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⑰「イワン・イワノフ」



 先にゴブリンの巣穴を抜けたイワノフは、視界の開けた休耕地の真ん中に出たのだが、遠く見える森林には彼が戦っていた寒冷な初冬のキエフ市近郊の面影も無く、それどころかまだ秋になりかけの陽の光が降り注いで温かく、その余りの違いにぽかんと口を開けたまま、立ち尽くしていた。


 しかも、直ぐ近くには緑色の肌が剥き出しになったゴブリンの死骸が幾つも散らばり、生々しい血の臭いで()せ返りそうになる程である。


 「……おい、おいおいおい!! キエフどころか何処なんだよ!! それに何なんだよアイツら!?」


 そう叫びながら振り向くと、遅れてやって来たハンスを捕まえるなり、


 「俺は夢でも見てるのか!? 絵本に出てくる小鬼そのものじゃねぇか!! 何なんだよ、クソ……おまけに、全員死んでやがるし……」


 ゴブリンの死骸を指差しながら、苦々しげに吐き捨てる。


 「まあ、あの連中の事は忘れて構わんよ。取り敢えず報告するから街に戻らないか?」


 ハンスが取り成す為に話し掛けると、イワノフは疑うような目付きになり、


 「報告だって? やっぱりナチスに俺を売るつもりなんじゃねぇか!」


 そう言いながらハンスに食ってかかるので、エレナが慌ててイワノフの肩に手を当てながら割って入る。


 「あ、あの! 私達はゴブリンを退治する目的があったので、その結果を報告するんです! ……イワノフ君も、一緒に来てくれますよね?」

 「……イワノフ君っ!? あ、ああ……しょうがねぇか……判ったよ、俺も付いてくか……」


 イワノフは気まずそうにそう言うと、ハンスとエレナの後を追った。





 「はぁ……本当に違う所なんだなぁ……」


 三日の行程を経てハンスとエレナは中央都市へと戻って来た。そして、彼等と共に都市と周辺を隔てる門を抜けたイワノフは、街並みと歩く人々の服装や多彩な種族を眺めてから、溜め息混じりで呟く。


 「さあ、イワノフ君も登録してもらいましょう!」

 「はあ? 登録だと……ああ、判ったよ……」


 しかし、そんなイワノフに明るく声を掛けながら、エレナが導くように先を歩き始め、遅れて進むハンスに向かってイワノフが小声で、


 「……なあ、あの娘は俺が本当は年上だって知らんのか?」


 そう尋ねてみる。するとハンスも気を遣ってか小声で答えた。


 「……たぶん、知らないだろうな。因みにイワノフは幾つなんだい?」

 「……二十六才だよ。なあ、あの娘は幾つなんだ?」

 「さあ、正確な歳は知らないが……俺達よりは年下だろうな」


 ハンスは彼が自分より年上だと知り、一瞬だけ戸惑ったが、今更荒立てても仕方ないので忘れる事にした。




 「登録ってのは簡単なんだな……もっとややこしいお役所仕事だと思ってたぞ」


 肩にライフルを担いだまま、イワノフが二人の元へ戻りながら、手に持つ一枚の札をヒラヒラと振って見せる。その札には【イワン・イワノフ 狩人】と書いてあるが、生まれや年齢といった細かな記載は一切載っていなかった。


 「ええ、私の村にも狩人は居ましたからね。そこから来たと言えば、簡単に登録出来ますよ」


 そう言ってエレナは微笑むが、ハンスは複雑な心境である。自分は使役獣として登録されたが、イワノフは最初から村人の一人として中央都市に認識されたのだ。その違いは単純にエレナが「テイム・ビーストを二体以上登録している人が居ない」と言ったから、であるが。


 「……ま、俺は何でもいいんだがな。だってよ、狩人なんて言ったって、獣撃った事は一度も無いんだからさ!」


 イワノフはあっさりと言いのけるが、肩に担いだライフルは銃剣を着けて槍、という扱いにしたそうだ。


 「でも、ここら辺に銃弾なんて無いんだろ? だったら節約するしかねぇからな……」


 一応、布切れを巻き付けた見た目は、ライフルというより出来の悪い槍に見えなくもないが、背の低いイワノフが持つとかなり不恰好である。


 「で、エレナさんよ。俺はこれからどうすりゃいいんだ?」


 イワノフが見た目と同じ少年らしい声で尋ねると、エレナは暫く考えてから、


 「そうですね……一緒にアルベルナさんの所に行きましょう! 良い人ですから!」


 朗らかに言うと、再びずんずんと歩いていく。その後ろから二人も付いていくが、イワノフの表情は今一つである。


 「……なあ、クラウツ。どうやったらあの娘に、俺が年上だって信じてもらえるかな」

 「さあ、そりゃ判らんよ……」


 渾名のようにそう呼ぶイワノフだが、ハンスは動じず返答した後、二人とも黙ってしまった。




 「お帰り。首尾はどうだった?」


 久方振りに斡旋所の扉を開けて中に入ると、アルベルナが三人を出迎える。勿論、新顔のイワノフの顔を見るなり、


 「おや、仲間が増えたみたいだね。それにしても……見ない服装だが、何処の人なんだい」


 相変わらず抑揚を欠いた低い声で、彼の事を尋ねてくる。


 「ええ、彼はイワノフ君って名前で、狩人をしているんですが……」

 「……俺はイワノフ、キエフ出身の共産党員だ」

 「キエフ……? 聞かない土地だね。キョーサントーインってのがなんだか判らんが、私はアルベルナ。ここで君達のような自由民に仕事を斡旋しているよ」


 エレナの説明を遮って話すイワノフに、アルベルナは手を差し出して自己紹介し、彼は一瞬戸惑ってから手を握り返した。


 「……自由民? 何だよそれは」

 「知らなかったかい? 君達みたいに、この中央都市に出稼ぎに来る人々を、総じて自由民と呼ぶ慣わしでね。まあ、多少の税金は払わないといけないが、それ以外は特に身を縛る決まりが無いから【自由民】と呼んでいるのさ」


 アルベルナが明確に答えると、イワノフは納得した様子で、


 「そうかい、だったらいいさ。ところでアルベルナさんよ、この辺はルーブルは使えるのか?」


 そう言いながらポケットを探り、中から幾つかの硬貨と紙幣を見せた。


 「……ルーブル? 見た事の無いお金だね。残念だけど両替出来ないと思うよ」

 「ルーブルが使えない? それじゃ無一文じゃないか……」


 落胆するイワノフだったが、ハンスは彼の持ち物の中に前の世界の通貨が有ると知り、疑問が浮かんだ。


 (……イワノフは色々と持参出来たのか? 俺はナイフ一本だけなのに、随分と扱いが違うんだな……何故だ?)




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