⑦凶賊
野営地に戻ったハンスとエレナは、朝食の準備に取り掛かる。しかし、ハンスは妙に落ち着きが無く、エレナの方を気にしては視線を送ってしまう。
(……しかし、まさか俺の下半身にティーガーの砲塔が付いている、なんて言えんよなぁ……)
もし、その事が露呈したら……エレナはもう二度と彼の事を、まともな人間として見ないだろう。ハンスから見れば、年の離れたか弱い女性でありながら、不慣れな環境に於いて唯一の理解者であるエレナが、
《……えっ!? ハンスさん、何ですかそれ!! 場所も場所な上にセンシャって何なんですか!? あー、それより先にちょっと離れて、ついでに近付かないで貰えませんかぁ?》
と言いながら、自分の事を地面に落としてしまったパンに向ける目で見られたら、流石にかなり耐え難い。だがそんな複雑な思いに沈み込むハンスに対して、エレナは全く違った感情を抱いていた。
(……ハンスさん、何か隠していますが、一体何なんでしょう……)
そう、エレナはエレナなりに彼の変調を感じ取っていたのだ。それには歴とした理由がある。エレナとハンスは曲がりなりにも【獣従士と使役獣】の間柄で、獣従士は使役獣の様々な能力を五感以外の感覚で理解する事が可能なのだ。
但し、ハンスの【ティーガー重戦車の砲塔】がどんな役目を果たすのかは、彼女の理解力を遥かに上回っていた為、何となく凄い攻撃が出来るんじゃないか、程度にしか判らなかったが。
まさか、ハンスの股間……いや、下半身に取り憑いている砲塔から砲弾を発射して目標を撃破出来るなど、人里離れた村で育ったエレナには全く想像出来ないし、そんな知識を上書きされる機会は皆無だろう。
……因みに、エレナの感覚的な認識は、ハンスのヘソから下に【モヤモヤとした高い魔力の塊】が有る感じである。つまり、お互いに互いを意識していた上、その根源も場所を同じくしているのだから、実に気まずい。
「……さあ、そろそろ出発しましょう」
「ええ、そうですね」
昨夜の高揚した食事と違い、口数の少ない朝食を終えた二人は、そそくさと荷物を纏め野営の痕跡を消してから、再び旅路に戻った。
危険な動物は居ない、とエレナは断言していたが、それは全ての生物には当てはまっていなかったらしい。
二人が街に近付き、旅程も残り半日程になったその時……エレナの後ろを歩いていたハンスは、彼女に近付くと囁くように呟いた。
(……真っ直ぐ前を見たまま聞いてくれ、俺達の後から四人、徐々に距離を詰めて来る奴がいる)
その言葉の意味を何とか理解したエレナは、前を向いたまま静かに小さく頷いた。
(……合図したら、真っ直ぐ走って右の森の中に逃げ込んで来れ。絶対に振り向かず……)
そう呟いたハンスが、少し間を空けてから彼女の肩を軽く叩く。それが合図と気付くや否や、エレナは出来る限りの速さで走り出し、ハンスは一呼吸置いてから振り向いた。
「……ちっ、面倒掛けねぇなら、楽に終わらせるつもりだったのによ……」
道の真ん中に立ち塞がるハンスから数歩離れた場所に、二人を追って来た男達が四人現れ、先頭の目付きの悪い男が吐き捨てるように呟いた。
「……戦闘規範、なんて無いよな……こんな状況には……」
対するハンスはと言えば、自分が銃を持っていない事を改めて惜しみながら、唯一手元に有る腰元の短剣(突撃ライフルの先に付ける支給品)に触れ、不正規戦闘に備えて足首を回していた。
「なあ、あんた。どっちみち街まで行けばいいんだろ? 何も全部置いていけとは言わないからよ、適当に残して逃げるなら……」
そう語り掛ける男の手には、ハンスの短剣より長さの有る剣が光り、後ろの三人も同様に抜き身の剣を構え始める。
ハンスはその剣呑な様子を眺めながら、自分の立場が塹壕戦時代に逆戻りした事を肌に感じつつ、久々に肉弾戦に挑む状況を改めて意識する。
「あー、回れ右して帰るならほっとくが、来るなら……たぶん殺すと思う」
ハンスがそう言うと、四人の野盗達は相手が鎧も着ていない事は理解していたが、まさか真正面から立ち向かってくるとは予測しておらず、若干気圧される。しかし、四対一の有利を跳ね返せるような手練れには思えない。
こうした状況に慣れている先頭の男が、何も言わず鋭い突きでハンスの右肩を狙った瞬間、男の右側に身体をずらしたハンスが左手で剣を払い、親指をヒルト(鍔の上部)に添えながら喉元に押し当て、頭頂目掛けて突き上げた。
「……っ? ぐおっ……」
眼球を裏返しながらゴボッと血を吹いて唇から滴らせ、男が膝を突くのとハンスが一歩踏み出すのは同時だった。
「こ、この野郎っ!!」
「……本当に殺しやがった!!」
どうやら最初の男以外は戦いに不慣れらしく、二人は叫びながらも前に出ようとしない。ハンスの機敏な動きが見事な不意打ちを成功させたようで、彼は内心でホッとする。
(いや、まさか本当にやり合うなるなんて……物騒な世界だな、ここは……)
エレナの村の雰囲気とは打って変わった状況に、ハンスは舌打ちをするが……同時に自分の内側に沸き上がる暴力的な衝動を、抑え切れなかった。頭の中では争いを否定しているのに、勝手に身体が動いてしまうのだ。
「退けっ!! お前らは左右から斬りかかればいいんだよ!!」
そう叫びながら後ろの一人が割って出て、乱暴にハンスに向かって斬り付ける。どうやら力には自信があるようで、切っ先から身体を退けて難を逃れたハンスだったが、追いかけるように何度も剣が迫り、その度に道の端から端まで動かされてしまう。
「や、やああぁ!!」
その狭間を縫うようにやや気の乗らない声と共に、ハンスの左側から片割れの男が剣を振り下ろし、偶然とはいえ彼の鎖骨と首の間に剣の腹が飛び込んだ。
最悪のタイミングで、生身の身体に肉を断つ一撃を受けたハンスは、どう考えても怪我どころか死ぬだろうと他人事のように思いながら、野戦服の生地を切り裂いた刃先が肌に触れる感触を感じ、死を意識したのだが……
「なっ!?」
男の奇妙な叫びと同時にカンッ! という乾いた金属音が響き、剣が弾かれて元の位置まで跳ね上がった。
「こ、こいつ! 鎧着てやがるのかよ!?」
男の言葉にハンスは何を言っているのか判らなかったが、どうやら自分の身体が剣を弾き返した事に今更気付き、野戦服のほつれた穴を指先で確かめてみる。切り付けられた場所はささくれ立ち、剣が切ったと言うより硬い物同士が激しく当たって潰れたように思える。
勿論、鎧など着ていないハンスは、指先が自分の皮膚に触れて傷一つ付いていない事に気色の悪さを感じ、首筋が逆毛立つ。自らの下半身の事といい、剣を弾き返した事といい、どれを取っても明らかに異常でしかない。
野盗の生き残りがわらわらと退散していく後ろ姿を見送りながら、名実共に自分がティーガー重戦車そのものになった事を実感し、緊張が弛むと同時にえも言えぬ空虚な気持ちに苛まれながら、姿を隠しているエレナの元に向かって歩き出した。




