④矮小竜
七人は次の石室に向かって、慎重な足取りで大人二人が並んで歩ける幅の通路を進んでいく。
先頭はアーヴィンとハンス。そのやや離れた後方からイワノフとチェモリ、そしてエドが配置され、殿にキャロンとエレナが控えている。典型的な迷宮攻略配置とも言えるが、本来ならばエドがチェモリと変わるべきだが「これでいいの!」と言い張る彼女に押し切られて、この配置になっている。
しかし、幾度か軽い戦闘を圧倒的有利のまま終えた一行は、前衛の二人が強過ぎてイワノフ達に危険が及ぶような状況に陥らず、何となく気楽な空気が漂っていた。しかし、そんな雰囲気は命のやり取りが伴う場には、相応しくなかった。
その異変を察したのは、前衛のアーヴィンだった。
「……ヤバい臭いがする」
一瞬で空気が変わる、そんな一言だった。
たった一言でハンスが大金槌を持ち直し、イワノフが壁際で膝立ちになりながらライフルを構え、チェモリが短い詠唱で一行の足音を消した。
長い沈黙の後、前方の石室に続く通路全体が橙色に照らされる程の炎が伸び、アーヴィンの居る側と反対の壁に当たって弾け散った。
「うおおっ!? 危ねぇ!!」
思わず声を漏らしたアーヴィンを狙ったもので無い事はともかく、前方の石室内に何かが居るのは明らかである。
「下がるぞ……このままじゃ狙い撃ちにされるだけだ」
後ろに向かって声を掛けながら、アーヴィンがじりじりと後退し、ハンスもその脇に付きながら石室を睨む。するとボフッ、という音と共に小さな火球が先程まで二人が居た場所に飛び、火の飛沫を散らしながら壁を焦がした。
「くそ、危うく黒焦げになるとこだったな」
「ちょっと油断したわね……でも、火を吐く魔物なら予測出来るわ」
先に二つ手前の石室まで戻っていた一行と合流したアーヴィンとハンスを、キャロンが出迎える。
「……レッサードラゴン、かしらね……」
「ドラゴン? そんなモノが居るのか? なら見に行ってみるか。イワノフ、支援してくれ」
「ああぁ!? 命令すんなクラウツ!!」
唐突にそう言うとハンスが立ち上がり、イワノフも怒鳴り返しながら彼の後を追う。
「ち、ちょっと待って! エレナさんも止めないと!?」
キャロンが慌てながらエレナに助力を乞うが、エレナは落ち着いた口調で彼女に告げた。
「……大丈夫ですよ! あの二人なら必ず、道を切り開いてくれますから!」
後続から距離を取り、ハンスは壁に背を付けたまま、まだ姿の見えない魔物が待ち受ける石室に向かって、少しづつ前進していく。
(……ドラゴンか……どんな奴なんだろう)
ハンスはキャロンが発した魔物の名前を繰り返し、これから出会うであろう相手の姿を想像する。
火を吐く魔物……。そんな生き物は自分達が居た世界には当然ながら居なかったが、この世界に存在するそれは、果たして元居た世界の絵画や物語に表されるような、大きなトカゲの化物なのだろうか。
「……クラウツ、どうするつもりなんだ?」
ハンスの後ろまで近付いたイワノフが尋ねると、暫く考えてからハンスが答えた。
「なあ……あんな風に敵が待ち受ける室内に突撃する時、赤軍兵はどうするんだ?」
「なんだ? そんなもん、決まってるだろ……挨拶代わりに手榴弾を投げ込んで黙らせるさ」
「……だよなあ、何処でも変わらんか」
そう言うと、ハンスは大金槌を床に置き、ズボンのベルトを外した。
「おいおい! 何考えてんだ……っ!?」
「心配無用だ……戦車を前進させよッ!!」
慌てかけたイワノフを尻目に、ハンスは【鋼の虎】を剥き出しにすると、石室に向かって飛び込んだ。
石室内に踏み込んだハンスが一番最初に目の当たりにしたのは、牛より大きな鱗だらけの背中だった。その生き物はハンスに背を向けたまま、石室の壁際で息絶えた黒焦げの死体に覆い被さり、ガフガフと咥えていた肉片を飲み込んでいたのだが、ハンスに気付いたのか長い首を回して彼の方に顔を向けた。
短い角が生えた額に、感情の籠らぬ真っ黒な目。そして哀れな犠牲者の太股らしき肉塊を咥えたその口には、鋭い牙がズラリと並んでいる。
一目で言葉を交わせぬけだものの類いだと看過したハンスが、自らの下半身を相手に向けて照準を合わせるのと、咥えていた肉片を離して喉を膨らませながら、その魔物が威嚇の雄叫びを上げたのは、同時だった。
「……至近距離ッ!! 弾種・破砕榴弾ッ!!」
「……ゴアアアアアァッ!!」
砲弾を選択し、砲尾を開いて装填するのと、雄叫びを放った魔物がブレスを吐く為に口を開くまでは一緒だったが、
「放てぇっ!!」
砲射を告げる掛け声と共に、耳をつんざく強烈な発砲音が石室内に木霊した瞬間、目の前に居た筈の魔物の上半身が粉々に消し飛び、壁一面に血と肉片を撒き散らした。
「だあああぁーっ!! うるせぇっ!! 狭ぇ場所でぶっ放すなぁーっ!!」
狭い石室の戸口手前で様子を窺っていたイワノフが絶叫する中、ハンスは【鋼の虎】を久々に解き放った余韻に浸っていた。
(……あ、ああ……これは、いいぞ!!)
ハンスの全身を駆け巡るその感覚は、自身でも理解し難い程の原初的な破壊願望が成就したからなのか、それとも弱者を殺める一方的な蛮行に愉悦を感じたからなのか、全く判らない。
何故ならば、今のハンスは圧倒的な破壊衝動に突き動かされた【鋼の虎】そのものと化していたからだ。




