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①ようこそ異世界へ



 有り得ない、とは正にこの事だろう。



 戦意旺盛、弾薬満載、ついでに燃料まで満タンだったのが仇になるとは……そう言うしかない。



 1945年、フランス。


 ボルドー郊外の元ブドウ畑にて……ハンス伍長の乗っていた戦車は対戦車地雷を踏み潰し、一発の砲弾を放つ事も無いまま、呆気無く爆散したのだ。





 ……こうして、彼の命が(つい)えると同時に、新たな道程を歩み始める事になる。因みにハンス・ウェルナー()()()は家具屋の(せがれ)で享年二十四歳。ついでに童貞である。




   ーーーーーーーーーー




 (……ここは戦士の館(ヴァルハラ)か?)


 次にハンスが気付いた時、周囲は真っ暗闇だった。彼が乗っていたティーガー戦車は爆散し、仲間達と共に死んだ筈である。だから彼は自分が今居るのは死後の世界か、最終戦争(ラグナロク)まで待つ為の戦士の館(ヴァルハラ)だと思ったが、どうやら違うようだ。


 ……何故かと言うと、そこは箱の中だったから。


 (……ヴァルハラに行くのはともかく、箱詰めにされる死後の世界なんて聞いた事無いぞ?)


 ハンスの心情は当然である。真っ暗な箱の中で、一体何を待てと言うのか。


 ここで彼はふと気付き、狭い箱の中でペタペタと自らの身体を触って確かめてみる。どうやら欠損も無く五体満足のようだ。


 それにしても、暑くも寒くもないのは有難いが、退屈である。狭い箱の中で、自分はこれからどうなるのか。そう考えてみると次第に不安になってくる。いや、そもそも自分は本当に死んでいるのか? 逆に死んでいない可能性も否定出来ない。


 いずれにせよ、この箱の中から出よう。そう考えたハンスは、内側から箱の壁を蹴ってみる。


 ドカッ、と確かな感触と共に靴の裏が板を押すと同時に、内側から左右に壁が呆気なく開いた。


 やれやれ、案外簡単だったなと思いながら光に満ち溢れる外に出たハンスは、だがしかし目の前に広がる光景に唖然とした後、思わず声を漏らしてしまう。










 ……その日。代々獣従士(ビースト・テイマー)を輩出してきた村で育ったエレナは、十五才の通過儀礼(イニシエーション)を迎える為、入念な準備を行ってきた。数ヶ月に及ぶ食事制限、睡眠時間を削っての精神集中、そして……一切の姦淫絶ち(これはそういう決まりだがエレナには無縁だった)を経て、この日の為に身体の気の流れを整えたのだ。


 そしてエレナは村の指導役の先輩テイマーに導かれながら、村外れにある【使役獣の(ほこら)】へとやって来た。


 「……ここから先は、エレナ一人で行くのよ」

 「……ありがとうございますっ」


 小柄なエレナでも若干窮屈な地下への降り口で、先輩テイマーや他のテイマー見習い達と別れたエレナだったが、唇を固く閉じつつ意を決し奥を目指して降りて行ったのだ。




 ……ひんやりとした地下空間。手で削られた剥き出しの土壁に囲まれた最奥の小部屋に辿り着いたエレナは、長方形の石箱が祀られた祭壇の前で着衣を脱ぎ、肌着(そうは言えど肘丈のシャツとショートパンツ姿だが)だけになると、召喚の舞を踊り始める。


 身体をくねらせ、紐で纏めていた褐色の髪束を揺らす内に、額から汗が滲み粒と化し、雫に変わり床へと落ちる。やがて身体に動きが馴染んで軽みを得た瞬間、裸足のまま石の床の上を軽やかに跳ぶ。そして着地と同時にシャン、と手首に着けていた鈴が鳴った瞬間、祭壇の上の石箱が内側から開き、眩い光が溢れ出した。


 ……彼女がこれからビースト・テイマーとして共に旅路を歩むパートナー……先だって告げられた【鋼の虎】という名の存在が現れる筈。そうして期待と不安に胸を焦がしながら、エレナは光の中から……




 ……どこからどう見ても普通の人間が、石箱からひょっこりと顔を出した瞬間、



 「……ウソでしょーーーーーっ!?」


 と、叫びながら膝から崩れ落ちた。








 「……いや、ウソも何も無いんだが?」


 目の前で突如崩れるように倒れてしまった少女に向かって、思わず呟いてからハンスは続けて尋ねてみる。


 「で、ここはボルドーかい? それともパリかい? うーん、どちらも違うなぁ。それにしても……君、そんな格好で寒くないか?」


 顎に手を当てながら、彼女の細い身を薄い布で覆われただけの、体型モロ出しな裸同然の姿にちょっとだけ視線を外し、今の状況を確認する。


 目の前の少女は、どうやら自分の登場に相当なショックを感じたようだ。つまり、彼をドイツ陸軍所属の兵士だと理解はしていないが、しかし彼女が期待していた者とは違う事は判っているとすれば……


 (……まさか、パルチザン(※対ドイツの民間人抵抗組織)の合流地か!? ……いや、違うか)


 頭の中で彼女の年齢から可能性を否定しながら、とにかくもう少し情報が欲しかったハンスは、傍らに落ちていた彼女の着衣らしき衣服を取ると、背中にそっと掛けてやる。


 「……とにかく、それを着たまえ。いくら若いと言えど風邪をひいてしまうぞ」

 「……あ……ありがとうございますぅ……?」


 パルチザンではない少女は、ハンスが割りと常識的な行動を取った事と、そしてついさっきまで裸同然で男性の前に居た事に気付き、


 「……やっ!? あややややちょっと待ってくださいねっ! あっち向いててくださいねっ!?」


 慌てながら袖に足を突っ込みそうになり、バタバタしながらバランスを崩すと、再び床の上へと倒れてしまった。しかし、別に怪我をしている様子はなさそうだったので、ハンスはそのまま質問を繰り返す。


 「……君、大丈夫か?」

 「は、はいっ! 大丈夫ですよ!! えーっと、あなたはトラですか!?」


 ……ハンスは、妙な事を言い始めた娘に内心で(いや、君こそ大丈夫じゃないだろ)と呟いた。



 



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