④野営
「……こんなもんか。まあ、屋根が無いよりはマシって所だな」
立木から斜めに張った紐を頂点にし、短剣で切り採った葉の付いた枝を幾つか掛けて簡易シェルターを作ると、ハンスは下に設けた竈代わりの石組みの中に小枝を入れ、鞘から取り出した火打石で火を点けた。
じわじわと煙を上げる葉から小枝に、そして太い枝へと火が移る様子をぼーっと眺めていたエレナは、そんなハンスの器用な動きに感嘆しつつ、自分の不甲斐なさを恥じていた。
ビースト・テイマーとして身を立てるのは、彼女が育った村では当たり前の事だった。小さな頃に両親を失った彼女は、ミレーヌの両親に引き取られて姉妹のように育てられた。先に立派なテイマーとして成長した彼女の背中を眺めながら、いずれは自分もああなりたいと思いつつ、十五才の通過儀礼を迎えたのだが……
(……空回りばかりだなぁ、私って……)
彼女の前に現れたのは、違う世界からやって来たハンス。しかも、彼を伴って旅を進める筈の自分の方が先に足を痛めた上に、こうして野営の準備まで、彼にさせてしまっているのだ。
今まで学んできたテイマーとしての能力は、今の彼女には全く活かされていない。更に追い討ちを掛けるようにハンスの方が、慣れない環境も意に介さず短剣一本で泊まる場所まで作り上げてしまっている。
(こんなに、私って役立たずなら……村から出てどうやって生きていけばいいんだろ……)
次第に暗くなる周囲と同調するように、彼女の気持ちは鬱の様相を呈していったのだが、
「……こ、これは……っ!?」
突然ハンスが背嚢を探る手を止めて叫んだので、エレナは自分の下着でも見られたのかと思い、慌てながら立ち上がると彼の元へと駆け寄った。
「は、ハンスさん! それは私の荷の中に……えっ?」
彼女の視線の先には、膝を突いた格好のまま茶褐色の物体を持ち、わなわなと全身を震わせるハンスの泣き出しそうな姿が有り、そして彼は森に響く程の声で絶叫したのだった。
「……ほ、本物の……サラミだぁーーッ!!」
「……サラミ、ですか……?」
エレナは彼が何故そこまで感動しているのか、全く理解出来ずそのまま言葉にして聞き返すと、
「ああっ!! そりゃそうだっ!! これはちゃんと燻煙で燻されてるし、おまけにケーシングも紙じゃないっ!! ……ん? あ、ああ……済まない、どうやら取り乱してしまったみたいだな……」
ハンスは今までの狂乱振りから憑き物が落ちたように静まると、突然エレナの方に向き直り、
「済まないっ! 今夜はどうしてもこれを食べたいんだ!! どうか……どうか、俺のやり方で調理させては貰えないだろうか!?」
と、彼は興奮冷めやらぬ様子で懇願するのである。一体何故、彼がそこまで手に持つ燻製肉に執着するのか理解出来ぬまま、エレナは仕方なく頷くだけだった。
「いやぁ、まさかこんな所で正真正銘のサラミに出会えるとは!! 生きてて良かったなぁ……」
いや、ハンスさんあなた死んだって言ってなかった? とは言い出せないエレナだが、彼の背中は喜びに満ち溢れ、そんな姿を見ているうちに、自分の悩みは実にくだらない事に感じられてくるのだから、不思議なものである。
「……どうやって食べるつもりなんです?」
「……ん、ああ……そりゃ決まってるさ! これを刻んで一緒に炒める!!」
興味が湧いて聞いてみると、彼は嬉しそうに丸い芋を取り出し、川の水でじゃぶじゃぶと洗い、皮が付いたまま器用に手で持ったまま薄く切り、さくさくと棒状に刻むと竈に掛けた手鍋の中に落とした。
「手慣れてますね、料理は得意なんですか?」
「いや、別に得意じゃないが……まあ、慣れただけだよ」
そう言いながら、サラミも同じように刻み、先程使った油の瓶から少し鍋に垂らすと、森の中に油が爆ぜるピチピチという音が響き、鍋から良い感じの香りが立ち上る。
ハンスは鍋を混ぜてから食料が詰まった袋に手を入れ、固く焼き締めた黒パンを取り出すとざくざくと切り、薄いそれを竈の縁に枝に挟んで並べて焼き、あっと言う間に夕食を作ってしまった。
「それにしても、手際が良いですね!」
「……まあ、作るのも食うのも、ゆっくり時間を割けなかっただけなんだがね」
「……あ、戦争……してたんですものね……」
「……まあ、そういう事さ……」
思わずエレナが褒めたものの、ハンスは複雑な表情を浮かべながらパンを手に取り、焼け具合を確かめて枝から外し、銘々の皿へと取り分けた。
「さて、出来立てを頂こうじゃないか!」
「そうですね!」
二人はそう言い合いながら、互いの皿に載せたサラミとイモの炒め物(ジャーマンポテト風)と、黒パンのトーストを前に小さな声で各々祈り、そしてフォークを手に取ると食べ始めた。
(……あ、これ……美味しい♪)
エレナは一口目を噛み締めた瞬間、思わず呟きそうになり、代わりに嬉しげに微笑んだ。
脂が滲むまで加熱されたサラミは、カリッとした食感と共に濃縮された旨味を余す事なく放ち、脂肪の粒の甘やかさと相まって実に旨い。そして細く刻まれたイモも、表面の固さと芯のほくほくとした食感の違いが小気味良く、脂の染みた味もサラミの塩気が効いて、とても旨かった。
付け合わせとして供された黒パンも、酸味が強い生地が焼かれてほろほろと崩れ、噛み締めれば噛み締める度にサラミとイモの旨さを良く引き立ててくれる。
「……うん、うん……これだよ、これなんだよ! いやあ、ここにビールが有れば最高なんだが……まあ、それは贅沢か……」
エレナの前に座りながら、ハンスは手製の料理に満足げに頷きつつ、脳裏に浮かんだ黒ビールの泡を思い浮かべて歯噛みするが、仕方ないかと諦めるのだった。
二人はゆっくりと夕食を堪能し、エレナが淹れたお茶で食後のひとときを過ごしていたが、不意にハンスは立ち上がり、彼女に背を向けながら木々の間から川に向かって歩きだした。
「ハンスさん、どうしたんですか?」
「あ、ああ……大した事じゃないから、気にしないでくれ」
当然のようにエレナが尋ねると、ハンスは何故か取り繕うように言い放ち、そのまま彼女を置いて行ってしまった。
(……あ、そういう事ですか)
エレナは彼の行動の意味を察し、少しだけ彼の消えた方向に背を向けて食器を片付けると、自分の寝る場所に行って就寝の準備を始めた。




