましたか・・・失礼いたしました。
相変わらず魔王様は本心が読めません」
「本心?本心はアイちゃんをずっと近くで観察したいだけだよ?」
「前言撤回します。アイ様から離れて下さい」
「ハッハッハ!冗談だって、もう!
はぁ・・・。とにかくこれは、もう簡単な問題じゃなくなってるんだよ。
そのために、早く犯人を見つけないといけない。
多くの子供を苦しませる、この呪いをかけたクソ野郎をね」
「おっしゃる通りですね」
この人は初めから分かっていたのだ。
この”事件”は、とっくに楽観視できるラインを超えてしまっている事に。
なら私に出来るのは、この方のサポートに全力を尽くす事だけですね。
「その犯人が、魔王様が異世界に戻れるカギを握っていればいいですね」
「ん?あぁ、確かにそうだね。
きっと握っているさ。今までこんな事無かったし」
「"ニホン"に戻る事ができたら、まず何をするんですか?」
「またその質問!?どれだけ日本の事気になってるんだよ。
だから毎回言ってるように、ち○かわの2巻以降をイッキ読みするって決めてるの!
何十年も、ち○かわ第1巻を読み返し続けている俺の身にもなってくれよ」
「私には、その作品の魅力が分かりませんので・・・」
「まったく、これだから異世界の人間は」
「ふふ、申し訳ございません」
「まぁアイちゃんの面倒を見ないといけなくなったし、まだしばらく帰れそうにないけどね」
そう言って魔王様は、馬車の外に広がる草原を何も言わずジッと見つめるのだった。
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ご愛読ありがとうございました。