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⑤ハンスの秘密



 次第に暗くなる森の中を抜けて、ハンスは川に向かって歩いて行く。まだ月明かりが頼りになるので歩くのは困難では無かったが、こんな時はどんなに小さくとも懐中電灯が欲しかった。


 (……それにしても、今まで全く感じなかったのは……やはり一度死んだからなんだろうか。いや、だったらおかしいぞ? ま、いいか……)


 彼はそう思いながら、辿り着いた川の近くで大きな木を背にし、漸く用足しが出来るとズボンのベルトに手を掛けた。


 ……あれだけ酒を飲んだにも関わらず、今の今まで全く尿意を催さなかったのは不思議だが、とにかく早く終わらせよう。そう思い、バックルを外すとそのままズボンと下着を降ろした。





 「……有り得んぞぉっ!? こんな事があってたまるかあああああああぁーーーーっ!!」


 ……月明かりの元、薄い光に照らされながらハンスが見たのは、有るべき場所に有る筈の()()()()の代わりに鎮座する、




 ……見慣れたティーガー重戦車の砲塔と、その根幹を成す88ミリ砲身の、ミニチュア版だった。








 「……いや、有り得ん!! そうだこれは夢だきっと夢なんだ! 起きろハンスッ!! ここはボルドーだッ!! そしてまだ戦車の中なんだぞ!?」


 ふと我に返ったハンスは、月明かりの下で下半身裸のまま、立ってみたり座ってみたり、いや違うかと思いながら立ち上がりバンバンと顔を叩いて目を覚まそうと悪戦苦闘したが……痛みは本物で、下半身のティーガー重戦車の砲塔も本物だった。


 「……なんだ、これは……よりによってティーガー重戦車だと? ああ……どうせならエレファント駆逐戦車が良かったんだが……」


 へたりと座りながら自らの下半身を眺めつつ、くだらない事を考えて呟いてみたが、やはり今の感覚は現実としか思えなかった。裸で剥き出しの尻の下に感じる地面の凹凸は、ざらざらとした刺激を皮膚に与え、その視界の中で屹立する88ミリ砲がハンスの呼吸のリズムに合わせながら、静かに砲身を揺らしている。


 「……これは、有り得んが……とにかく用足しするしかないか」


 と、ハンスは渋々ながら現実を受け入れる事にして、しゃがんだままの姿勢を維持し、用を済ませた。


 「……不思議なもんだが、ちゃんと小便は出るのか……」


 そんな感想を述べつつ、下半身を拭き浄めて立ち上がり、ズボンと下着を上げたハンスだが、突如彼の脳内に聞き覚えの有る声が響き、思わず身を強張らせた。


 《……(ようや)く自身の変化に気がついたか? しかしまだ現実を受け入れられんようだが……それは間違いだ》

 「……誰だ!? ……いや、まさか……そんな筈は……」


 ハンスはその声の主が記憶違いでなければ、様々な状況で常に戦車部隊の先頭に立ち、華々しい戦果と共に広く名を知らしめた戦車兵、ミハエル・ヴィットマン大尉その人だと気付く。


 ……ただ、もしそれが真実だとしても、彼は既に戦死している筈だ。つまり、今ハンスに向かって語り掛けているのがヴィットマン本人ならば、自分も彼も死後の世界に足を踏み入れた動かぬ証拠になるだろう。


 僅かでも生存の可能性を信じていたハンスだったが、改めてその希望を打ち砕かれた彼は、流石に意気消沈してしまう。


 だが、そんなハンスの心境なぞヴィットマンは全く気にする事も無いまま、滔々(とうとう)と話し始めたのだ。


 《……ハンス伍長、君をこの世界に招いたのは、この私だ。まあ、別に誰でも良かったと言えば良かったんだが……》

 《……いや、それはさておき、今の君の状況についてだが……ま、これだけは言っておこう》

 《……使()()()()()()()()()()()()から、慎重に使いたまえ。では、またな……》


 ヴィットマン大尉改め《天の声》はそれだけ伝えると、現れた時と同様に唐突に消えてしまった。



 ……それから暫しの間、ハンスは何も言えないまま、ただ独り中空を眺めていた。


 しかし、やがてゆっくり立ち上がり、ズボンの裾に付いた埃を叩いて取り除くと、その場から立ち去った。




 月明かりを頼りにしながらハンスは、エレナが待つ宿営地に辿り着くと、彼女は既に寝息を立てて眠っていた。


 その無防備な寝顔も、今のハンスがエレナを守らなければ容易く消え失せる。そう思うだけで従軍時には無かった責任感が湧いてくる。


 (しかし……この娘は、この世界に生を受けた住人だ。ならば、もし何かあって死んでしまった時の魂は、何処に行くのだろう)


 そんなハンスの思惑を余所に、安らかに眠るエレナが寝返りを打つ。そして小さな吐息と共に何か呟き、被っていた毛布をグイと顔の前まで引き上げると、微睡(まどろ)みながら再び、眠りの中へと落ちていく。


 そんな彼女の寝姿を横目に、先程は自分の異常な状態に慌てはしたが、ハンスは《天の声(ヴィットマン)》の忠告を頭に刻みつつ、翌朝になったら色々と試してみなければ判らんぞと思いながら、自分の毛布の中に潜り込んだ。





 

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