③迷宮の犠牲者
迷宮に足を踏み入れた七人が最初に遭遇した敵は、意外にも人間だった。いや、正確には元人間だった、であるが。
実力の伴わぬ者が迷宮の邪な魔力に長く曝されて、次第に正気と自我を失い彷徨う内に、自らが迷宮の一部として取り込まれてしまう。そうした探索者の成れの果てが《迷宮の放浪者》である。
彼等は迷宮に点在する小部屋の中で待ち構え、相手が人間だろうと魔物だろうと区別無く襲い掛かり、生のままでも構わず食らい付いて血を啜る。最早、人の形を模した魔物そのものと化しているのだが、自我を失った彼等の姿は、実に哀れそのものと言えよう。
……しかし、所詮は勢いだけで魔窟へと踏み込んでしまった未熟者である。抑制する知性を失い歯止めの無くなった筋力補正により、多少は手強いと言えなくもないが、剣を持って振り回すだけの存在でしかない。
「……ア、アガッ……」
短い断末魔と共に膝を突いた《メイズ・ワンダラー》を、ハンスは無言のまま蹴り倒す。その死体は直ぐにホロホロと形を失い、後に残るのは着ていたボロ布と錆びた剣だけになる。
「見た目は俺達と変わらねぇけど、死ぬと消え失せちまうんだな……」
「そーよ? どうせ地上に連れ帰っても、迷宮から出た瞬間に消えちゃうし、幽霊みたいなもんよねー」
モシン・ナガンに新しい弾倉を籠めながらイワノフが呟くと、チェモリがそう答えながら爪先で錆びた剣を突っつく。それはカランと乾いた音を立てながら床を転がり、持ち主の後を負うように黒い塵に変わっていった。
「こんな連中を幾ら倒しても、時間の無駄だ……さあ、先に進むぞ?」
「ああ、そうしよう」
アーヴィンが促すと、ハンスは応じながら一歩踏み出す。過去に来た事の有るエド達は、迷宮探索の成果を得られる手段が、浅い階層で出会う《メイズ・ワンダラー》を倒す事等では無いのを熟知していた。
ここ、【人喰い】の迷宮で遭遇する魔物は、二種類。
一種類は《メイズ・ワンダラー》のような、迷宮の外からやって来た者が変質して魔物と化した存在で、倒しても何も得られない。迷宮が侵入者を足留めする手段として配置しているのかは、判らないが。
そして、もう一種類こそが……迷宮そのものが生み出した魔物達である。人や動物が変質したような下位変換ではなく、単独でも複数の相手を圧倒出来る、真の支配者達だ。
「ここの迷宮は、一本道と石室が交互に配置された構造になっているわ。だから、迷う事は少ないけれど、何故か先行した探索者とは鉢合わせしないのよね……」
キャロンが説明する間、ハンスはその言葉通り石室から伸びる通路の先に視線を送ると、明かりで照らし切れぬ暗闇の奥から、何かが発する遠吠えのような声が響いて来る。
「そう言えば……ここは珍しい金属を採掘するって話だが、どうやって手に入れるんだ?」
「ああ、それね。後ろを見てみて」
「……後ろ?」
ハンスは気になっていた事を尋ねてみると、キャロンが振り向きながら自分達が進んで来た元の通路を指差した。勿論、ハンスも振り向くと……その視界の中に、白い姿をした奇妙な何かが居る事に気付いた。
「……何だあれは……小人?」
「違うわ。あれは倒した魔物を迷宮外に運ぶ専門のゴーレムなの」
キャロンが答えると、白い小人に見えたそれが自分達の傍まで近付くと、邪魔にならないよう壁際に寄ってそのまま動きを停める。その背丈は自分達の腰程までしか無いが、ずんぐりとした身体に不釣り合いな太く逞しい腕が生え、表情の無い仮面のような顔には眼は一対有るものの、鼻や口の類いは見当たらない。しかも一体ではなくわらわらと群れるように、押し合い圧し合いしながら動く様は、案外愛嬌があり可愛らしく思えてくるから不思議である。
「ふむ……おや、わざわざ台車まで引っ張って来るのか? なかなか用意周到だなぁ」
「そうね、でも中には大きな魔物も居るから、あれでも全てを一度に運び出せる訳じゃないわ。それに怪我人が出た時にも世話になる事もあるわね」
白いゴーレム達の後ろの方に、その台車を牽く姿が見受けられた。ハンスは人が横になって乗っても易々と運べそうな荷台の広さを確認しながら、それが有っても運び切れない程の大物が居る事に、迷宮の底深さを思い知った。
「因みにその珍しい金属ってのは、どの位の値段で取り引きされているのかい?」
先に進むアーヴィンを追うように、ハンスも歩き始めながら再びキャロンに尋ねると、私もそんなに知っている訳ではないけれど、と前置きしてから明かした。
「そうね……とにかく高値で取り引きされているのは確かじゃない? 空中戦艦の外殻装甲に使われる位だから」
「戦艦か……軍事物資なら高くても……空中戦艦!?」
「ええ、空中戦艦のミスリル装甲は有名よ。城門も貫く対艦バリスタを弾き返すし、鋼も溶かす戦略魔導も効かないって……え、空中戦艦を知らないの?」
そう聞き返すキャロンの顔を眺めながら、ハンスは改めて自分が居るこの世界には、まだまだ未知の物が溢れているのかを実感した。




