⑦敵の敵は味方
(……何だ、この印象は……)
ゴリゴリと大金槌を引き摺りながら、ハンスは導かれるように狭い路地を更に奥へと歩いて行く。
(ママ、見て! おおきなハンマー!!)
(しぃっ! 声出しちゃ駄目よ!!)
彼の姿に気付いた住人達は窓を固く閉め、視線を合わせようともしない。それ程に異質な気配を放ちながらハンスは進む。
彼は何処に向かっているか自分でも判らないまま、気配を辿り路地の突き当たりまで来た。当然ながら、三方を壁に阻まれて進めなくなる。ふと我に返り暫く立つものの、元来た道に戻ろうと振り向くが、
(……此処は何処だ?)
両側に建っていた筈の二階建ての家々は消え失せ、両側に乗り越えられそうにない高い壁が聳え立ち、真っ直ぐ伸びる一直線の道しか無くなっていた。
「……固そうだな」
ハンスは用心深く壁を大金槌で軽く叩いてみると、コンクリート製らしく確かに固く締まった感触で、今まで見てきた素朴な漆喰塗りとは全く違っている。
(あからさまに違うって事は……お前なんぞに正体がバレても構わないって訳なんだな!)
ハンスはそう納得すると、唐突に大金槌を振り上げた。
「……もういい!! 何でも隠し通そうとするお前らの魂胆なんか、糞食らえだ!!」
ガン! ガン! ガンッ!! ガンガンッ!!
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガガガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガガガガガガガッ!!!!
……狂気じみている、等といった生易しいものとは程遠い執拗さで繰り返し、振り上げた大金槌を叩き付ける。拳大の破片が額に当たろうと怯む事無く、堅牢な壁をハンスは削り続けた。
そして自らの身体が軽々と収まる程の穴が穿たれ、そろそろ壁の向こう側に出るやもしれんと思った刹那、ハンスの振るう大金槌がピタリと止まる。
ギザギザに削り取られた穴の表面に突如、人の顔が現れたのだ。いや、現れたと言うより、水面から顔を出すようにコンクリートの壁の中から顔が突き出したのである。
「……何だ、お前は。邪魔するなら壁ごと叩き潰すぞ?」
今まで狂気に駆られたようにハンマーを振りかざしていたハンスが、不機嫌そうに呟く。すると、
「……やれるもんならやってみな? 右も左も理解出来ないひよっ子風情が偉そうに!」
と、目と鼻と口だけ出した相手が強気に言い放った。その結果……ハンスは自分でも何故そうしたのか判らない行動を取ったのである!!
相手の前髪をむんずと鷲掴みにすると、大金槌の先端を口に押し込みながら、
「祈る神が居るならさっさと祈って、今から傍に行くぞと宣言しろっ!! !!」
「モガアアアァーッ(ちょっとぉーッ)!?」
「情け無用ッ!! 白旗の挙げ方も録に知らんような奴は類人猿だ!! 原始時代に帰してやる!!」
「モフゥブウウゥーッ!!(人でなしィーッ!!)」
……それから暫し後。
ハンスの手によって壁に開いた穴から引き摺り出された少年(イワノフと見た目の年格好は変わらない)は、座るよう促されると素直に従いつつ愚痴り始めた。
「……酷いよ! もう少ししたら、ちゃんと話しするつもりだったのに……」
「知らんな、戦場では油断した方が死ぬんだ。自分はその流儀に従って行動を……おい、聞いてるのか?」
「……でも、うん……あ、何でもない……よ」
最初は理路整然と話が交差していた二人だったが、妙にギクシャクし始める。だがしかし、
「で、何か用が有ったから来たんだろう。さっさと言ってみろ」
「ん……そ、そうだね! ボクはハンスさんを呼び出した連中とは敵対してる方に属してて……あ、ボクの名前はティゾンって言うんだ! よろしくね!」
少年は突如舌が滑らかになり、自己紹介をしながらつらつらと話し始める。ハンスは急に変化した彼の様子を不審がるが、その答えは直ぐに判った。
「あら、ティゾン。ちゃんと説明出来てるじゃない。お利口ね」
不意にティゾンの足元から声が上がり、ぬらりと黒尽くめのドレスを纏った女が湧き出すように姿を現したのだ。
「……ハンス・ウェルナーさん、初めまして。私は此処の管理人、土霊術士のマディーネよ。それで、早速なんだけど……」
まるで自分の屋敷に招いた主人の如く、ハンスの姿を値踏みするように眺めてからマディーネは切り出した。
「……あなたを引き込んだ連中と手を切って、私達と組まない?」
「手を組む? 一体何を言ってる……そもそもあんたら、何処から来たんだ?」
無論、全く事情が把握出来ないハンスは首を縦に振らない。
「……ティゾン、私あれほど言いつけておいたわよね、私が来るまでにハンスさんに事情を説明しておきなさいって……」
「ごめんなさい! 上手く出られなかったんで……」
言い訳しながら俯くティゾンに溜め息を吐きつつ、マディーネは手で制してから、
「……もう良いわ、私が話すから。大人しくしていて」
言葉と共にティゾンの頭の上に手を載せると、そのままずぶりと地面に押し込んでしまう。その異様な扱い方にハンスが唖然としていると、
「……お見苦しい姿を見せて、申し訳ないわ。ティゾンはまだまだ躾が行き届いてないから……さて、何処からお話するべきかしらね」
そう言って指先を自らの顎に当てながら暫し瞑目し、目を開くとハンスの顔をじっと見た。
「……ハンスさん、あなたはご自分が死んでいるのはご存知でしょうが、生まれ変わって此処にやって来た理由は知らないでしょう?」
「……まあ、その通りだが……そうか、やっぱり死んでいたのか……」
はっきりと断言されたハンスはやるせさなそうに呟いたが、マディーネは構わず続ける。
「あなたのように落命した魂を招き寄せ、手駒として使役する勢力を、私達は【旧支配者】と呼んでいます。まあ、判り易く説明すると死にたての魂は色々と扱いが簡単なようで、【旧支配者】は様々な世界の隔たりを超えて、ハンスさんやイワノフさんのような方を引き込んで能力を与え、都合良く動かしているんです」
新しい【旧支配者】と言う単語にハンスは戸惑うと、マディーネはそれを察したように解説を挟む。
「……【旧支配者】は、その呼び名のように過去の存在です。但し、その勢力はかつての物とは比べようも無い程弱体化していますが……それでも、世の理を捻じ曲げて死者を甦らせ、不可思議な力を与えられるだけの余裕は未だ保持しています」
「……有り得んとしか言い様が無いな。そもそも、何故自分のような死人を使役させようとするんだ? それだけの力が有るなら、何でも望むように出来そうだが」
ハンスの感想に首を横に振りながら、マディーネは腕を組む。
「……詳しくは判らないけれど、【旧支配者】は過去の力を全て取り戻していないみたいなの。だから、あなたのような死者を操って使役し、力を手に入れる為に画策しているのだけど……時折、偶発的に招き寄せた筈の死者が違う扉を経て、この世界に辿り着く事があるのよ」
そう言われたハンスは、欠けていた情報の破片がピタリと填まり、今まで謎だった様々な事象が理解出来たのだ。
死して招かれた世界、獣従士のエレナ、奇妙な力とティーガー重戦車(の砲塔)。そこまで辿り着く前に【旧支配者】が干渉し、自らの願望を実現させる為に引き寄せていたならば、【使役獣の祠】から自分が現れたのは偶然の産物であり、そして周囲の彼に対する扱いも納得出来る。何故ならば、エレナはたまたまハンスを【旧支配者】から横取りしてしまっただけだし、イワノフもきっと同様なのだろう。
「……因みに、自分のように人間が招かれて使役獣として現れる事は、良くあるのか?」
気になったハンスがマディーネに訊ねると、彼女は困ったような顔になりながら、
「……私は聞いた事はないわ。有り得るとしたら、自分に向かって落ちてきた隕石に他の隕石がぶつかる位の確率じゃないかしら」
そう説明されたハンスは、改めてエレナ自身の強烈な引き寄せ運の偏りに呆れ返るしかなかった。




