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②ハンスとエレナ



 「有り得んなぁ……これは。それにしても、ここは何処なんだ?」


 狭い狭い祠の穴からようやく抜け出たハンスは、しかめっ面をしながら衣服に付いたホコリを叩き、髪の毛のクモの巣を取り払うと明るい陽の光を浴びながら、うんと唸って身体を伸ばして辺りの風景を眺め、困ったように呟いた。



 祠の在る小高い丘から見える景色は、彼の知るヨーロッパ圏とは似ても似つかぬ木々に包まれ、眼下に広がるエレナの村は寂れた寒村といった佇まいである。当然ながらそこに繋がる道は全て舗装などされていず、人が行き来して下草が生えなくなっただけである。


 と、彼は突如人の気配を察して振り向くと、エレナと似た年格好の数人、そして先頭の自分と同年代(に見える)の女性が二人に向かって近付いて来た。


 「……エレナ! 大丈夫!? それで……この人は誰?」


 その女性はエレナの傍に近寄りながら、直ぐにハンスを警戒する目付きで誰何(すいか)し、右手を伸ばして彼女を護るように遮りつつ、


 「……ヒュレッテ、ここに来て!」


 細身の女性とは思えぬ力強い声で叫んだ瞬間、丘の(ふもと)から子牛程の生物が素早く駆け上がると、彼とミレーヌの間に立ち塞がった。


 「これは……ハリネズミ、なのか?」


 ハンスは目の前に着地した生き物を見てそう口にすると、猛々しい外見とは全く印象が異なる知性の光を目に宿したヒュレッテが、


 【……ミレーヌ、こいつ刺す?】


 ヒトと同じように言葉を放ちながら、全身のトゲをハンス目掛けて逆立てた。


 「喋ったっ!? いや、それより……」


 当然のようにハンスは驚くものの、一番気になって仕方が無い事を確認するのが、何よりも先だった。


 「……君達は、何処でドイツ語を教わったんだ?」






 村へ戻ったエレナとミレーヌ達、そしてハンスはビースト・テイマーを育成する【獣従士の館】へと戻り、見習い達と別れて村の長と会う事になった。


 「……話を伺うに、ハンスさんと言いましたか? その、貴方が言うドイツ語とやらは、我々は誰も知らないのです」


 初老の村長はそう言うとハンスの姿を暫し眺めてから、再び口を開く。


 「……ドイツという名の国も、我々の知る限り付近には在りません。それに……あの祠は【獣従士】が自らの命運を共にする獣を授かる、聖なる場所なのです。そこから……ヒトが現れた事は一度も無かったので、私達に貴方の求める手懸かりを与える(すべ)は無いでしょう」


 そう言ってハンスの反応を見る。無論、彼は現状で判別出来た範囲の狭さに、落胆している筈と思われたのだが、


 「……つまり、ここにはナチスも戦争も、何も無いって訳か。そりゃ有難い。 で、村長さん。この立派なテーブルはオークウッドですか? いやいやシダー? 違うな……」


 と、やおら目の前のテーブルを吟味し、表面に手を這わせて仕上げや艶出しの技に感嘆し始めた。



 (……ねえ、エレナ……このヒト、本当に祠から出てきたの?)

 (そうよ? だってあそこまで一本道だし、何処にも隠れられる所なんて無かったもん……)


 突如始まったハンスの家具職人気質を尻目に、ミレーヌとエレナはヒソヒソと声を潜めて会話するが、エレナの言う事に嘘は無い。


 (まぁ、そうみたいだけど……でも、そのハンスさんって……本当に人間なの?)

 (えっ? だって見た目は普通に見えるけれど……)

 (……見た目はね。でも、貴女が授かった御告げは【鋼の虎】が現れる筈だから、何処か人間とは違う所があるのかもしれないわ)


 ミレーヌは小声のままそう言うと、自らの傍らに大人しく座るヒュレッテに手を伸ばし、首の付け根を優しく撫でる。ヒュレッテも気持ち良さげに目を細め、されるがままである。


 「……ヒュレッテは、私が十六才の時に祠で出会ってから長い付き合いだけど、()()()とは比べられないわ。もし、あなたが諦めないつもりなら、村以外の【獣従士の祠】を見つけて新しいテイム・ビーストを手に入れるべきね」


 エレナはミレーヌの言葉に視線を足元に落としながら、


 「……そうだとしても、半端者の私は村に居られそうにないか……」


 そう寂しそうに呟くと、ミレーヌは励ます為に彼女の肩に自らの手を添えた。




 やがて日が落ちる頃になり、ハンスは村長の家に招かれて一夜を過ごす事になった。流石にうら若きエレナと見知らぬ男性を、同じ屋根の下に居させる訳にはいかず、それをハンスも快諾したのである。


 夜になりハンスが宛がわれた一室から居間に行くと、村長とミレーヌ、そして村の獣従士(ビースト・テイマー)の重鎮だというホルツという名の男性が彼を待っていた。


 「君がハンスか。それにしても、どう見たって普通の人間にしか見えんがな……」


 村長よりは若いホルツだったが、皺が刻まれた目元から放たれる眼光は鋭く、ハンスはほんの少しだけ緊張する。


 「まあ、それはそれとして……あんたの言うドイツって国は、どんな所なんだ」


 しかし見た目に反し、彼の声に威圧感は無い。どうやら純粋に興味本位でハンスを見に来たようだ。


 「はい、我が祖国ドイツは……五年近い戦争で、内外共に疲弊し切っていました」

 「……五年もかい! そんな長期間、争いが続けられるものなのか?」


 平穏そうな生活の彼等から見れば、ハンスの言う戦争の規模は、ホルツの想像を遥かに上回る物なのだろう。それを理解したハンスは、かいつまんでヨーロッパ戦線について説明するが、話を聞いていた三人の表情は畏怖と嫌悪感に包まれていた。


 「……無差別に町を焼くとか、正気の沙汰じゃないわね」

 「村の人間には、君の話は伏せておこう。他言無用でいてもらえんかね……」


 ミレーヌと村長は悲しげに言うと、口を閉ざす。彼等の知っている戦争の範疇を遥かに越えた内容は、相当なショックを与えたのだろう。


 「……成る程、つまりハンス君はその……()()()とかいう乗り物に乗って、戦争に行った直後に、此方に来たって訳か」

 「まあ、そうらしいです。でも、こうして話していて自分の言葉が通じるって事は、過去に皆さんと我々の間に、何か因縁じみた出来事が有った証拠ではありませんか?」


 そう話すハンスだったが、対するホルツの言葉は、彼の予想を完全に裏切るものだった。


 「……ふむ、どうやら君自身は知らないようだな。我々獣従士と共に暮らす獣達(ビースト)は、祠から現れた時点で人の言葉を理解し、意志疎通が出来るんだ。つまり……君は」


 そう話してからホルツは一旦言葉を切ると、少しだけ声を絞って打ち明けた。


 「……我々から見れば、ビーストと同じ【知性を有した獣】だとしか、思えないのだよ」





 

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