⑪エド、己(おのれ)を超える
「……情け無用! 【正面射】!!」
ハンスが号令を下すと、【鋼の虎】は忠実に従い数々の戦場を征して来た死神の鎌を振り下ろした。
装填された縮小版の88ミリ徹甲弾は、燃焼ガスの膨大な爆発力を推進力に変えつつ、ライフリングが刻まれたバレル内を螺旋状に回転しながら進み、砲身最先端まで到達する。そして、遂に姿を現した徹甲弾は大気の分厚い層を強引に掻き分けながら音速を突破し、独特な音を響かせながらエド目掛けて飛翔する。
対するエドの方は、リグレット翁との手合わせを経て開化させた【リハレス家の血脈】を無意識下で解放し、その身に流れる剣技の極意、【全行動の最適化】を発動させる。極度の意識集中で感覚は鋭敏化し、全身の筋肉は常時の限界を遥かに凌駕。そして男性は通常扱えない魔導的要素を補う体内炉の完全稼働を経て、彼の持つ木剣はその性質を単純な物体から全く異なる存在へと変えた。
そしてエドが木剣を握り締めると、手から体内炉に蓄積させていた魔力が脈々と流れ込み、鈍く光りながら迫り来る徹甲弾を捉える。後は彼がその木剣を振るいさえすれば、全てが帰結する。
……だが、その僅かな間。構えを取りながらエドは考えていた。自分は何故、剣を振るっているのか、と。
……思い返せば、リハレス家の長男として生まれ、姉のラクエルの背中を見ながら剣の修行に明け暮れた。歩き始めたばかりのエドの視線の先では、まだ小さなラクエルが母親の指導を受け幼い身ながら剣を振り、いつしか自分も隣に立って木剣を振っていた。そして言葉を覚えるより早く打ち合いを覚え、いつしかリグレット翁と稽古をするようになり、本格的に実戦的な剣の扱い方を教え込まれていった。
だが、姉のラクエルは彼が九歳の時に城詰めの騎士見習いになり、リハレス家から離れていった。そしてリハレス家の後継ぎとしてエドの立ち位置が変わると同時に、彼はリハレス家から一歩も外に出される事もなく日々稽古を繰り返し、そしてそれらに疑問を覚える機会を与えられぬまま成長した。
……だが、彼が12歳のある日。偶然ながら親戚筋の訪問客をリハレス家に泊める事になったのだが、その客の一人がキャロンという名の娘を連れていたのだ。
『ねぇ、君はどうして毎日剣ばかり振ってるの?』
庭の稽古場で日課の素振りをしていたエドに、その娘は当然のように聞いてきた。無論、彼がリハレス家の後継ぎだという事実は彼女も知っていた。
『……リグ爺も、母さんもそうしろって言うから』
全く世間を知らなかったエドは、そう答えるしかなかった。姉のラクエルが騎士見習いになったのもそうだが、彼自身も親や祖父の言う事に反発するだけの見識や理由が無かったからだ。
『うぅん、そうじゃないよ? 君は、どうして、剣を振ってるのかって聞いてるの!』
そう言いながらキャロンという名の娘は首を振り、彼の返答を待った。
『……判んない』
正直にそう答えたエドに、キャロンは面白い玩具を見つけた子供のような笑顔になり、
『じゃあ、こーゆーの見た事ないでしょ?』
そう言うと彼女は握り締めた掌を彼に向けて差し出し、ゆっくりと開いてみせる。
『……わっ! なにそれ!?』
驚くエドが目の当たりにしたのは、彼女の掌の上で四色に彩られた小さな精霊達が舞い、ふわふわと身を揺らしながら上空へと飛び立つ姿だった。
『剣もいいけど、世の中には色んなものがあるのよ? だから、エド君もそれを知ったらきっと……』
『……きっと?』
少しだけ年上だと聞いていたキャロンの言葉に、エドは期待と羨望混じりの眼差しを向けた。
『……うぅん、何でもない! でもさ、エド君が良かったら私達、友達にならない?』
『……ともだち? ……いいよ!』
何か違う事を言うつもりだったのか、そう言葉を切り返したキャロンが提案すると、エドは深く考えずそう答えた。それが二歳上のキャロンとの出会いであり、数年後エドが出奔するきっかけの始まりであった。それから今に至るまで、エドの隣にキャロンは居続け、世間知らずな彼の世話役として彼女は共に歩んできた。
(……俺は、キャロンに頼りっぱなしだったな)
エドの視界の只中で、ハンスの【鋼の虎】の先端から僅かに白い煙を押し出しながら、鈍色に光る尖った砲弾が現れる。無論、彼の中に流れる【リハレス家の血脈】故の超感覚である。そしてその砲弾が彼の元に到達するのは、実時間でほんの一秒後。しかし、エドは引き伸ばされた時間の中に身を置きながら、何故自分が剣を握っているのか判らなくなっていた。
確かにキャロンは彼をリハレス家から引き離し、自由に行動するきっかけを与えてくれた。だが、果たしてそれが剣を振るう真の理由なのだろうか。ただ周囲に流されるまま行動し、自分で気付かぬ内にきっかけと理由を混同しているだけではなかろうか。
(……本当の理由は、何だったんだろう)
あの日、キャロンはエドが振り続ける木剣を眺めながら、何と言ったのだろう。
『ねぇ、君はどうして毎日剣ばかり振ってるの?』
……どうして毎日、剣ばかり振っていたのだろう。
『剣もいいけど、世の中には色んなものがあるのよ? だから、エド君もそれを知ったらきっと……』
……わざわざ、そんな事を何故聞いたのだろう。そして、キャロンは何が言いたかったんだろう。
……ああ、そうだよ。それを知りたかったら、自分から行動すれば良いんだ。彼女に導かれて、リハレス家を抜け出した時のように。
シュンッ、と唐突に時間が圧縮されたように戻り、ゆっくりと進んでいた砲弾が大気の層を押し破りながら急加速する。その勢いはエドを一瞬で現実へと引き戻し、木剣の柄が急激に強められた握力でミシリと音を立てた。だが、それまで只の木片と同じだったそれは彼が籠める気力と覇気で変化し、銀色に輝く刀身を得て光を放った。
「 ……我が剣は、我が身を以て、我が道を拓く!! 」
それまでの迷いが嘘のように消え失せたエドは、身の内から湧き上がる全てを木剣に乗せ、有らん限りの力で振り抜いた。
無意識のまま斜め下から振り上げた木剣が砲弾を捉え、掬い上げるような軌道を描きながら砲弾の推進力を受け流す。木と鋼鉄、本来ならば脆弱と強靭という相反する極端な物同士が触れ合った瞬間、エドの剣技と魔力が全ての物理法則をねじ曲げて木剣に宿り爆発した。
「うおっ!?」
「……これは……また派手にやらかしたのぅ!!」
ハンスが呻き、そしてリグレット翁が声を上げたその後。もうもうと立ち込める土煙が風に靡きながら消えたその場には、教練場の剥き出しになった土が大きく抉れた跡と、そして激しい爆風に晒され、破けた服を纏ったまま倒れているエドが横たわっていた。
「おい! 大丈夫かっ!?」
【鋼の虎】を収納しズボンを穿き直したハンスが彼の元に駆け寄ると、幸いにもエドの身体に目立つ外傷は見当たらなかった。何がどうしてそうなったのか判らぬまま、ハンスは彼の上半身を支えて起こしてみると、うっすらと目を開けたエドは、
「……ハンスさん、俺が跳ね返したあれは、何処に飛んで行ったんでしょう……」
と、要らぬ心配をしたので、ハンスは安堵すると共に(いや、それより自分の心配をしなさいよ……)と呆れるしかなかった。




