⑯討伐前夜
ハンスとエド達は討伐を有利に進める策を仕掛ける為、夜目の利かないワイバーンに見つからないよう日が暮れてから開拓村を出た。
「……しかし、思ったより星の明かりが強いぞ……」
「これじゃ、ワイバーンの巣を夜討ちするのは無理だな」
足元の下草もはっきり見える程の明るさに、ハンスは荷車を引きながら空を見上げる。ドイツに居た時より更に明るく光を放つ星々は美しかったが、状況的に余り有り難く無い。だが時間の限られている今は、急いで事を進めていくしかなかった。
「よし、この辺りでいいだろう……」
ハンスがそう言いながら荷車を停め、積んできた荷物の梱包を解いていくと、丁度同じタイミングで夜空を大きな翼を広げながら何かが近付いて来る。
「……あれがワイバーンか、結構大きいな」
ハンスが呟くと、その生き物は地上に居る彼等の姿が見えないのか、何度も旋回してから上昇し、そのまま森の向こうに戻っていく。彼の眼で見て単発のレシプロ戦闘機と同じ幅は有りそうな翼を力強く羽ばたき、あっという間に見えなくなった。
「夜は目が見えないって聞いたが、それでも飛ぶのか?」
「あいつらの序列は人間とは比べ物にならん位厳格だからな、リーダー格に命じられれば逆らえないんだろうさ」
荷解きを手伝いながらアーヴィンが答えると、ハンスは荷物の中から頑丈なロープを取り出して近くの切り株の根にしっかりと縛り付ける。更に他のロープも同じように縛り、持ち込んだロープを全て固定していく。等間隔で合計八本のロープを仕掛け終えると、続けてその先端に四方を縫い付けた皮袋を取り出すと、金具を介してロープの端を固定した。
「なあ、クラウツよ、この皮袋の中にゃ何が入ってんだ?」
「ああ、これか? 木炭と鉄の粉を混ぜたのが少し入ってるんだ」
「……ははぁ、成る程な。阻塞(飛行を妨害する為に飛ばす)気球みたいなもんか」
イワノフの問いにハンスが答えると、理解した彼はそう言って納得するが、
「でもよ、これだけで空に浮くもんか? あれは水素だか何か軽い気体を詰めて飛ばすんだろ。ここにそんなもんが有るか?」
イワノフは首を捻りながら草原に横たわるロープと皮袋を眺めたが、
「勿論、そんなものは無いさ。でも、うちには何でも叶えてくれる女神様が居るだろ?」
ハンスがイワノフに問い掛けると、彼は嫌そうな顔をしながら呟いた。
「……あー、成る程なぁ……判ったよ、俺から頼んでおくさ。その代わり一つ貸しにしとくからな!」
雄々しく羽ばたきながら、ワイバーンが高度を下げて着陸体勢に入る。ぼんやりと見えていた森の木々が次第に大きくなり、不意に視界が開けると同時に草原の真ん中へと脚を下ろして滑り込んだ。
草原に着陸した若い雄のワイバーンは、左右に首を振りながら周囲を警戒しつつ、腕に生えたコウモリに似た皮膜の翼を畳み、するするとヘビのように身体をくねらせながら地上を進む。そして草原の端にぽっかりと口を開けた横穴に潜り込み、奥へ奥へと入って行く。
真っ暗な横穴を這うように進むと、大きな縦穴に到達し、その真ん中に干し藁や細い枝を組み合わせた巣、そしてその上に二回り近い体格差のワイバーンが身体を横たわらせて待っていた。
偵察に出ていた雄のワイバーンが鼻を鳴らすような音を立てながら首を垂らし、この群れのリーダー格の雌ワイバーンに近寄ると、相手は威嚇するような鋭い叫びを上げながら牙を剥き、雄の頭に噛み付く。雄の方はされるがままで無抵抗を貫き、やがて雌が顎を開くと雄の首の後ろにくっきりと噛み痕が残るが、それでも雄ワイバーンは首を降ろして服従の意を示し続ける。
やがてシューッ、と口の間から息を吐いて雌ワイバーンが周囲を見回すと、偵察に出ていたワイバーンと同じ体格の仔がわらわらと近付き、各々頭を降ろしてそのワイバーンの様子を窺うと、
……バフッ、と鼻から息を吹いて先程とは違う態度で偵察役のワイバーンの頭に顔を近付け、自分が付けた傷跡を舌先で舐めてやる。そうして親猫が子猫を可愛がるような愛情表現を続けたかと思うと、突然ピタリと身体を停止させ、縦穴の上空に輝く星空をじっと見つめる。
そして、再びシューッと口から鋭く息を吐き、目に見えない何かが自分達を監視しているかのように顎を開き、星空に向かって炎のブレスを吐き出した。その行動に怯えて周囲のワイバーンが後退ると、雌のワイバーンはつまらなさそうに眼を閉じ、首を抱え込むようにしながら眠りに落ちていった。
「では、行ってきます」
「くれぐれも気を付けてね、接戦になったら術の効果は簡単に解けるから!」
翌朝、ミルポアと開拓村の住人に見送られながら、ハンス達はワイバーンの巣へと向かう。彼女は村の結界を維持する為に残ったが、少しでも有利になるよう幻術を彼等にも掛けてくれる。七人分ともなればミルポアの身体には相当な負担になるだろうが、自分は直接討伐に行けないから、と額に汗を滲ませながら術を掛け続けたのだ。
「へぇ~、何だか見た目がジワジワいって変な感じするなぁ」
「余り長く見てると、眼を悪くするってミルポアさんが言ってたぞ」
ミルポア曰く、幻術には大きく二つに分けて視覚や聴覚といった感覚に作用する【幻覚系】と、思考や判断力に影響を与える【幻惑系】が有り、惑わせたい対象が複数なら【幻覚系】が有効だという。彼女が一行に掛けたのは、空を飛び良く見えるワイバーンに目標を絞らせ難くする幻術だった。だからミルポアに森の中等に入る際は、
「お互いが何処に居るか良く確認しておかないと、はぐれた仲間に気付かなくなるよ?」
と注意されていた。その言い付け通りに注意して歩き時間を費やした結果、ワイバーンの巣が有る地点が見える頃には昼過ぎになっていた。しかし、今は一刻も早く巣を見つけなければならない。
「さて、俺達は巣を探そう。ハンスさん達は準備にかかってくれ」
「そっちも気を付けてな」
「チェモリ! イワノフ君の言う事ちゃんと聞くのよ!」
エドとアーヴィン、そしてキャロンの三人は巣を探す為に周辺を探索し、ハンス達とチェモリは夜の内に仕掛けたトラップの準備を進める為に二手に別れた。
「ご心配なくぅ~♪ チェモリはいつでも旦那様の言う事は何でも聞いてるも~ん!」
「だったら今すぐ離れろおぉ~!!」
「キャロンさんも気を付けてくださいねぇ!」
別れ際にエレナが手を振りながら声をかけると、エド達も振り返す。ハンスはちらりと彼女の様子を横目で見つつ、幻術の効果が次第に薄まっているのを知り、イワノフに先を急ごうと促した。




