③旅立ちの朝
「おはようございます! ハンスさん」
「おはよう、エレナ。その服装は何処かに出掛けるのかい?」
朝になり、村長の家に現れたエレナとハンスは顔を合わせて挨拶を交わすが、彼の言葉通りの旅装に身を包んだエレナは、少しだけ眉を潜めてから、
「……ハンスさん、何も聞いてなかったんですか? 今日から私と一緒に出掛けるんですよ、あなたも」
そう告げられたハンスは、昨夜の村長とミレーヌ、そしてホルツの四人と交わした会話の中で、そんな内容が有ったのかと暫し瞑目しながら思い出そうと努力してみる。
(……むう、全く思い出せん!)
しかし、残念ながら覚えは無かった。彼等とはその後、酒を飲みながら様々な話をした所までは覚えていたのだが、何故か唐突に飲み競べが始まって泥酔し、靴も脱がないままベッドに横たわって朝を迎えたのである。
「もう、村長といいミレーヌさんといい……肝心な事は言ってなかったんですねぇ」
やれやれと言わんばかりの様子で愚痴りながら、エレナはハンスの顔を暫く眺めていたが、
「そんな訳で、ハンスさん! 私と一緒に他の祠を探しに行きましょう!」
そう告げながら許しを得る為にハンスの手を取り、彼の承諾なぞ知らんぞと言わん勢いで村長の元に向かっていった。
「……それにしても、行く先は何処か判っているのかい?」
意外にもすんなりと村長の許可は得られ、ハンスを伴いながら村の外れまでやって来た二人だったが、彼の言葉に先を歩いていたエレナがクルリと振り向きながら答える。
「行く先ですか? うーん、たぶん此処より大きな街に行って、そこで他のテイマーを掴まえて聞いてみるしかなさそうです!」
明るくそう話すエレナだったが、ハンスの不安は払拭されなかった。つまり、目的地を探す為に旅に出たとしても、答えが得られる保証は何も無いと言う訳なのだ。
「……大きな街? ふむ……それはいいとして……バスや汽車は……無いよな。と、言う事は……」
いや、そもそも交通機関も一切無い此処から、どうやって移動するのか。それを知りたかったハンスはエレナの顔色を窺う。
「……街までは、歩いて行くしかないですよ?」
無論、彼女の服装と荷物を見ていたハンスは、その返答を聞いて諦めたように項垂れた。
テイマーの村を出た二人の足取りは順調……だったのは、最初の頃だけ。
「ハンスさぁーん! 足が痛いですぅー!!」
この世界の住人であるエレナの方が先に顎を出し、足の痛みを訴えて辛そうにし始めたので、ハンスは仕方なく道から外れると林の開けた所までエレナを背負い、座らせる所を探す。どうやら木樵が伐採した場所らしく、幾つか残された切り株の一つに彼女を座らせて、穿いていたブーツを脱がせてみる。
「……ま、靴擦れだな。痛むだろうから何か塗っておけば……」
ハンスはそう言うと荷物の中から油の瓶を取り出し、赤く腫れた場所に塗ると薄い布切れを裂き、覆うように巻き付けてやった。
「……嘘? 全然痛くない……ハンスさんって治療士なの!?」
「治療士……ってのは知らんが、俺も新兵の頃は良く泣かされたもんさ」
簡単な処置で足の痛みは軽くなり、エレナはハンスに向かって嬉しそうに話し掛けるが、彼はそう言いながら、彼女の背負っていた背嚢から自分の方に中身を移動させ、配分を変えて軽めにしてやった。
「これで少しは楽になるさ。ところで今日は何処か泊まる所を探すのかい?」
ハンスが尋ねると、エレナはさも当然のように軽く答えたのだった。
「泊まる所……ですか? この辺りならヒトを襲う動物は居ませんから、野宿しますよ」
エレナは野宿を簡単に考えていたようだったが、ハンスは全く違っていた。四年以上も軍隊で過酷な環境を味わっていたせいか、まだ寒さとは無縁な秋(と思える気候だが)といえ、屋根の無い場所で夜を明かす事は、体力を消耗して怪我をする要因が増しかねない。
「ねえ、ハンスさん……何を探してるんですか?」
まだ陽の光があるうちにハンスは見つけておきたかった物を探し、樹皮のコケや枝の向きを見ながら進んでいく。
エレナが尋ねたその時、二人の耳にささやかな水量の川が流れる音が聞こえ、彼女はハンスが水源を求めていた事を理解した。
当然のようにハンスが川の水に手を沈め、暫く何かを確かめるように眺めた後、川上の方向をじっと見つめて考えてから、川に沿って上流へと歩き始め、エレナも後を追って歩き始める。
「ハンスさん、そこで野宿するんじゃないんですか?」
まだ歩くのかと少しだけ思いながら、エレナは先を歩くハンスに尋ねてみる。
「いや、あそこは川の淵の外側だから、上流で雨が降ったら水浸しになるかもしれない。もう少し先に行って高い場所に屋根を作ろう」
彼の答えに(面倒なヒトだなぁ……)と彼女は思ったが、先程の足の治療を考えて逆らわない事にした。