⑫打ち上げ前の身支度
結局、七人が揃って入っても余裕の有りそうな店はここしかない、とハンスとエレナが決めた場所は、
「……あ、いらっしゃーい!! お二人さんですかー?」
猫耳の看板娘が愛想よく出迎える、二度目の来訪となった【クエバ・ワカル亭】だった。
「ふむふむ、つまり七人で囲めるテーブル席のご予約です、と……ししょー!! 今夜って予約のお客さんって居たっけー?」
(……予約? あー、今夜は居ないよ。ただ、買い出しに行かないと足りなくなるかもな……)
店の奥の主人と言い交わしながら、従業員のチリがテーブルの上に【ごよやくせき】と書いた紙を立て、フフンと出来栄えに満足したように笑い、エレナに向かって親指を立てた。
「ご予約うけたまわりましたー! っでも、夜の開店はもう少ししてからだから、それまでお時間いただきますよー!」
「ええ、判りました。それじゃまた後程伺いますね」
相変わらず元気一杯なチリに別れを告げながら、エレナはハンスの待つ店の外へと足を向けた。
「……討伐の終了は此方も確認した。報酬額に変更は無いが、その中には口止め料も含まれているので、その旨を忘れぬようにな」
帰路の途中、城の詰所に寄った二人は近衛兵に念押しされながら、差し出された袋を受け取った。
「……確かに頂戴致しました。ところで、今は他に何か依頼は無いのですか?」
中身を確認したエレナがそれとなく尋ねると、平服を纏った相手の騎士は受け取り状に記された彼女のサインに目を通しながら、
「いや、特に今は無い。暫くの間は斡旋所を介する平素の仕事を請けて構わんが、【銀獅子の印】に劣らぬよう心掛けて貰いたい」
そう言って受け取り状を引き出しに仕舞い、話を締め括る。ハンスは彼の雰囲気から退室するようエレナに促し、詰所から外に出た。
「……ハンスさん、実は提案があるんですが……」
そのまま城門を潜り抜けたエレナがハンスに向かって切り出すと、彼はどんな話なのかと思いながら彼女の言葉を待った。
「……それは、うーん……先方の返答次第だが……まあ、確かにそうかもしれないね」
エレナの話を聞き終えたハンスがそう言うと、彼女はホッとしたように柔らかく微笑んでから、それはそうと今夜は何が出てくるのでしょうか、と楽しそうに呟いた。
「なあ、クラウツ……これ派手過ぎやしねぇか?」
「そんな事はないぞ……多分だが」
「おい! 何だよ無責任な事言いやがって……」
夜の会食まで時間が空いた為、エレナはハンスとイワノフに着回し出来る服を揃えないかと言い、男物の衣服も扱う店へとやって来た。前回の討伐報酬、そして【銀獅子の印】を得た際の支度金は、三人がアルベルナの斡旋所に居る限り易々と使い切れない額となり、二人の服代にしようと決めたのだ。
だが、慣れた戦争の事ならともかく、服の事になると途端に戸惑い始めるハンスとイワノフに、エレナはそれなら自分が見繕うと言い出した。そして、先ずイワノフが犠牲者(?)に選ばれたのである。
「これは如何でしょうか? 赤い色は猛々しさを表すと、昔から言い伝えられています!」
「そいつはいいが……目立ち過ぎやしねぇか?」
「いえいえ、そんな事は無いですよ? 若々しさも感じますし、よくお似合いです!」
次々と服を押し付けられながら、イワノフはハンスに目線で助けを求めると、
「あー、そうだね……赤い色も素晴らしいが、イワノフは金髪だからもう少し落ち着いた色も良いんじゃないか?」
柔らかく肯定しながら、しかし穏やかな緑色の服を差し出して促してみる。するとエレナは双方を交互にイワノフの胸元に押し宛ててから、
「そうですね……それじゃ、これにしましょう!」
と、緑色の服を手に取って店員へと手渡した。そんな買い物をするエレナの後ろ姿を眺めながら、ハンスはふと思い付いた。
「……ところでエレナさん、君の服は買わないのかい」
「ハンスさんは……えっ? わ、私の服ですか!?」
「おお、クラウツにしちゃあ気が利くじゃねぇか! そうだよ、嬢ちゃんこそ綺麗なオベベを着るべきじゃねーか?」
「い、いや私は別に……」
「お針子さん、あなたもそう思うだろう?」
ハンスが店員に問い掛けると、颯爽と彼女の身体に巻き尺を宛てながら、
「ええ、ええ! 勿論です! お嬢様に良く似合う御召し物も御座いますから、お任せください! さ、直ぐに見繕いましょう!!」
嬉しそうにエレナの身の丈を計り終えると、彼女を奥のカーテンで仕切られた試着室にいざなった。
「あ、だから私は……ハンスさん! イワノフさん!!」
「……エレナ、覚悟を決める時が来たんだ」
「いい奴だったなぁ……まだ死んじゃいねぇけどよ」
「もーっ!! あっ、いやぁ……ひぇ!?」
カーテン越しに奇妙な声を上げるエレナに向かい、何故か黙祷したハンスとイワノフは、各々の服を入れた紙袋を抱えながら客用の長椅子へと腰掛けた。
……それからきっちり一刻後。何故か顔を真っ赤にしつつもすっかり見違えるような姿になったエレナに向かい、ハンスは静かに親指を立て、イワノフは小さく口笛を吹いた。




